「医」の最前線 感染症・流行通信~歴史地理で読み解く最近の感染症事情~

インドやアフリカで続発する感染症
~遠い国の出来事ではない~ 東京医科大客員教授・濱田篤郎【第10回】

 今年はインド、アフリカ、中南米などの国々で、感染症の新たな流行が幾つも報告されています。こうした海外での感染症発生のニュースは、日本の人々にとって遠い国の出来事のように聞こえますが、最近の日本企業の海外進出状況や、訪日外国人の増加などを考えると、身近な話題と言ってもいいでしょう。今回は海外で頻発する感染症流行の動向と、わが国への影響について解説します。

アジア・アフリカ首脳会議から50年の記念式典に集まった新興国の首脳らと国旗=インドネシア・西ジャワ州バンドン=2005年4月23日【AFP時事】

 ◇グローバルサウスへの企業進出

 グローバルサウスとはアジア、アフリカ、中南米に位置する新興国や途上国のことで、インド、南アフリカ、ブラジルなどがその代表的な国です。現在、日本を含む欧米諸国とロシアや中国が政治的な対立関係にあり、経済面でも分断が生じています。そんな中、グローバルサウスの国々が第三極として政治や経済の面で重要性を増しており、特にインドはその盟主と言える存在になっています。

 こうした状況下、多くの日本企業がグローバルサウスの国々に拠点を設けており、駐在や出張するビジネスマンも増えています。そこには大きなビジネスチャンスがある一方、感染症など健康面のリスクが今まで以上に存在します。特に、今年はインド、アフリカ、中南米などで、感染症の新しい流行が次々と報告されており、滞在する日本人への健康上の脅威になるだけでなく、日本に持ち込まれるリスクも高くなっているのです。

 ◇インドで急増する感染症

 現在、日本企業の進出先として最も注目されているのがインドです。この国は2023年に人口が14億人と世界1位になり、27年には世界3位の経済大国になると予想されています。

 一方で、国内の衛生状態や医療環境には問題が多く、とりわけ感染症が風土病として広く流行しています。外務省のホームページ(世界の医療事情)でも「インドは感染症の宝庫といわれ、様々な感染症があります」と紹介されています。

 このようにインドでは日常的に感染症のリスクが高いことに加え、今年になってから蚊媒介感染症の新たな流行が拡大しています。例えば、南部のカルナタカ州(州都はバンガロール)でデング熱患者が急増しており、中部のマハーラーシュトラ州(州都はムンバイ)ではジカ熱の患者数が増えています。両州ともに日本企業の進出が活発なため、駐在員や出張者が感染し、滞在中や帰国後に発病する可能性が高まっているのです。

 また、西部のグジャラート州(最大都市はアーメダバード)では、今年7月からチャンディプラ・ウイルスによる脳炎患者が200人以上発生し、80人以上が死亡しました。この病気はサシチョウバエと呼ばれる昆虫が媒介するもので、古くからインドの風土病でしたが、今年は特に同州での患者数が多くなっています。グジャラート州はインドでも工業化が急速に進み、日本企業からの派遣社員も数多く滞在しており、こうした感染症への注意も必要になっています。

 ◇南米ではオロプーシェ熱が流行

 中南米でも今年はデング熱が今までにない大流行を起こしており、米州保健機関(PAHO)によれば、10月までの患者数は1100万人と、昨年同期の2倍以上に増えています。特にブラジルでの患者数が多く、リオデジャネイロやサンパウロといった大都市でも感染リスクがあります。ブラジルにも日本企業からの派遣社員が増えているとともに、日本にはブラジルからの出稼ぎ労働者が数多くいるため、今後、日本国内でデング熱の輸入事例が増えることが予想されます。

 これに加え、南米の昆虫媒介感染症として今年注目されているのがオロプーシェ熱です。この病気はデング熱に似た症状を起こすウイルス疾患で、ハエの一種であるヌカカに媒介されます。もともとはアマゾンの風土病として流行していましたが、今年は流行が南米からカリブ海諸国にまで拡大しており、欧米では旅行者の感染事例も数多く報告されています。また、最近のブラジルでの調査では、妊婦が感染した場合、胎児に影響を及ぼす可能性もあるとのことです。

 日本ではオロプーシェ熱の輸入例はまだ報告されていませんが、流行地域に滞在中は注意を要する感染症です。

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