こちら診察室 あなたの知らない前立腺がん

がんを除き、尿漏れを防ぐ
~新しい治療法HIFU ~ 第8回

 肺がん大腸がん乳がんなど、がんとその周囲を取り除く、いわゆる部分切除という治療は一般的に行われてきました。しかし、前立腺がんについては、部分切除は行われてきませんでした。その理由は、前立腺の中でどこにがんが存在しているのか、その場所を正確に診断することができなかったためです。さらに、体の奥深くに存在している前立腺を周囲の組織を傷つけることなく、部分的に切除することが技術的に困難であったからです。

先進医療HIFUの仕組み

先進医療HIFUの仕組み

 ◇前立腺内部のどこにがんがあるか

 連載4回目では、前立腺がん診断に効果を発揮する磁気共鳴画像(MRI)と超音波画像を融合した画像をガイドにした生検について紹介しました。生検は疑わしい病変の一部を採取して診断するものです。その技術の進歩により、MRIでがんが疑われる部分を正確に把握するとともに、生検の際の針軌道を前立腺内部で3次元的に記録することができるようになりました。「どこに、どのぐらいの大きさのがんが、どの程度の悪性度で存在しています」と、かなり具体的な診断ができるようになったのです。

 ◇メスを入れない超音波

 超音波を用いた治療法、通称「HIFU(ハイフ)」について説明していきたいと思います。HIFUとは、high-intensity focused ultrasoundの略で、日本語では、「高密度焦点式超音波療法」あるいは「集束超音波治療」と訳されます。HIFUは、冒頭に挙げた「腹部超音波検査」より数千倍も強力な超音波(エネルギー)を超音波発生装置から照射し、標的に対して、強力な超音波エネルギーを集中させる治療法です。標的内の温度は約100度まで上昇し、「熱凝固」と超音波エネルギー特有の組織を破壊する作用である「キャピテーション」という現象により、がんは破壊されます。

 一方で、標的から数ミリ離れた場所では、変化はほとんど起きません。治療の流れとしては、麻酔後に、患者さんが上を向いた状態で足を開いた体位にします。さらに、治療用プロープを挿入し、治療装置のモニター上で治療のための設定を行います。そして、超音波エネルギーの照射を開始します。

 ◇HIFU治療の実際

 私たちは、2016年にHIFUを用いた前立腺がん標的局所療法(フォーカルセラピーとも呼ばれています)を開始しました。この治療は、HIFUの特徴を生かして前立腺内部のがんを標的とするため、がんが前立腺内部の一部分に偏って存在している患者さんを対象としています。

 24年に発表した、240人の患者さんを対象にした治療結果を紹介します。前立腺がんは、PSA値やGleason score、およびTNM分類(連載4回目をご参照ください)に基づいて、がん治療後の再発のリスクを階層化します。リスク分類別の患者数は、低リスク群が51人、中リスク群が107人、高リスク群が82人でした。治療時間の中央値は、それぞれ低リスク群44分間、 中リスク群44分間、 高リスク群48分間です。治療1カ月後に「造影MRI」を行い、治療領域が十分に治療できたか確認したところ、治療領域の血流はすべての患者さんで完全に消失していました。人間の細胞は、がん細胞も含めて、血液がないと基本的には生存できません。つまり、HIFU後の組織に血流が認められないということは、その部分の組織が破壊され、細胞が生存していないことを示します。

 治療後4年から4年半の間にがんが温存した前立腺から認められ、治療が必要になったのは、低リスク群 7.8%、中リスク群 8.4%、高リスク群 13.4%でした。2回目のHIFUを受けた方が、低リスク群 3.9% (2人)、中リスク群 4.7%(5人)、高リスク群 2.4%(2人)。手術や放射線治療を回避できた方は、低リスク群 96.1%、中リスク群 94.4%、高リスク群 95.1%でした。より詳細な情報を知りたい方は、「名医に聞く『前立腺がん』の最新治療」(PHP出版)をご参照ください。

 ◇排尿、性機能への影響

 前立腺内部の治療を受けた部分は、一時的にむくみます。前立腺がむくむと尿道が圧迫されて、尿の勢いが弱くなるといった症状が出ますが、このむくみは1〜2カ月で改善するため、治療3カ月後には治療前と同等にまで戻ることが多いです。一方、手術の課題である尿漏れは、ほとんど認められません。性機能は、治療前に勃起が認められていた患者さんのうち76%が勃起を維持し、射精も可能であったのは60%という結果でした。これまでに、治療後に重度の勃起障害になったのは、もともとの勃起の状態が弱い方、治療する部位が、勃起神経の近くである場合が挙げられました。

 ◇先進医療として承認

 現在、私たちはHIFUを用いた前立腺がん標的局所療法の有効性をより検証する目的で、他の施設と協力して成績を集積しています。23年には厚生労働省から先進医療として承認され、普及に弾みがつきました。現在、この治療を導入しているのは、済生会川口総合病院(埼玉県)、医誠会国際総合病院(大阪府)で、7月には香川大学医学部附属病院(香川県)が導入を予定しています。HIFUを用いた前立腺がん標的局所療法は、前立腺がんの全ての患者さんを対象としていませんが、適応のある患者さんにとっては新しい選択肢となると考えています。(了)

 小路 直(しょうじ・すなお) 東海大学医学部腎泌尿器科学領域教授
 2002年 東京医科大学医学部医学科卒業、11年~13年 南カリフォルニア大学泌尿器科へ留学、東海大学医学部外科学系泌尿器科学准教授などを経て24年から現職、第7回泌尿器画像診断・治療技術研究会 最優秀演題賞。米国泌尿器科学会、日本泌尿器内視鏡学会:などに所属。著書に「名医に聞く『前立腺がん』の最新治療」(PHP出版)など。


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