「医」の最前線 感染症・流行通信~歴史地理で読み解く最近の感染症事情~

ノロウイルスの流行が拡大中
~なぜ今シーズン増えているのか? 東京医科大客員教授・濱田篤郎【第15回】

 3月に入り全国的にノロウイルスによる急性胃腸炎が増加しています。飲食店での食事や仕出し弁当などからの集団感染が発生しているとともに、児童施設などで患者が多発する事例も見られます。また、どこで感染したのか分からないケースも少なくありません。今回はノロウイルスの感染経路や予防、治療について解説します。

 ◇なぜ冬に流行するのか

 ノロウイルスは胃や腸を傷害する病原体で、経口的に感染し、激しい下痢嘔吐(おうと)を起こします。乳幼児や高齢者が感染すると脱水状態になり、重症化することもありますが、一般には数日で回復します。日本国内の食中毒の原因として、最も頻度が高い病原体です。

 ノロウイルスが流行しやすいのは冬の季節です。食中毒といえば夏の流行を連想しますが、なぜ冬に多いのでしょうか。細菌性の食中毒の多くは、感染するには菌が食品の中で増える必要があるため、増殖しやすい夏に流行します。一方、ノロウイルスは感染力が強いため、食品の中で増殖しなくても、わずかなウイルス量で食中毒を起こします。特に気温が低下すると、ウイルスの生存期間が長くなるため、冬に流行するのです。

 さらに、このウイルスはカキなどの二枚貝から感染することが多く、それをよく食べる冬に食中毒が起こりやすくなります。

 ◇食品や環境から感染

 ここでノロウイルスの感染経路を説明しておきましょう。

 まず、カキなどの二枚貝から感染するルートです。このウイルスは二枚貝の内臓に潜んでおり、それを生や加熱不十分の状態で食べると感染します。アサリやシジミも汚染されていることがありますが、通常はみそ汁などで加熱して食べるため、あまり問題にはなりません。一方、カキは生で味わうのがポピュラーな食べ方の一つなので、ノロウイルスの代表的な感染源になります。

 感染した人が調理したり触ったりした食品からうつるケースもあり、このルートの場合は集団感染を起こします。原因食品が特定できれば、保健所がその食品を取り扱った事業所を調査し、調理人などからノロウイルスが検出されたら、このルートであることがほぼ確定します。

 こうした食品ではなく、環境に付着したウイルスが原因となるケースも多く見られます。患者の下痢や吐物にはウイルスが大量に含まれており、それが周囲の環境を汚染し、健康な人に感染するルートです。例えばトイレのドアノブや水を流すレバー。こうした場所に付着したウイルスを健康な人が手で拾い、無意識に口に運んで感染してしまうのです。実は、環境からかかるケースの方が食品よりも多く、どこで感染したか分からない場合は、その可能性が高いとされています。

出典:国立感染症研究所ホームページ (https://www.niid.go.jp/niid/ja/10/2096-weeklygraph/1647-04gastro.html)

 ◇今シーズン増えている原因は

 では、ノロウイルスの患者が今シーズン、増えているのはなぜでしょうか。

 現在、流行しているノロウイルスは、以前から見られるGⅡと呼ばれる種類が検出されていますが、その中でも新しいタイプ(遺伝子型17など)が増えています。これが今シーズン、流行が拡大している原因の一つと考えられます。それに加えて気温の影響です。昨シーズンが暖冬だったのに比べ、今シーズンは2月、3月と寒い日が続いており、それだけウイルスが生存しやすい環境になっています。

 さらに、新型コロナの流行が影響している可能性もあります。新型コロナの流行が拡大した20~22年には、ノロウイルスの患者があまり発生しませんでした。コロナ対策として手洗いを強化したり、マスクを着用したりしたことに一定の効果があったからのようです。マスクは飛沫(ひまつ)感染を防ぐだけでなく、無意識に手で口を触る行為も減らせるのです。こうしたコロナ対策によってノロウイルスの感染が減ったため、このウイルスへの免疫が低下し、コロナ対策を解除した後に、患者数が増加していると考えることができます。

 新型コロナの5類移行後、インフルエンザマイコプラズマ肺炎などの呼吸器感染症が大きく流行したのと同様なメカニズムで、ノロウイルスの流行も拡大しているようです。

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