医学生のフィールド

君たちは未来をどう構想するか? 社会の主流となるWell-being(ウェル・ビーング)を医学生の視点で読み解く

 最近よく耳にする、「Well-being」という言葉。Well-being(ウェルビーイング)研究者である石川善樹氏から、Well-beingのルーツや国内外の最先端の取り組み、日本のWell-beingにおける課題とこれからの社会を創っていく若者たちへのメッセージをいただきました。

石川善樹氏

 ◇「ウェル・ビーング」を研究するに至った背景ーWHO

田邉 まず初めに、石川先生がどうしてウェルビーイングを研究するに至ったのかを伺いたいです。

石川 予防医学を考えたときに、大きく二つの流派があると思っています。病気を防ぐアプローチと、健康から転落するのを防ぐアプローチの二つです。その二つのアプローチの背景には、WHOの設立が関係しているのです。どうしてWDO(World Disease Organization)ではなくて、WHOに至ったのだと思いますか?実は、そこにはWHOの構想とヘルスの定義を作り上げた中国人のスーミン・スー(医師)先生の思想があるのです。それがWHO憲章(*1)「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてがWell-beingな状態にあること」(*2)なんですよね。驚くべきことに「健康 =Well-being」は70年間変わっていません。こういった背景を踏まえて、病気ではなく、健康に対するアプローチを研究テーマに選びました。

田邊翼さん

 ◇お笑い芸人も公衆衛生の担い手となる

田邉 石川先生の取り組んでいらっしゃる『公衆衛生』の定義について、うかがってもよろしいでしょうか。

石川 私の考えている公衆衛生は、世間一般に考えられているような疾病を防ぐための公衆衛生とは少し異なっていて、人々のWell-beingを保つことを公衆衛生だと捉えています。例えば、社員が生き生き働ける環境をつくる会社の経営者や人事担当者、人々を笑わせるお笑い芸人も、まさに公衆衛生の一分野を担っている。つまり、いかに生活者のWell-beingを保つかということが公衆衛生に含まれると考えています。

田邉 面白いですね。先日、英国で患者の健康やWell-beingの向上を目的に、医学的処方に加えて患者を地域の活動やサービスなどにつなげる社会的処方(social prescribing)を行うかかりつけ医が増えてきているということをニュースで見かけました。(*5)ウェル・ビーイング に対しての社会や企業での取り組みについて教えてください。

石川 実は、Well-beingの社会的な取り組みの走りはブータンなんですよ。ブータンはGDP(Gross Domestic Product/国内総生産)ではなく、GNH(Gross National Happiness/国民総幸福量)(*3)を初めて国の理念として設定しました。また、Well-beingの最先端の取り組みを行っている国はニュージーランドです。ニュージーランドは先日、国の予算全体をWell-beingに応じて配分するということを明確に決めたんですよね。(*4)例えば、隣人との良好な関係性や住みやすい自然環境の予算もWell-beingに基づいて決められます。

 国内の企業では、日本では楽天が非常に先進的な取り組みを行っています。楽天の創業メンバーの一人の小林正忠氏がCWO(Chief Well-being Officer)は日本で初めてCWO(Chief Well-being Officer)に着任しました。(*6,7)これは公益資本主義(ステークホルダー資本主義)、すべてのステークホルダーが利益を得るようにという考えに基づいたものです。

 この考え方は、昨今の社会的な流れとなっていて、例えば、製薬会社のエーザイは「患者さまの幸せを第一義に考える」という経営理念を驚くべきことに定款に入れているんですよ。(*通常定款には、通常、事業範囲しか書かれない)また、トヨタ自動車の豊田章男社長も2020年3月期 決算説明会にて「トヨタは幸せを量産する会社である」と言っています。(*8)

 さらに、Well-beingは医療の分野にも取り込まれるようになりました。これまで、医療の分野ではQOLが考えられていましたが、その上位にあるWell-beingは考慮されていませんでした。しかし、ハーバード大学のTyler J. VanderWeele教授は、医療の中でどのようにWell-beingをとらえていったらよいのか、その視点を世に問うています。

 今まさに、Well-beingが社会に通底する概念になりつつあることをさまざまな側面からうかがえます。(*9)

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