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岸田文雄首相が「異次元の少子化対策」を掲げ、国会で論戦が繰り広げられている。財源として政府内で有力視される案の一つが、医療、介護、年金の各社会保険制度から広く拠出する「子育て支援連帯基金」だ。発案した権丈善一慶応大教授(けんじょう・よしかず)は、「『社会全体で子どもを育てる』という理念に立てば、この案は自然に生まれる」と説明。子育てのコストを社会全体で負うことで、女性にとって結婚や子どもを持つハードルを下げ、「男性の魅力かさ上げと同じ効果を持つ」。社会保険の持続可能性を高めることにもなり、「メリットはすべての国民にある」と論じる。〔聞き手=田所眞帆・内政部〕
インタビューに答える権丈教授
─少子化の原因について。
今の社会は、高齢期の生活費を公的な医療、介護、年金保険によって国民全体で支える仕組みだ。そうした社会では、普通に考えれば少子化が進む。
まず、子どもを持つことの便益を考えてみよう。かつては、子どもは家の労働力や勢力を示すための手段であり、年老いた親を扶養する役割もあった。しかし、産業構造が変化し、親の職業を子どもが継がない時代になった。
さらに、高齢期の生活費を社会全体で支える社会保険制度が整備された。65歳以上への給付費を見ると、医療保険では約6割、介護保険では98%を占め、年金保険では8割強が高齢期に受給する老齢年金だ。要するに、医療、介護、年金という社会保険は、高齢期に必要となる支出が、年を取った時に大きな負担とならないよう、若い時から前払いする役割を持つ。これを経済学では「消費の平準化(consumption smoothing)」と呼ぶ。こうした機能を果たす社会保険が充実すると、子どもを持つ便益は減っていく。
また、女性の就業や高学歴化が進んできたにもかかわらず、家事や育児の負担が女性に偏る社会の変化があまりにも遅かった。国の調査によると、25~34歳の女性の就業率は初めて50%を超えた1984年から上昇傾向で、2022年は81.4%。4年制大学への進学率も近年では50%を超え、男女差は縮まっている。
働く女性は、子どもを持つことのコストとして、おむつ代など養育費として掛かる直接的な費用に加え、経済学でいう「機会費用」、つまり女性が育休中に失った所得や、再就業後に得られる賃金と仕事を続けていれば得られたであろう賃金とのギャップを意識することになる。働く女性たちにとって、結婚や子育てによって家事や育児の負担が増しキャリアが中断されることで、経済的な損失が大きくなっている。
例えば、女性が継続就業した場合、生涯所得は2億円との試算がある。この女性の場合、「結婚して子どもができたら、仕事を続けることは難しい。続けられたとしても、私ばかり育休を取って会社で不利になる」と考え、「それだけのコストを払う価値がこの男性にあるのだろうか」と悩む。その結果、非婚化や少子化に行き着く。女性が「結婚や子育ては損する可能性が高い」と考えてしまうのも、今の日本では無理もない。
今の年金受給世代が全く経験したことのない社会になっている。この世代の男性は、家事や育児など全くせずに威張っていられた。しかし今は、男性の魅力は、家事や育児にどれほど協力してくれるかが大きくなった。おまけに共働きでないと、周囲と同じ生活水準を享受できない。古い世代は、そのあたりをどうも分かっていない。みんなで若い世代を助けないといけない。
─打開策は。
1934年の段階で、スウェーデンの経済学者グンナー・ミュルダールが妻アルバとの共著『人口問題の危機』で、こうした社会保障の充実と女性の社会進出による少子化は、社会の大きな目的とは矛盾する現象だと指摘していた。個人が「子どもを持たない方がいい」と判断することと、その結果、社会の少子化が進むことは利益が相反する。ミュルダール夫妻は「個人的利益と集団的利益のコンフリクト」、つまり「合成の誤謬(ごびゅう)」と表現していたが、夫妻によれば、この解決策は二つ。「老年層への社会保障の撤廃」か、「子どもに関する費用を個々の家計から国家予算へ移す」かだ。ミュルダール夫妻は後者を「消費の社会化」と呼んだが、今で言えば「子育て費用の社会化」しかないということだ。
子育てのコストを社会全体で負う仕組みをつくることで、女性の経済的損失をできるだけ小さくする。それは、女性の、結婚や子育てに対する期待値を改善することにつながり、さらには男性の魅力かさ上げと同じ効果を持つ。これは私が2004年に出した本に既に書いていることだ。
(2023/05/01 05:00)
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