女性医師のキャリア

女性教授の誕生を阻む「ガラスの天井」
~東大医学部は多様性改革に本気なのか?~ 女性医師のキャリア

 日本の高等教育機関の女性教員比率は30%で、経済協力開発機構(OECD)の2020年の調査によると、比較可能な32カ国中の最下位だ。特に、教授職といった高いポストで女性の割合が低く、大学および大学院では2割を大きく割り込んでいる(2019年内閣府調査)。

 女性の活躍推進が叫ばれている中で、東京大学は2021年4月、「理事の半数以上を女性にする」という国立大学で初と言われる大胆な改革が始まった。22年9月には「27年までに教員の女性比率を25%にする」との目標を掲げ、同年11月に「27年度までに女性の教授・准教授を約300人採用する」という計画を打ち出した。

 東大の中でも男性比率の高い医学部医学科に、女性教授は創立以来、一人も選出されていない。東大医学部で多様性改革は進んでいるのか。女性消化器外科医の草分けであり、同学部の数少ない女性准教授の一人でもある野村幸世医師に現状と課題を聞いた。

インタビューに答える野村幸世准教授

 ◇研修先の見学で「女は要らない」

 私が東大に入学した1983年は、90人の理科三類入学者のうち女性は4人。途中から3人が加わり、当時の女性比率としては最多でした。学生時代は性別に関係なく学び、成績による差別もありませんでした。女子は真面目で、みんな優秀でした。ジェネラルが診られる診療科を希望していましたので、研修先として内科か外科を検討していましたが、卒業が近づくにつれ、ほとんどの外科医局で「女は要らない」と露骨な意思表示をされました。

 当時、一般消化器外科は臓器別ではなく、第一外科から第三外科まであり、第三外科は他の外科に比べて人数が少なかったこと、教授が寛容で過去に女性医師を受け入れた前例があったことで積極的に採用されました。当時、胃がんの治療技術はどこよりも進んでいて、胃グループは消化器外科の中でも花形でした。自信に満ちた面白い人材が集まり、活気がありました。研修医時代は医局のローテーションであちこちの病院を回りながら、寝る間を惜しんで修練に励みました。

 ◇海外の女性研究者の活躍ぶりに衝撃

 1994年、研究に専念するため大学院に進みました。大学院修了間際に発表した研究が米国の研究者の目に留まり、「米国で一緒に研究しよう」という誘いを受けました。大学院を出た後は臨床でトレーニングをしたいと考えていたので、4年後の2002年に助手を休職扱いにしてもらい、渡米しました。日本の胃がんの医療技術は世界一と言われていましたが、研究の環境は米の方がはるかに整っていました。

(左上から時計回りに)河野恵美子医師、稲垣麻里子、野村准教授

 それ以上に衝撃だったのは女性研究者の活躍ぶりです。同国のラボは男女がほぼ半々。女性だからといって肩に力を入れる必要はなく、女性のボスも珍しくありません。性別・年齢を問わず、優秀な人材をいかに活用するかを考える社会通念が浸透していて、自分たちの研究にプラスになると思ったら「家にご飯を食べに行ってもいいか」と、プライベートにも踏み込んで積極的にアプローチします。結果を出せば誰であっても賞賛されるので、爪を隠す必要がありません。

 ◇日米の評価方法に大きな違い

 日米では人事評価の方法が根本的に違います。日本は「相対評価」なので、集団内の他者との比較で評価が決まります。また、どんなに業績を挙げてもポストに空きがない限り昇進できないため、空いたポストを巡って争奪戦になります。米は「絶対評価」なので、決められた基準を超えていれば誰でも何人でも昇進できます。

 さらに米では、研究費も桁違いで成果を挙げやすく、また雑務をしなくてもよいため、思う存分自分の研究に打ち込めました。「このままずっと研究を続けたい」という気持ちが高まっていましたが、患者さんと向き合う臨床にも未練がありました。米で外科医として臨床を行うためにはさらに10年以上、研修を行わなければいけないため、結局、多くの研究成果を挙げた後、3年で帰国しました。

大学病院にて

 ◇表向きはミッションを達成した医学部

 昨年(2022年)、東大は「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)宣言」を公表し、多様性の尊重と包摂性の推進を大学運営の柱にする方針を明確に示しました。「27年までに教員の女性比率を25%にする」目標と、「女性の教授・准教授を約300人採用する」計画を発出し、注目が集まりました。

 医学部にも本部から強い要請がありましたが、学部の上層部は冷ややかな人が多い印象でした。本部から言われた「教員の女性比率25%」については、正職員という縛りがありません。任期付きのローテートの採用を増やすのであれば通常行われているので、それほど難しいことではなく、実は数字的にはすでに達成しています。

 准教授や講師といった上位ポストを助教に与えるという案も出ましたが、ポストを上げると給料が上がるので、その予算をどう確保するかというところで議論が止まっています。男性ポストの女性への置き換えはあまり念頭にないようで、現在のところ小手先だけの対応です。そもそも准教授や講師、助教という役職にはほとんど権限はなく、組織運営の意思決定に関われるのは教授以上です。女性を教授にしようという発想は一部にはあるようですが、なかなか現実化しません。

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