女性医師のキャリア

女性教授の誕生を阻む「ガラスの天井」
~東大医学部は多様性改革に本気なのか?~ 女性医師のキャリア

 ◇女性が教授になれない根本的な構造

 2021年4月現在、東大医学部・医学系研究科における講師以上の教員は285人。教授は77人で、このうち女性は3人にとどまり、いずれも看護学系です。医学科、つまり女性医師は一人も教授に選出されたことがありません。

手術室にて

手術室にて

 女性がゼロの理由は、対象者が少ないというのはもちろんありますが、それだけではないのです。教授選の推薦を受けるには、外科医の場合は手術の実績、研究者は論文の業績を積み重ねる必要があります。きちんとした指導を受け、チャンスが与えられて初めて高度な手術を執刀したり、優れた論文が書けるようになったりします。多くの女性外科医は、希望しても男性と同じような指導の機会が与えられず、同じ土俵に立つことすらできないという問題に直面しているのです。

 ◇キャリアアップを阻む「ジェンダーバイアス」

 海外の研究では、手術成績に男女差はなく、むしろ女性外科医の方が優れていると報告されています。日本消化器外科学会が2022年に行った調査で、消化器外科医による手術成績に男女差はないことが分かり、日本国内でも証明されました。半面、この研究で女性消化器外科医は男性と比べて手術執刀数が少なく、難易度が高い手術ほど差が顕著となっている実態も明らかになりました。

 男性と同等に指導を受ける機会が与えられない限り、女性はいつまでたっても指導的立場に就けません。男女の役割について「家事や育児は女性の仕事」「男性が女性の上に立つ」といった固定観念を持ち、差別や偏見を生み出す「ジェンダーバイアス」は、女性の社会進出やキャリアアップを阻み、時として人権侵害につながります。

 差別や偏見をなくし、多様な人材を受け入れて生かすことで組織を成長させる「ダイバーシティー」の考え方を取り入れていくのであれば、どんな形であれ、女性も重要ポストに置くのが正しいと思います。女性を組織の意思決定者に加えることで、男性の視点では見えなかった課題が浮き彫りになります。その課題の解決に向けて努力すれば、女性だけでなく男性も働きやすくなり、活躍の場が広がっていくと期待できます。

第33回日本消化器癌発生学会で講演

第33回日本消化器癌発生学会で講演

 ◇若い医師が希望を持って働ける環境づくりを

 私の結婚は「事実婚」という形をとっています。「姓を変えるとアイデンティティーが崩壊するので、婚姻届は出さないでおこう」と、結婚前に外科医の夫から提案されました。私としては「子どもが生まれたら非嫡出子になるので、子どもが結婚するときの支障になるのではないか」と心配しましたが、夫は「そんなことを気にする相手と結婚する必要はない」ときっぱり言い切りました。

 結婚生活は夫と家事を完全に分担し、子ども2人の育児も互いに協力し合いながら行っています。幸い、初めて出産した年に東大病院の中に保育園が設置され、産休明けからすぐに預けることができました。子どもが小さい時は出勤から退出まで最長で13時間ぐらい預かってもらえたので、私も夫も勤務時間内は仕事に専念でき、支障を感じたことはほとんどありませんでした。帰宅後や休日は家族と過ごす時間を大切にし、メリハリのある生活を送っています。上の世代の人たちの中には「保育園に長時間預けっ放しで、子どもがかわいそう」と言う人もいますが、母親と二人きりで家にいるよりも社会性が身に付くという見方もできます。

 仕事をする上で、男性と女性は生殖以外に大きな差はないと考えています。従来の男女の役割の固定観念を社会全体で見直せば、男性も女性も活躍の場が広がります。私たちがロールモデルとなり、キャリアアップを目指したい人のための受け皿や自分らしく働ける環境を用意しておけば、若い医師が希望を持って外科医を目指せるのではないでしょうか。(了)

聞き手・文:稲垣麻里子、企画:河野恵美子(大阪医科薬科大学医師)

野村幸世(のむら・さちよ)
 1989年東京大学医学部卒。同大大学院医学系研究科、医学部附属病院分院外科助手を経て、2002年から米国ヴァンダービルト大学に3年間留学。2007年東大大学院医学系研究科消化管外科学准教授に就任、現在に至る。胃がんを専門とし、手術を伴う臨床、研究、教育の3本柱をバランスよく担う。現在、胃がんの中でも難治性の病態である腹膜播種(ふくまくはしゅ)を治療するための研究に取り組んでいる。 2015年に消化器外科の女性医師を支援する団体「AEGIS-Women」を立ち上げ、活動に力を入れる。

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