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目は健康のセンサー
~快適さと視覚情報~ 第11回
例えば、食事をするときに自分の手指に痛みがあったり、動きに不自由だったりすると食事を楽しむというところになかなか行き着きません。歩くときに足を、呼吸するときに肺を意識すれば、これもまた不調です。
目も同じで涙や目やにが気になる、目が染みる、ぼやけるなどの自覚症状があれば生活は快適ではなくなります。目が担う視覚は外から入る情報の90%近くを占めていると言われるように、視覚情報は人間が生きていくのに欠かせない重大な機能です。そこに微細な変化や異変が起こると、即座に日常生活に影響が出てしまいます。まして一時的なものなら我慢できるでしょうが、症状が継続すれば心身ともに疲れます。目を意識しない状態こそ目が快適ということなのです。
◇外からの異物に敏感
目や視覚は非常にデリケートな感覚センサーでもあります。
皮膚に小さなちりが接触してもほとんど気付かないのに対し、目にちりが入るととたんに痛みが出るでしょう。角膜上皮のすぐ下には痛みを感じる神経である眼神経=三叉(さんさ)神経第一枝=の末端が多く分布しているからで、痛みは眼球に備わった一種の防御反応です。
眼球表面の角膜上皮の細胞自体は皮膚の上皮と酷似していますが、細胞分裂が活発で数日で新しい細胞に置き換わっています。
がんの悪性細胞の増殖を抑える薬剤として世界中でがん治療に多用されているTS1という内服薬は、内服すると涙液中にも成分が出てきて細胞分裂を抑制してしまいます。この影響を受けやすいのが眼表面ですが、涙道(涙を排出する経路)の上皮への影響はさらに大きく、涙道閉塞(へいそく)の原因になったり、流涙症になったりします。涙のことと軽視するなかれ。これでは生活の質が大いに下がります。この薬を内服しているときは頻繁に人工涙液などを点眼して涙道を守らなければなりません。
表 網膜視神経に影響した主な薬物
◇注意すべき薬の副作用
われわれ眼科医は特定の原因が見つからない眼球や視機能の変化を見たとき、他科で使用している治療薬の副作用を検討します。
角膜や水晶体、網膜、視神経はいずれも種々の薬物の影響が出現しやすい部位です。特に、網膜と視神経は時に治りにくい副作用が出ることがあります。
副腎ステロイド薬はあらゆる診療科で使用される薬です。それの目に対する副作用としては白内障と緑内障が有名です。この薬の全身投与を継続すると、網膜中心部に剥離を生じる「中心性網膜脈絡膜症」が発症する可能性があることを私たちのグループが40年近く前に発表しました。
視神経障害で古くから知られている代表的な中毒性視神経症は抗結核薬のエタンブトールの副作用によるものです。非結核性抗酸菌症にも使用される薬ですが、使用してすぐにではなく、何カ月か経過してから急にぼやけが出てきます。早期発見して休薬すればかなり改善が期待できます。
2022年に刊行された「改訂新版重篤副作用疾患別マニュアル」(JAPIC発行)から拾った、最近報告されている網膜視神経に影響した主な薬物(眼科用剤を除く)を表に列挙しておきます。
◇重要な脳の役割
ところで、目だけがあっても「見える」ことにはなりません。脳で視覚情報を処理して初めて意味のあるものとして「見える」、つまり視覚が実現するのです。
視覚を実現するには目の位置を対象物に合わせて注意を集中し、そこにピントを合わせるといった過程が必要です。これも眼球が勝手にしているのではなく、脳が緻密かつ合理的に働くことが必須です。
普段はあまり意識しないかもしれませんが、物を見るためにはこのように脳がとても大きな役割を演じています。しかし、忘れてならないのは脳が医薬品や化学物質の影響を受けやすいという点です。
精神科やメンタルクリニックで処方される薬物の添付文書(薬事法に定められている医薬品に添付しなければならない使用上必要な情報が書かれた文書)には、「霧視(目がかすむ)」「視力低下」「羞明(まぶしい)」「調節障害」「複視(物が二つに見える)」などの副作用がしばしば記載されています。それらの大半は眼球そのものではなく、脳の視覚情報処理機構の不調を表現しているものと考えられます。内服薬の使用後に、こうした目の症状が出ると「強い薬だ」と感じる人が多いという調査結果を見たことがありますが、なるほど、視覚は敏感なセンサーと言えましょう。
図 薬物性眼瞼けいれんの原因または誘因と疑われた医薬品(上位のみ、筆者のグループでの調査より)
◇眼瞼けいれん、3分の1は副作用
脳の働きが目に表れている良い例はまぶたや瞳孔にあります。私たちの目がらんらんと輝いているときは交感神経が優位になっている状態で、まぶたは大きく開き、瞳も散大しています。眠くなってお休みモードになっているときは副交感神経が優位な状態で、まぶたは下がり、瞳も小さくなります。
この連載で取り上げた「眼瞼(がんけん)けいれん」の約3分の1は、神経系に作用する薬物性であることが私たちのグループの研究で明らかになっています。中でも、睡眠導入薬や抗不安薬として多用されているベンゾジアゼピン系薬物や同様の作用を持つ薬の連用によって眼瞼けいれんが起こりやすくなります(図)。ただ、これらの薬を急にやめることもかえって症状を悪化させる可能性があるので注意しなければなりません。(了)
若倉雅登(わかくら・まさと)
1949年東京都生まれ。北里大学医学部卒業後、同大助教授などを経て2002年井上眼科院長、12年より井上眼科病院名誉院長。その間、日本神経眼科学会理事長などを歴任するとともに15年にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ、神経眼科領域の相談などに対応する。著書は「心をラクにすると目の不調が消えていく」(草思社)など多数。
(2023/02/20 05:00)
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