こちら診察室 介護の「今」
多問題家族 第55回
家族は何らかの憂いを抱えているものだ。ただ、多問題家族の憂いは深い。憂いは、幾重にも重なり、絡み合い、一つの問題を解決しようとしても、別の問題が立ちはだかる。解決の糸口は容易には見つからない。
◇ある事例
夫・妻・娘の3人家族。
夫は精神疾患を患い、5年前に教員の職を辞職した。63歳。糖尿病腎症で週3回血液透析を受けている。精神科病院で処方される薬の影響からか、発語に異常が認められる。
妻は3歳年下で軽度ではあるが知的障害がある。ただし、療育手帳は未取得である。
娘は16歳。夫妻が40歳を超えてできた一人っ子である。中学校の頃から不良仲間と関わり、不登校。非行を繰り返し、警察沙汰になったことも数多い。中学は追い出されるように卒業したが、高校には進学していない。

父親の救急処置を待つ間、娘と地域包括支援センターの担当者は長椅子で語り合った
◇チョウよ花よの結果
知的障害の母親は、娘の言いなりだった。父親も娘を溺愛。娘が欲しがる物を何でも買い与え、チョウよ花よと育ててきた。
退職金は、家のローンの返済に充てた。年金は繰り上げ支給を受けているが、それでもそれなりの額が出ている。しかし、いつしか金銭管理の実権を握った娘が、母親や友人と一緒に散財してしまうのだ。蓄えも娘がとうに食いつぶしている。
家族は慢性的な生活苦を抱えていた。年金の受給日前になると、食べ物にも困るありさまだった。
◇通報を受けて
民生委員からの通報を受けた地域包括支援センターが支援に動くことになった。
担当になったのは、社会福祉士の吉田三郎さん(仮名)だ。民生委員から大まかな事情を聞いた吉田さんは「できるところから手を付けていくしかないが、とりあえずは、あす食べる物の確保だな」と思った。
◇食料の入手
問題家族の自宅を訪問した吉田さんが「食事はどうしていますか?」と切り出すと、父親は「ええ、何とか…」と答えた。
次の年金受給日までは1週間ある。父親の表情や言葉から、「あまり何とかなっていないな」と感じた吉田さんは、福祉事務所にストックしてある災害備蓄品から食料を入手し、急場をしのいでもらうことにした。
生活困窮者向けの食料の入手は、簡単な書類にサインをするだけでいい。「目の前に飢えそうな人がいるのに、すぐに対応できないのでは、公の機関とは言えない」。吉田さんと福祉事務所の間には、平生の仕事を通じ、そんな合意ができ上がっていた。
◇両親の思い
父親は、心身ともに劣悪なコンディションだった。それにもかかわらず、「私はどうなってもいいが、娘を何とかしてほしい」と嘆願した。チョウよ花よと育てた挙げ句の果ての責任を痛感しているようだった。
父親は65歳未満ではあるが、糖尿病腎症は特定疾患に該当するため、介護保険の要介護認定が出る可能性は高い。しかし、「サービスは使う気はないし、お金もない」と父親は言う。それでも申請の同意だけは取り付けた。
母親は、娘との蜜月の関係を続けている。お金が入れば、おいしい物を食べ、洋服を買い、おしゃべりをする。娘と一緒に過ごす時間が幸せの全てだった。
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(2025/05/27 05:00)
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