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幼い頃、体調を崩すたび、よく自宅近くのクリニックに通っていました。そのクリニックの小児科医は、いつも私と母の話を聞きながら、カルテに万年筆でサラサラと奇妙な文字を書いていました。聞けば、ドイツ語だと言います。その時は「医者同士の会話はドイツ語で行われるのだろうか」などと、子どもながらに不思議に思ったものです。
確かに昔はドイツ語でカルテを書いていた…
◇ドイツ語ではないの?
そんな頃のことは忘れ、私が医師になってしばらくした頃、当たり前のようにカルテを日本語で書いていると、「カルテはドイツ語ではないのですか」と年配の患者さんに驚かれたことがありました。
「もちろんドイツ語ではありません。ほとんど日本語です。時に英語を使うこともありますが…」とお答えしながら、幼い頃のことを思い出していました。確かに昔はドイツ語でカルテを書く医師がいたのだな、と。
かつてドイツ語がよく使われていた理由は何だったのでしょうか。これは推測ですが、日本が明治時代に西洋の医療を取り入れ始めた時、ドイツ医学を参考にしたからでしょう。そもそも「カルテ」がドイツ語で、カテーテルやギプス、アレルギー、チアノーゼなど、日本の医学用語にはドイツ語を語源とする外来語がたくさんあります。こうした歴史や医療環境もあってカルテの文章もドイツ語で書いていたのだろうと思います。
今は私の知る限り、ほとんどの医師がカルテを日本語で書いています。なぜでしょうか。
◇医療が複雑化、細分化
その理由は、カルテの目的を考えるとよく分かります。カルテは、患者さんに関する診療記録です。これまでの病状、行った検査や治療、それに対して医師がどう考察し、どういうプランを立てたかを適切な手順で記録することになっています。
現在の医療現場では、医師が書いたカルテを医師以外のあらゆる職種の人が読まねばなりません。まず、一人の患者さんには多くの看護師が関わります。看護師は適切なケアを考える上で、「医師がどう考え、どういう根拠でどんな治療を行っているか」を理解するのが必須です。
一つ検査を行うにも各種の技師が関わりますし、リハビリを行うには理学療法士や作業療法士が、服薬指導や薬剤の管理を行うために薬剤師が関わります。
また、例えば大腸がんで消化器外科に通院している人が呼吸器の病気を起こして呼吸器内科医に、心臓の病気を起こして循環器内科医にそれぞれ診てもらうこともあります。同時に糖尿病内科に通って糖尿病の治療を続けているケースもあるでしょう。CTやMRIのような画像検査をすれば、放射線科医が関わります。
(2020/05/13 07:00)
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