Dr.純子のメディカルサロン

新入社員の適応障害
~今年新たに気になる背景~

 毎年5月から6月になると、目立つのが春に入社したばかりの新入社員の体調不良です。そのうち何人かは適応障害の診断を受けて休職。昨年は入社して3カ月で休職したまま1年間が過ぎ、今年退職したというケースもありました。せっかく入社した会社で適応障害は残念なことですし、人手不足が叫ばれる中、適応障害を防ぐ予防対策が必要です。

(文 海原純子)

 ◇適応障害と今年の注意点

心身の不調で適応障害になる新入社員も(イメージ画像)

 適応障害とは、明らかな環境変化やトラブルなどのストレス要因があってから3カ月以内に起きる心身の不調です。症状は気分の変化と身体の不調が主体です。

 気分の変化:楽しいことがない・気分が落ち込む・いらいらする・おっくうでやる気がでない・集中できない・不安感・人とかかわりたくない

 身体の不調睡眠障害(寝つきが悪い・早朝覚醒・睡眠の質低下・熟睡感がない)、食欲の変化・めまい・耳鳴り・耳閉塞(へいそく)感・倦怠(けんたい)感

 行動の変化:朝起きられない・ミスや忘れ物が多い

 こうした症状が継続した場合は適応障害です。自分でちょっと変だな、と感じたら早めに周囲の人や社内の産業医などに相談してストレス要因に気が付くことが大事です。

 今年は4月から気温の寒暖の差が激しく、気候に適応するために自律神経が稼働して疲労感が強く、ゴールデンウイークで生活リズムが崩れる傾向があり、リズムを取り戻せないまま仕事に戻る人も多いと思われます。新入社員にとっては、毎年連休明けは生活リズム確保が最大の課題です。また、今年はコロナ禍明けで連休中に遠出した人も昨年より増え、疲労が残っていることが懸念されます。

 ◇早期退職の背景にある「若い世代の合理性」

 さらに今年新たに気になるのは、連休前に退職した新入社員が例年より多いことが人事総務関係の人たちの懸念材料になっています。こうした新入社員について調べてみると、退職するのは「我慢が足りない」ということでもないことがうかがえます。早期退職の理由に挙げられているのは「会社のガバナンスに対する不安」と「配属した部署での適応障害への危機感」です。

 ケースⅠ

 製造業の一部上場企業に就職した大卒の社員Aさんは、研修期間に3カ月間、本社からかなり離れた工場に実地体験に行くように言われ驚いたそうです。というのは工場の実地見学は交代勤務で、大卒の自分には交代勤務はないと考えていたからです。上司にしてみれば、研修期間の3カ月だけで配属後は当然交代勤務はないので問題はない、このくらいはいいじゃないか、と考えていたのですが、Aさんは入社の際、「大卒には交代勤務はなく、残業ゼロを目指している」との会社側の説明を聞いていたので、「だまされた」という気持ちになったそうです。「交代勤務の研修がある」という説明をしない会社は「信用できない、都合のいいことばかり言うのかもしれない」という気持ちになり、「ガバナンスが行き届かない企業は先行き不安だ」と決断して退職を決めたそうです。今は売り手市場で就職先は困らない、という環境もこうした早期の退職に拍車を掛けていると思われます。説明をきちんとしていなかったというのはお互いにとり、残念な結果になったわけです。

 ケースⅡ

 IT関連の企業を入社後すぐに退職したBさんは、配属先が希望した部署にならなかったことで退職を決めたそうです。入社前には「できるだけ希望の部に行けるようにします」と言われ、ある程度期待していたそうです。スキルを磨いてキャリアを積むことを望んでいたBさんですが、配属されたのは別の部。昭和世代なら希望とは違う部に配属されても、そこでしばらく頑張り次の機会を目指すことが一般的な考え方だったかもしれません。しかし、今は入社した会社に一生いることを考える若者は少なく、希望と違う部署で何年も時間を使うのは時間の無駄、得意なスキルを磨いて短期間でステップアップを目指そうとするため退職という決断になるようです。合理的といえば合理的な退職なのでしょう。

 上司の言動がパワハラ的で嫌になったというケースもあります。入社前の説明会などでは紳士的な対応だったので安心していたら、入社後研修を受けていた時の上司の言葉遣いや態度が圧が強く、ここにいたらどのくらい持つだろう、と不安になり退職を決めたとの声も聞きました。これも一昔前なら「我慢が足りない」ことになりますが、判断の背景には合理的な考え方があるようです。それは、パワハラ的な態度の人を変えられない→そういう人物を管理職に置く企業自体は信用できない→そういう企業で働くと我慢するしかない→そうすると自分がストレスでメンタルをやられる→相手を変えられないのだから自分を変えるしかない→だから早めに退職しよう、ということなのです。

 ◇若者は「契約」という意識が強い

 令和の新入社員は働くことを企業と自分との「契約」として合理的に捉えています。働く条件について明確に説明を受け、齟齬(そご)が起きないことや企業のガバナンスとしてハラスメントのない環境を求めている人が多いのです。

 ですから入社前の説明と実情が違っていたり、コミュニケーションが不良で社員の人格を尊重することができていない上司の言動に接したりすると強いストレスを感じます。そうした場合、すぐに退職する社員が出るのですが、一方で、退職を踏みとどまり我慢する社員は適応障害に陥りやすいということになります。

 適応障害は本人の問題と思いがちですが、それだけではなく「このくらいは問題がない」と企業側が捉えていることが背景にあることも知っておく必要があります。入社後に新入社員が感じた「違和感」に気が付き、コミュニケーションを取ることが適応障害を食い止め、早期の退職を防ぐことにつながると思います。(了)


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