治療・予防

他人の便を移植して治療―潰瘍性大腸炎
ドナーの募集スタート

 腸内細菌を活用した医療技術や医薬品の研究、開発が進んでいる。人間の腸管に生息する細菌の集団「腸内細菌叢(さいきんそう)」は、私たちが排出する便の中にも含まれる。健康な人に便を提供してもらい、ある特定の疾患の患者の腸に移植することでバランスの取れた腸内細菌叢を再構築するという新規治療法がある。この治療法を広めるため、腸内細菌叢バンク「J―Kinsoバンク」が開設。便の提供者(ドナー)の募集が始まった。

腸内細菌叢移植(FMT)の仕組み(提供: メタジェンセラピューティクス)

 ◇製剤化して腸内に注入

 人体にはさまざまな細菌が息づいているが、最も多様なのが腸だ。腸内細菌の数は約1000種、40兆個以上。細菌たちが種ごとに群れをつくっている状態が腸内細菌叢で、野生の花畑に見立てて「腸内フローラ」とも呼ぶ。

 近年の研究で、この腸内細菌叢のバランスの乱れが、さまざまな疾患に関連すると明らかになってきている。特に潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患では、発症や重症化の要因の一つとされている。

 便を移植して腸内細菌叢の乱れを正す「腸内細菌叢移植(FMT)」とは、どんな治療法なのか。

 まず、健康な人の便を空気に触れないように溶液と混ぜ、残渣(ざんさ)を取り除きながら加工した「便由来製剤」を作製する。この溶剤は移植までの短期間、冷凍保存するため、解凍時に腸内細菌が生きられるような工夫がなされている。この溶剤を内視鏡などを使用して患者の腸内に注入する。

 米国とオーストラリアでは2022年、便由来製剤が医薬品として薬事承認・販売され、標準治療の扱いだ。症例も増えている。

凍結保管されている腸内細菌叢溶剤。ドナーの便が材料

 ◇手が届く治療に

 「日本だけ使えないという状況にしてはいけない。有効な治療があるのだから、患者に届けなければ」。14年からFMTを研究している順天堂大学医学部消化器内科の石川大准教授は、この分野で国内の第一人者だ。海外で消化管感染症への治療に、FMTの有効性が示されたことが、研究に取り組むきっかけだったという。

 それは、抗菌薬の長期使用で腸内細菌のバランスが崩れ、数が増えた特定の菌が出す毒素により炎症が強まる消化管感染症(クロストリジオイデス・ディフィシル感染症)の症例。便由来製剤を複数回投与した患者の94%に治療効果があった。

 石川医師は、指定難病である潰瘍性大腸炎の治療への活用に踏み出す。新薬開発で症状の改善が進む一方、長期使用による副作用の問題や、患者が増えていたことも背中を押した。

 20年にベンチャー企業「メタジェンセラピューティクス」を起業し、産学連携で研究を開始。①ドナー便の細菌叢を定着しやすくするには、あらかじめ3種類の抗菌薬を患者に投与する②腸内細菌の一つ、バクテロイデス門が疾患の進行と治療の効果に関係する③年齢の近いきょうだいからの便を使用すると長期的な治療効果が高まる―などが分かった。

 昨年、潰瘍性大腸炎を対象としたFMTが、国の先進医療として承認。順天堂大を中心に複数の医療機関で臨床研究が行われ、これまでの症例で大きな有害事象は起きていない。石川医師は「多くの患者さんに治療を届けるためには、全国で標準的に、どこでも受けられるような体制づくりが必要だ。保険診療もいずれ可能にしたい」と力を込める。治療の規模を大きくする土台として、J―Kinsoバンクを設立した。

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