医学部・学会情報

世界初、切除不能膵癌に対する
Wilms腫瘍(WT1)樹状細胞ワクチンを併用した化学療法を考案・実施 ~治療奏効率70.0%、病勢制御率100%を達成~

 東京慈恵会医科大学の消化器・肝臓内科教授(当時)小井戸薫雄らは、切除不能膵癌に対して、世界初の治療法として「Wilms腫瘍(WT1)に対する新規多機能型ペプチドをパルスした樹状細胞ワクチン(WT1樹状細胞ワクチン)を併用した標準化学療法(ゲムシタビン・ナブパクリタキセル)」を考案・実施しました。
 当免疫化学療法を実施した外科手術が不可能と判断された10名の進行膵癌患者のうち7名が手術可能となり、そのうち4名は長期間におよび腫瘍サイズが安定し生存しています。
 本研究の成果は、2024年10月8日にJournal for ImmunoTherapy of Cancer誌オンライン版に掲載されました。
【本研究のポイント】
〇切除不能膵癌に対して、世界初の免疫化学療法を考案しました。
〇外科的切除が不可能と判断された10名の進行膵癌について、本治療を受けることで7名の方の手術が可能となりました。
〇7名のうち、著しく治療効果が得られた患者さんは4名みられました。
【成果】
(1) 主要評価項目として、新規免疫化学療法の安全性を評価して、副次評価項目として臨床転帰およびWT1特異的免疫応答の誘導を評価しました。その結果、10名すべてに安全に治療が実施できました。
(2) 臨床転帰の評価が可能だった9名における全生存期間中央値は3.52年、無増悪生存期間中央値は2.23年でした。また、治療奏効率は70.0%、病勢制御率は100%と非常に良い治療効果が得られました。従来の標準化学療法(ゲムシタビン・ナブパクリタキセル)単独での全生存期間中央値(0.71年)、無増悪生存期間中央値(0.46年)と比較し、生存成績は良好であることが期待されました。
(3) 新規免疫化学療法では切除が出来ないと判断された進行膵癌10名中7名が手術可能となりました。興味深いことに、著しく治療効果が認められた患者さんは4名にみられ、現時点で4.5年以上におよび生存中です。その4名は、腫瘍抗原であるWT1に対して、強い免疫反応が長期間誘導・維持できていました。
(4) 手術が可能となった患者さんの膵癌局所を解析した結果、腫瘍の局所には抗腫瘍免疫に関連するリンパ球が多く集まっていました。また、免疫を抑制する抑制性T細胞の集簇は少ない事が分かりました。従来、膵癌局所は免疫が抑制された状態ですが、新規免疫化学療法にて抗腫瘍免疫が活性化された状態に変化している可能性があります。
(5) 以上の結果から、これまで有効な治療法が無かった切除不能膵癌に対して、WT1樹状細胞ワクチンと標準化学療法(ゲムシタビン・ナブパクリタキセル)を併用した新規免疫化学療法は有望な治療法となる可能性が期待されます。しかし、実施した症例が少なく今後は大規模での治験の実施が望まれます。
【今後の展望】
本臨床試験は、症例数が10名であること、さらにWT1樹状細胞ワクチンが15回に限定されていました。今後は、大規模でWT1樹状細胞ワクチン回数の上限が無い治験の実施が望まれます。
【論文情報】
掲載誌:Journal for ImmunoTherapy of Cancer誌オンライン版
論文タイトル:Dendritic cells pulsed with multifunctional Wilms' tumor 1 (WT1) peptides combined with multiagent chemotherapy modulate the tumor microenvironment and enable conversion surgery in pancreatic cancer.
著者:Shigeo Koido, Junichi Taguchi, Masamori Shimabuku, Shin Kan, Tuuse Bito, Takeyuki Misawa, Zensho Ito, Kan Uchiyama, Masayuki Saruta, Shintaro Tsukinaga, Machi Suka, Hiroyuki Yanagisawa, Nobuhiro Sato, Toshifumi Ohkusa, Shigetaka Shimodaira, Haruo Sugiyama.
DOI:10.1136/jitc-2024-009765.
掲載URL:https://jitc.bmj.com/content/12/10/e009765.long
本研究はJSPS科研費の助成をうけたものです。
【協力メンバー(氏名・研究実施時の所属)】
小井戸 薫雄・東京慈恵会医科大学附属柏病院 消化器・肝臓内科
田口 淳一・東京ミッドタウン先端医療研究所
島袋 誠守・東京ミッドタウン先端医療研究所
闞 鑫・東京慈恵会医科大学附属柏病院 消化器・肝臓内科
尾藤 通世・東京慈恵会医科大学附属柏病院 消化器・肝臓内科
三澤 健之・東京慈恵会医科大学附属柏病院 外科
伊藤 善翔・東京慈恵会医科大学附属柏病院 消化器・肝臓内科
内山 幹・東京慈恵会医科大学附属柏病院 消化器・肝臓内科
猿田 雅之・東京慈恵会医科大学 消化器・肝臓内科
月永 真太郎・東京慈恵会医科大学附属柏病院 内視鏡科
須賀 万智・東京慈恵会医科大学 環境保健医学講座
柳澤 裕之・東京慈恵会医科大学 環境保健医学講座
佐藤 信紘・順天堂大学 腸内フローラ研究講座
大草 敏史・東京慈恵会医科大学附属柏病院 消化器・肝臓内科 / 順天堂大学 腸内フローラ研究講座
下平 滋隆・金沢医科大学 再生医療学講座
杉山 治夫・大阪大学大学院医学系研究科 癌免疫学寄附講座
以上

研究の詳細
1. 背景
 膵癌は致死率の高い疾患であり、化学療法や放射線療法に対して治療効果が乏しいことが知られています。 膵癌の局所では、癌細胞以外に、癌関連マクロファージ、癌関連線維芽細胞、骨髄由来抑制細胞、腫瘍血管、癌幹細胞、免疫担当細胞(細胞傷害性T細胞、ヘルパーT細胞、ナチュラルキラー細胞、制御性T細胞など)からなっています。 したがって、切除不能膵癌の患者の臨床転帰を改善するためには、癌細胞だけでなく癌の局所に存在する様々な細胞に対する治療が重要と考えられます。
 Wilms腫瘍(WT1)は、血管新生、腫瘍の進行・浸潤・転移と密接に関連し、がん遺伝子として機能しています。また、WT1は膵癌細胞だけでなく、癌幹細胞、骨髄由来抑制細胞、腫瘍血管にも発現しており、様々な癌に対して有効な治療標的となっています。以前、我々は切除不能膵癌の患者さんを対象に、WT1ワクチン(WT1樹状細胞ワクチンやWT1ペプチドワクチン)と単剤化学療法(ゲムシタビン)との併用による臨床試験を実施してきました。今回は、新しい多機能型WT1ペプチドを使用した新規WT1樹状細胞ワクチンを開発し、多剤化学療法(ゲムシタビン・ナブパクリタキセル)のと併用療法を世界初で実施しました。本臨床試験は第1相の臨床試験で、東京慈恵会医科大学認定再生医療等委員会(委員長 岡野ジェイムス洋尚)の承認を得て、東京慈恵会医科大学附属柏病院(病院長 吉田博)にて実施しました。

2. 手技
 対象者は、外科的切除が出来ない進行膵癌10名の患者さんです。10名の内訳は、局所進行切除不能膵癌6名、他臓器転移を伴う進行膵癌3名、および膵癌術後の肺転移1名になります。患者さんから採取した単球を培養して樹状細胞に誘導後、新規WT1ペプチドカクテルと共培養してWT1樹状細胞ワクチンを作製後、不純物が無い事を確認後に凍結保存しました。WT1樹状細胞ワクチンの準備に数週間要するため、進行膵癌の標準化学療法(ゲムシタビン・ナブパクリタキセル)を通常のスケジュールで1コース先行して投与しました。2コース目から、標準化学療法とWT1樹状細胞ワクチンを併用しました。WT1樹状細胞ワクチンは計15回の投与で、2〜4週間毎に投与しました。最低6ヵ月の治療継続後、腫瘍の縮小にて、外科的に完全切除が可能と判断された場合は、転換手術を検討しました。外科的切除後約1ヵ月後から、残りのWT1樹状細胞ワクチンを投与しました。術後補助化学療法として(S1、経口フルオロピリミジンまたはゲムシタビン・ナブパクリタキセル)も併用しました。尚、治療中に、WT1に対する特異的な免疫誘導能についても検証しました。

3. 成果
(1) 治療効果
 本臨床試験に参加いただいた方の全10名の治療効果は造影CT検査で評価されました。治療前と比較し、病変の径の和が30%以上減少した状態を「部分奏効」といいますが、部分奏効は7名(局所進行切除不能膵癌6名および他臓器(骨・脾臓転移)転移膵癌1名)に認められました。残りの3名は長期間におよび腫瘍サイズは大きな変化はなく安定を保っていました。すなわち、治療奏効率は70.0%、病勢制御率は100%と非常に良い治療効果が得られました(下図)。


(2) 無増悪生存期率および全生存率
 生存期間の評価が可能であった9名の臨床結果を評価しました。無増悪生存期間中央値は2.23年、全生存期間中央値中央値は、3.52年でした。従来の標準化学療法(ゲムシタビン・ナブパクリタキセル)単独での無増悪生存期間中央値(0.46年)、全生存期間中央値(0.71年)であり、本治療結果は、従来の標準化学療法単独と比較して、より良い成績が期待されました。


(3) WT1樹状細胞ワクチンによる免疫誘導と臨床効果
 WT1樹状細胞ワクチンにて、強く免疫が出来た患者さんは、弱い免疫の患者さんと比較し、無増悪生存期間および全生存期間が有意に長いことが分かりました。すなわち、WT1樹状細胞ワクチンにて免疫を強く誘導できた方は、そうでは無い方と比較し、生命予後が良いことがわかりました。


(4) 本治療により手術が可能となった患者さん
 本治療中に、局所進行切除不能膵癌6名のうち4名、他臓器転移膵癌3人のうち1名、および肺転移再発した患者1名は、手術にて完全切除ができました。また、上記以外の他臓器転移患者の1名は造影CTで腫瘍縮小を認めませんでしたが、18F-FDG PET/CTにて改善を認めたため、外科的切除を試みましたが、完全切除には至りませんでした。しかし、エントリー後843日間の長期生存が認められました。外科的切除は完治が期待できる唯一の治療法ですが、新規免疫化学療法にて切除不能の膵癌患者10名中7名に外科的切除が可能となりました。尚、手術に移行するまでの平均治療期間は221日でした。
以下に2名の患者さんの治療効果をお示しします。治療221日後の造影CT検査で、膵癌の大きさは31.4%縮小しているのを確認しました。また、18F-FDG PET/CT検査にて、治療前に18F-FDGが集積していた膵癌病変(黄色い円の中)は治療開始202日後に消失していました(下図)。

 別の患者さんの腫瘍サイズの変化をお示しします。治療開始後215日目の造影CT検査にて、治療前と比較して腫瘍の大きさは54.4%縮小しました。さらに、18F-FDG PET/CT検査にて、治療前に18F-FDGが集積していた膵癌病変(黄色い円の中)は治療開始172日後に消失していました(下図)。

 WT1樹状細胞ワクチンにて、免疫が強く長期間誘導された患者さんは、治療後に外科手術が可能となりました。手術標本を検討した結果、①リンパ球(CD3、CD4、CD8)や②活性化したリンパ球(PD-1)の集簇が見られました。また、③免疫を抑制する抑制性T細胞(Foxp3)は少なく、④M1マクロファージ(CD68)とM2マクロファージ(CD163)の比率(CD68/CD163)は高値でした。 CD68/CD163が高値の方は、生命予後が良いことが知られています。さらに、⑤WT1に特異的なCD8陽性のリンパ球が膵癌局所に多く認められました。すなわち、治療効果が良い患者さんは、WT1樹状細胞ワクチンで、腫瘍を攻撃できるリンパ球が膵癌局所に多く誘導されていました(下図)。下図の茶色い所は、それぞれの抗原が陽性の細胞を示しています。すなわち、治療効果が得られた方の膵癌局所には、活性化したリンパ球(CD3、CD4、CD8、PD-1、CD68陽性)の細胞密度が高く、免疫を抑制する抑制性リンパ球(Foxp3陽性)の細胞密度が低いことがわかりました。

 さらに、新規免疫化学療法後に治療が著効した患者さんの血液中に、WT1に反応する細胞傷害性T細胞の割合が増えていました。以下の図では、WT1特異的免疫が強く誘導できた患者さんを青色で示し、WT1特異的免疫が弱く誘導できた患者さんは赤色で示してあります。WT1樹状細胞ワクチン投与4回後から、WT1特異的な免疫反応が強く誘導できた方は、WT1特異的な免疫反応が弱い方と比較し、WT1ペプチドに反応するWT1特異的細胞傷害性CD8陽性T細胞から産生されるIFN-γやTNF-αは有意に多く認められました(下左図)。また、WT1特異的免疫が強く誘導できた方は、WT1特異的免疫が弱く誘導された方と比較し、有意に無増悪生存期間や全生存期間が延長し、臨床効果が得られていました(下右図)。

 以上より、切除不能膵癌に、多機能型の新規WT1樹状細胞ワクチンと標準化学療法(ゲムシタビン・ナブパクリタキセル)にて治療することによって、WTに対して強い免疫反応が誘導された方は、著しく腫瘍が縮小し外科的切除が可能となり、手術後も長期生存が期待されました。本治療法は、膵癌の新しい治療戦略のひとつとなる可能性が期待されました。

4. 今後の応用、展開
 本臨床試験は、安全性や治療実施性を評価する第1相臨床試験です。今後は、大規模な臨床治験の実施が望まれます。また、免疫が強く長期間誘導される方と弱い方がおられましたので、WT1樹状細胞ワクチンの投与回数を制限すること無く長期間実施することが重要であると考えています。そのためにも、本臨床効果が期待できる患者さんの選定を目的としたバイオマーカーの開発は重要です。さらに、免疫誘導に関して基礎解明を進めることは、本治療を更に理解するためにも必要であると考えています。

5. 脚注、用語説明
WT1
 WT1とは、さまざまな癌に存在しているたんぱく質のひとつです。すなわち、癌が持つ特徴的な抗原で、癌の目印になります。WT1は、膵癌をはじめ白血病、肺癌、大腸癌、骨軟部肉腫や悪性神経膠腫など様々な悪性腫瘍において過剰に発現しているため、癌の代表的な目印になります。また、癌幹細胞、骨髄由来抑制細胞、腫瘍血管にも発現しているため、WT1を標的とした治療法にて、多方面から癌の治療が可能になることが期待されています。

WT1樹状細胞ワクチン
 癌ワクチンは、癌細胞に対する免疫反応を高めることにより、癌を治療しようとする治療法です。癌細胞には、癌の目安となる多くの物質が存在します。この癌の目印となる物質を、腫瘍抗原と言います。腫瘍抗原の中で、代表的な物のひとつが、WT1という名前が付いた腫瘍抗原です(WT1と言う癌の目印)。癌ワクチンは、癌の目印をもっている癌細胞を特異的に攻撃する治療法のため、副作用が軽いと考えられています。癌細胞を攻撃する兵隊の代表はリンパ球です。この兵隊であるリンパ球をより強力な兵隊にするのは、樹状細胞です。すなわち、樹状細胞は、リンパ球に対して“癌細胞を排除する”ように教育する教師のような役割をします。具体的には、癌に存在する腫瘍抗原(たとえばWT1タンパク質)の小さな断片であるペプチド(タンパク質の断片です)を樹状細胞にくっつけたものが、今回用いた「WT1樹状細胞ワクチン」です。今回は、新しくデザインした多機能型のWT1ペプチドを用いています。多機能型WT1ペプチドには、新しいWT1ヘルパーペプチドが含まれています。このWT1ヘルパーペプチドは、患者さんのHLA型によってはCD4陽性リンパ球以外にCD8陽性リンパ球も同時に活性化することが出来ます。したがって、多機能型WT1ペプチドにて、免疫の効率良い活性化が期待されます。

 この「新規WT1樹状細胞ワクチン」を患者さんに皮内投与すると、WT1を発現している膵癌を排除するようにリンパ球は効率よく教育され、膵癌を攻撃できる強い兵隊が誘導されます。しかし、免疫が強く長期間誘導される方と弱い方がおられました。尚、膵癌はほぼ100%WT1が発現していることが知られています。

治療評価
 がん治療療の効果を示す指標の一つとして、以下のように分類して評価しています。
・完全奏効 (CR):すべての非リンパ節標的病変が消失し、リンパ節は短径が10mm未満に縮小した場合
・部分奏効 (PR):標的病変の径和が、治療開始前の径和に比して30%以上小さくなった場合
・安定(SD):PRに該当する腫瘍縮小やPDに該当する腫瘍増大を認めない場合
・進行 (PD):標的病変の径和が、それまでの最も小さい径和に比して20%以上大きくなった場合(再発を含む)かつ絶対値も5mm以上増加

治療奏効率
 治療を受けた患者数を分母として、CRまたはPRの患者合計数の割合。

病勢制御率
 治療を受けた患者数を分母として、CR、PR、またはSDの患者合計数の割合。

転換手術
 切除不能の癌だった患者さんが、薬物療法などにより癌が縮小し、手術が可能な状態に転換した結果、外科的手術が可能となる手術を転換手術といいます。

主要評価項目
 試験の主要な目的に直結し、最も重要で関心のある項目。通常は、ひとつに絞って設定されますが、複数の主要評価項目を設定する試験もあります。

副次的評価項目
 主要評価項目を支持する補足的な項目。主要評価項目とは異なる視点から有効性を評価し、副次的な目的に関連した項目であり、ひとつでなくても良い。

無増悪生存期間
 起算日から増悪(再発含む)/あらゆる死亡(死因問わず)と判断された日、または死亡日のうち、どちらか早い日までの期間。

全生存期間
 起算日からあらゆる死亡(死因問わず)までの期間。

無増悪生存率
 ある一定期間、腫瘍が進行せず安定した状態である患者割合が全体の何割であったかを示す指標です。パーセントで示されます。

全生存率
 ある一定の期間経過した集団において生存している人の割合を指します。パーセントで示されます。
以上

医学部・学会情報