女性アスリート健康支援委員会 バセドウ病と泳げる喜びと

手術決断し、スイマー人生完泳
幸せ感じた3度目の五輪―星奈津美さん

 ロンドン五輪の競泳女子200メートルバタフライで銅メダルを取った星奈津美さんが、バセドウ病の悪化を受けて、甲状腺を摘出する手術に踏み切ったのは、2014年11月のことだ。首には今も手術の傷痕が残る。本格的な練習に一日も早く復帰し、リオデジャネイロ五輪で金メダルを目指すため、体にメスを入れるという大きな決断だった。

 2014年アジア大会の女子400メートルメドレーリレー金メダルを取り、声援に応える日本チームの星奈津美さん(右から2人目)。この頃にはバセドウ病が悪化していた(時事)

 病状の悪化を知ったのは、レース中に疲労困憊(こんぱい)し、自己ベストに遠く及ばなかった9月のアジア大会から帰国した後だ。経過観察のために定期検査を受けていた病院の医師から、「甲状腺ホルモンの数値が上がっている」と告げられた。「今の星さんは、いすに座っているときでも、普通の人が小走りしているように心臓がドキドキして、疲れやすくなっている状態。よく200メートルを泳げましたね」とも言われた。

 星さんは「それであんなにきつかったのか」と納得すると同時に、不安に襲われた。次の年は世界選手権があり、その翌年はオリンピックイヤーだ。医師からは「薬を増やし、練習はしばらく軽めに」と指示を受け、いったん病院を離れたものの、「いつ症状が落ち着くか分からない」「冬場に泳ぎ込めなければ後れを取り、リオの舞台に立てないかもしれない」という思いが頭に浮かんだ。半泣きになって母に電話し、医師の話を伝えて「引退した方がいいのかな」とまで口走ると、母は「泣いたって仕方がないでしょ」と冷静に諭し、手術という選択肢もあることを思い出せてくれた。

 ◇シュノーケル付け練習復帰

 バセドウ病の治療は、それまでの星さんのように甲状腺ホルモンの分泌を抑える薬の服用が基本だ。症状が進めば甲状腺を摘出する手術や、放射線で甲状腺の細胞を破壊して機能を低下させる治療も選択肢に入る。母の言葉に目が覚めた星さんは、病院に戻って「少しでも早く、思い切り練習をできる方法を取りたい」と医師に訴え、改めて治療法を相談した。

 星奈津美さん。「何としてもリオに出たかったので甲状腺摘出の手術を決断しました」

 「私の場合、手術だと甲状腺を全部取って、分泌されるホルモンに代わる薬を飲めば1カ月でプールに入れるという話でした。女性は首に傷痕が残るのを避けて放射線治療を選ぶ人も多いようですが、1年程度かけて甲状腺を小さくすると言われて。首にメスを入れる恐怖はあり、声帯を傷つけて声変わりするリスクも聞きましたが、何としてもリオに出たかったので手術を決断しました」。詳しい説明を受けると、迷いはなかった。

 手術が無事終わり、練習を再開したのは4週間ほどたってからだ。最初は呼吸の時に首をあまり動かさなくて済むよう、シュノーケルを付けてゆっくりと泳いだ。徐々に体を慣らし、ひたすら泳ぎ込む日々に戻った。「体の中の悪いものがなくなって、すっきりした感じでした。甲状腺を取ったことで、バセドウ病とは逆に体重が増えやすくなったので、きちんと食べても甘い物は我慢する、といったことは意識しました」

 望ましい治療はもちろん、一人ひとりの症状によって異なる。だが星さんは、泳げる喜びと感謝を再び感じた。「初心を思い出して頑張れましたね」

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