「医」の最前線 乳がんを書く

悪い予感が的中
~開かずの扉に胸騒ぎ~ (医療ジャーナリスト 中山あゆみ)【第2回】

 私が乳がんの告知を受けたのは2020年10月、乳腺専門クリニックで12日前に受けた「針生検」の結果を聞きに行った時のことだ。

 「針生検」とは、病変部に針を刺して病理検査のための組織を採取するもので、処置ベッドにあおむけに寝た状態で、しこりに目がけて機械のバネの力で勢いよく太い針を刺す。局所麻酔を使うため、痛みを感じない人もいるそうだが、私は思ったよりも痛みが強かった。

針生検=中外製薬サイト「おしえて乳がんのコト」(https://oshiete-gan.jp/breast/)より転載

 10時の予約時間より早く着いてしまい、ガラスドアの入り口越しにクリニックの中をのぞいた。すると、看護師らしき女性がカウンセリング室を準備している様子が目に入った。そこは、普段は開かずの扉で、「きっと、がんを告知された人が泣いたりしたときに、気持ちを落ち着かせるための場所なんだろうな」と思っていつも通り過ぎていた。

 「もしかして、その部屋が私のために?」ふと、胸騒ぎがした。この日も、いつものように「ご安心ください。良性です」と言われることを信じていた。周囲の友人たちにも「結果、聞きにいくんだー」と軽い調子で話していたし、たまたま行きの電車の中で会った友人にも「これから乳がんの検査結果を聞きに行くの」と、ごく普通の日常会話のように話していた。でも、看護師のその気配が何かを感じさせた。

 ◇予想外の「悪性」

 悪い予感は的中した。診察室に呼ばれると、医師はいつもの笑顔とは違った真剣なまなざしで「悪性でした」とはっきりと言った。

 「まさか」と思った。これまで多くの取材経験があったというのに、私は自分が乳がんになるとは思っていなかった。乳腺外科の取材で「しこりが気になって病院へ行っても、9割が良性」という話を聞いたことがあったので、自分もその9割に入るものと思い込んでいた。

 「針生検」を受けている最中も「99.9%良性ですよね」と医師に話し掛けて、不安をごまかしていた。

検査結果

 ◇悲しむ暇がない

 告知されて、一瞬、涙が込み上げた。が、ほんの一瞬で引っ込めた。泣いている場合ではない。出張の予定が立て続けに入っていた。息子が社会人になったお祝いに出掛けることにしていた温泉旅行も予約済みだった。他にも、どうしても諦められない大切な予定があった。だから、感情を整理することよりもスケジュールを決めることが先決だと思った。「なんで、こんな時期に」と思ったが、後で考えると、悲しむ暇がない時期にがんが見つかったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。

 「がんは、しこりの一部にできたばかりの小さなものだと思います。多分、最小限の治療で済みますよ。予定していること、全部できますよ」というクリニックの医師の言葉に、少し気持ちが前向きになった。

 「ご家族に電話したいでしょうし、気持ちを落ち着かせるためにもカウンセリングルームに行きますか?」と声を掛けてくれたが、断った。いったん診察室を出れば、再び呼ばれるまでに時間がかかる。その時間すら惜しかった。

 自分が何をすべきか、全て分かっていた。乳がんなら切るしかない。早く手術日を決め、そこから逆算して、必要な検査を全てこなすためには一刻も早く予約をしなければと普段からせっかちな私が、さらに焦って行動していた。

 ◇病院を選ぶ

 クリニックでできるのは、病理組織の検体をとるための「針生検」までだ。乳がんの手術を受けるには病院に行かなければならない。クリニックの医師は、手術を受ける病院をいくつか紹介してくれて、その中から私は自分のスケジュール優先で都内の総合病院を選んだ。

 最短で、その病院に翌朝の診察予約を入れ、クリニックからの紹介状を受け取って、外に出た。次は検査の予約を入れなければと気持ちは焦る。しばらく歩いた先に公園があり、ベンチに腰掛けて、まずは夫、そして最近、乳がんの手術を受けたばかりの友人に電話をした。何を話したのか覚えていない。夫に聞くと、なぜか私は冷静で「大丈夫。早期発見だから、さっさと切って終わらせるから」というようなことを言っていたらしい。この後、どんな困難が待ち受けているのか、想像すらできていなかった。(了)


中山あゆみ

 【中山あゆみ】

 ジャーナリスト。明治大学卒業後、医療関係の新聞社で、医療行政、地域医療等の取材に携わったのち、フリーに。新聞、雑誌、Webに医学、医療、健康問題に関する解説記事やルポルタージュ、人物インタビューなど幅広い内容の記事を執筆している。

 時事メディカルに連載した「一流に学ぶ」シリーズのうち、『難手術に挑む「匠の手」―上山博康氏(第4回・5回)』が、平成30年度獨協大学医学部入学試験の小論文試験問題に採用される。著書に『病院で死なないという選択』(集英社新書)などがある。医学ジャーナリスト協会会員。

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