こちら診察室 あなたの知らない前立腺がん

最前線から見えた前立腺がん診療の未来
米国視察と日本の挑戦 第10回

 連載の最終回となる今回は、米国での視察の様子を交えながら、前立腺がん診療の現状と今後の展望について紹介したいと思います。

 ◇米国学会で最前線を視察

 米国泌尿器科学会(AUA)は、米国のみならず世界各国から泌尿器科のエキスパートが集い、最新の知見を共有する貴重な場です。筆者も今回、座長としてセッション運営に携わるとともに、自身の研究成果を発表する機会を得て参加しました。

 前立腺がん診療の分野では、前立腺特異膜抗原標識ポジトロン断層撮影(PSMA-PET)や高精度超音波といった新たな画像診断技術、さらには人工知能(AI)を活用した診断支援に関する発表が目立ちました。これらは、従来よりも精度の高い画像情報を診療に取り入れ、より的確な判断に結び付けようとする動きの一環です。また、こうした技術の進展により、個々の患者に応じた個別化医療(precision medicine)が実現に近づきつつあることも印象的でした。

 一方で、PSMA-PETは前立腺がん診療において非常に有用とされながらも、日本ではまだ保険適用が認められていないのが現状です。世界水準の医療提供のためにも、早期の保険収載が望まれます。

UCLA医学部の手術室で、HIFUを用いた標的局所療法について説明する筆者

UCLA医学部の手術室で、HIFUを用いた標的局所療法について説明する筆者

 ◇超音波治療をデモンストレーション

 米国泌尿器科学会への参加に合わせて、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部のレオナルド・マークス教授(泌尿器科)より、私たちが実践している前立腺がんに対する高密度焦点式超音波療法(HIFU)を用いた標的局所療法(Focal Therapy)のデモンストレーションを依頼されました。UCLA医学部は世界的にも高い評価を受けています。

 この治療法は、第8回でもご紹介した通り、前立腺がんの病変部分を正確に狙って治療を行う一方で、排尿機能や性機能に関わる正常な組織をできる限り温存することを目指す方法です。治療は直腸からプローブという機器を挿入して行いますが、自動で完結するわけではありません。治療の計画立案から、処置中の細かな調整、照射エネルギーの管理まで、術者の高度な技術が求められるのが特徴です。私たちはこの治療法において多数の経験を有しており、近年米国でも関心が高まりつつあることから、今回の依頼につながりました。

 実際の治療には、多くの医師や技術者が立ち会い、無事に治療を終えることができました。終了後、治療の進め方や工夫について「That makes sense(よく理解できました)」と言われたことは、大変うれしく、国際的な評価を実感した瞬間でもありました。

 ◇診療の向上へ私たちの挑戦

 連載第3回でも紹介した通り、前立腺がんの診断においてPSA(前立腺特異抗原)を測定することは非常に重要です。近年では、従来のPSAに加えて、「phi」や「S2,3PSA%」といった新たなバイオマーカーが登場し、より高精度な診断に貢献しています。

 私たちも大塚製薬と共同で、新しいバイオマーカー「PSA-Gi」に関する研究を進めています。PSAは前立腺の細胞から産生されるたんぱく質ですが、PSA-Giは前立腺がん細胞に特異的に産生されるPSAであることが特徴です。つまり、PSAの値が高くても、PSA-Giが基準値より低い場合には、がんの可能性が低いと判断できる可能性があります。現在、私たちはこのPSA-Giの診断における有用性、さらには標的局所療法を施した後の治療効果の判定指標としての有効性についても研究を進めています。

 また、高密度焦点式超音波を用いた前立腺がんの標的局所療法は現在、東海大学をはじめ、済生会川口総合病院、医誠会国際総合病院、香川大学と、実施施設が徐々に拡大しています。

 この治療法の安全性と効果を確実に評価し、知識と技術の標準化を図るために、私たちは「泌尿器集束超音波治療研究会」を設立しました。この研究会には、東京大学の生物統計学の専門家をはじめ、電気通信大学や東京農工大学の先生方も加わり、医学・工学・統計学の多方面から知見を集め、前立腺がん治療のさらなる進歩を目指しています。

 前立腺がん診療の展望

 連載では、前立腺がんの早期発見の重要性や、検査技術の進歩によって個々の患者さんの状態をより的確に把握できるようになったこと、そしてそれに基づいて最適な治療を選択できる時代が到来しつつあることを紹介してきました。こうした流れは今後もさらに加速するでしょう。私たち医療従事者も、より質の高い医療を提供できるよう不断の努力を続けていく必要があります。

 一方で、昨今の社会保障費の抑制を背景に、PSA検診の縮小が検討されている動きには大きな懸念を感じています。前立腺がんの早期発見は、患者さんの予後を改善するだけでなく、長期的に見れば医療費の削減にもつながることが示されています。こうした視点からも、より広い視野での政策判断が求められていると感じています。私は現在、昭和大学の深貝隆志教授が理事長を務める「前立腺がん啓発推進実行委員会」の一員として、患者さんや行政関係者への啓発活動にも取り組んでいます。引き続き、正しい情報を伝えることの重要性を胸に、前立腺がんに関わる多くの方々に貢献していきたいと考えています。

 最後になりますが、この連載を読んでいただいた皆さまに厚く御礼申し上げます。(了)

 小路 直(しょうじ・すなお) 東海大学医学部腎泌尿器科学領域教授 2002年東京医科大学医学部医学科卒業、11~13年南カリフォルニア大学泌尿器科へ留学、東海大学医学部外科学系泌尿器科学准教授などを経て24年から現職、2019年 日本泌尿器科学会 坂口賞, 日本泌尿器内視鏡学会 阿曽賞。米国泌尿器科学会、日本泌尿器科学会などに所属。著書に「名医に聞く『前立腺がん』の最新治療」(PHP出版)など。



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