「医」の最前線 行動する法医学者の記録簿

海難事故、複数死の検視・検案に備える
~長崎大と海保が締結した類例ない協定~ 【第6回】


第7管区海上保安本部の巡視船「でじま」=2000年4月29日、東京湾【時事通信社】

 周囲のほとんどを海に囲まれ、長大な海岸線と多くの島しょが存在する長崎県。海難事故で一度に複数の死者が出た場合、大学の法医学教室として、どのような形で海上保安官の検視や身元特定作業などに協力していくべきか。

 この問いに対して、長崎大学は一つの答えを出した。それが、2023年2月に第7管区海上保安本部(北九州市)と締結した「複数同時検視及び身元調査に関する協定」だ。こうした協定は全国でも類例のないものという。

 ◇遺体を集約搬送、大学が施設提供

 一体、何が斬新なのか。協定は、長崎大が海保の検視に必要な大学構内敷地や施設のほか、遺体の安置保管のための設備などを提供することを文書で明記した。検案医師を派遣することなども規定されている。

 複数の遺体を長崎大へ集約的に搬送し、連絡調整や手続きの迅速化を図り、早期の身元特定と遺族への確実な返還を実現するのが目的だ。

 7管本部に対する協定の締結は、長崎大医学部長を務める法医学教室の池松和哉教授が自ら働き掛けた。ここ数年、活況を呈する県内の海上交通の現状に懸念を抱くようになっていたからだ。

 その具体例が、長崎港の沖約18キロに浮かぶ軍艦島への上陸クルーズ。かつて炭鉱で栄え、廃虚と化した鉄筋コンクリートの高層アパートが残る島が、2015年に世界文化遺産に登録されると、多くのクルーズ船が行き交うようになった。天候によっては上陸できない場合もあるが、インバウンドの外国人観光客も含め、高い人気を集めている。

 また、長崎県南部の島原半島沖では、イルカウオッチングが盛んで、数十人乗りの小型の観光船が運航されている。やはり天候が運航を左右し、ホームページなどで、海象条件が一定の基準に達すると認められる場合は、欠航すると事前告知されている。

協定を締結した長崎大の河野茂学長(左)と第7管区海上保安本部の島谷邦博本部長(いずれも当時)=2023年2月27日(長崎大学提供)【時事通信社】

 行政の指導や運航会社の自社基準で安全管理は図られているものの、海での活動機会が増えれば、海難事故のリスクもそれに連動して上昇するというのが、海保や法医学教室など関係者の見方だ。

 7管本部は福岡、佐賀、長崎、大分の各県と山口県西部を管轄。それらに接続する日本海西部と東シナ海を担任海域としている。

 協定締結時に7管本部が発表した資料によると、過去10年の複数の死者が発生した海難件数は8件で、すべてが長崎県海域。海運や漁業などの船舶の活動が、他県に比べて活発なことを示唆する数字となっている。

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