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ケアマネジャーが代わり、人生も変わる 第19回

 ケアマネジャー(介護支援専門員)は、2000年の介護保険制度で誕生した職種だ。「令和4年(2022年)版厚生労働白書」によると、約19万人の従事者がいる。

 介護保険で要介護認定や要支援認定を受けた利用者からの相談に乗り、在宅や施設で適切な介護などのサービスが受けられるように計画(ケアプラン)を利用者と一緒に考えたり、関係機関と連絡調整を行ったりする対人援助の専門職だ。

 当然ながら、あまたの対人援助職がそうであるように、腕の良しあしや仕事に取り組む姿勢は千差万別である。

「海を見ながらビールを飲みたい」と男性利用者は言った

 ◇一人暮らしになる

 大竹建夫さん(74歳・仮名)は60代で交通事故に遭い、歩行が不自由になった。だが、松葉づえを頼りにどこへでも歩いて行った。70歳を迎える頃、腕力が落ちて長くは歩けなくなった。今度は、10歳年下の妻が車椅子を押して夫をいろいろな所に連れ出した。ところがその数年後、妻は膵臓(すいぞう)がんで、あっという間に逝ってしまい、建夫さんは一人暮らしになった。

 ◇気力喪失

 何をするにも気力がうせた。移動手段を失ったことで、家に閉じこもる暮らしが続き、やがて生活空間は寝室が中心となった。

 子どもは、他県に嫁いだ娘が1人。介護保険の要介護認定は受けていた。「このままでは、寝たきりになってしまう」と案じた娘が段取りをつけ、介護保険の利用者となった。

 担当となったケアマネジャーが、介護保険のサービスをいろいろと勧める。大竹さんは娘の厚意に少しは応えようと、日常生活の世話をしてくれるホームヘルパーに来てもらうことにした。

 ケアマネジャーはリハビリや引きこもり状態の解消のために、デイケアやデイサービスの利用をしきりに勧めた。気力喪失の大竹さんは、サービスを使って何かをすること自体が無意味に思え、勧めを断った。

 ◇ケアマネジャー交代

 そんなある日、担当のケアマネジャーが所属する事業所が経営不振で業務を終了することになった。担当者もケアマネジャーを辞め、他の事業所に移って介護職に戻るという。それに伴い、別の事業所のケアマネジャーを紹介してくれることになった。

 ◇新しい担当

 新しく担当となったケアマネジャーは、前任とかなり様子が違っていた。前の担当がしきりに勧めた介護サービスの話をしないのだ。

 世間話を交えながら、体の具合や今までのこと、趣味、好きな食べ物、一日の過ごし方、暮らし方の希望などを聞いていく。

 「サービスは今のままでいいよ」とさっさと引き取ってもらおうと思っていたのだが、自分の話を熱心に聞いてくれる姿勢は一人暮らしで話し相手がいない大竹さんにとって、心地良いものだった。

 ◇唐突な質問

 ケアマネジャーは「今、何かしたいことはありますか?」と、だしぬけに言った。

 そう聞かれても、すぐに答えられるものではない。答えに窮した大竹さんは、「死にたいよ」と返事をした。

 これは最近の口癖であった。前任者やヘルパーなら、「冗談は言わないでください」と相手にされないだろう。だが、今度のケアマネジャーは、「困りましたね」と真顔で受け止めた。それからしばらくの沈黙の後、「でも、私たちは生きるためのお手伝いはできても、死ぬためのお手伝いはできません」と答えたのだ。

 「そりゃそうだな」。大竹さんは冗談半分で答えたことに、少し後ろめたい気持ちがした。

 ケアマネジャーは続けた。

 「確かに、すぐにやりたいことを聞かれても、すぐに答えられませんよね」と言い、引き継ぎの事務処理を行った。そして、「どうでしょうか、来週までに考えておいてくださいますでしょうか」と言い残して帰っていった。

 ◇無理な注文

 1週間後、大竹さんはケアマネジャーに「海を見ながらビールを飲みたい」と言ってみた。それは、車椅子を押してくれた亡き妻との小さな思い出だった。潮騒を聴きながら2人で飲んだビールの味が忘れられないでいた。「まあ、そのくらいなら手頃かな」という思いもあった。

 とはいうものの、その程度のことすら介護保険のサービスでは実現できないことを大竹さんは知っている。だから、ケアマネジャーがどう反応するかが楽しみだった。

 ◇「すてきですね」

 「そうですね、実現できればいいですね」と軽く流されるか、「そのためにリハビリを頑張りましょう」と言われるのか。もちろん後者は願い下げだ。ところが、ケアマネジャーは「すてきですね。どこの海がいいですか」と身を乗り出したのだ。

 「年寄りをからかうもんじゃない。この1週間、介護保険のことを少しは勉強したよ。結構、不自由なものだね。あれも駄目、これも駄目と制限だらけだ。おまけに、自立支援などといって、年寄りにリハビリなどの努力を強要する。近所の散歩にだって、趣味、嗜好(しこう)や気分転換という理由は認められないらしいじゃないか。

 ◇予期せぬ答え

 「すごいですね。介護保険のこと、いろいろと調べてくださったんですね」。感激したように言ったケアマネジャーは「行きましょう。海を見に!」と続けた。それは、大竹さんにとって予期せぬ答えだった。

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