こちら診察室 あなたの知らない前立腺がん

男性で最も多いがんを知っていますか?
~中高年の方はご注意~ 第1回

 日本人の死因の上位を占めている三大疾病は、悪性新生物(がん)、心疾患、そして脳血管疾患です。日本人の場合、生涯で何らかのがんになる割合は、男性の2人に1人、女性の3人に1人と推定されていて、がんを避けて人生を過ごすことは難しい状況です。

 かつては「不治の病」と言われていたがんは、最近では早期に発見し、治療することで完治が得られる可能性が高くなりつつあります。ただ、一口にがんといっても、体の中で出てくる場所によって名前や性質が異なります。例えば、肺であれば肺がん、胃であれば胃がんといった形で、それぞれの進行の速さは違います。がんは、それぞれによって発見するための検査法も違うため、一つの検査をすれば、体の中のどんながんでも見つけることができるわけではありません。ですから、検診や人間ドックでは、それぞれのがんを標的にした検査が行われています。例えば、肺がんであればCT検査、胃がん大腸がんでは内視鏡検査が行われます。

 ◇マイナーな臓器が大問題に

 それでは、日本人で最も多いがんは何でしょうか?

 私は、医学部で教授として学生に教えています。講義でよく「日本人で一番多いがんは何か?」と尋ねます。そうすると、不安そうな顔をした学生から、「大腸がん!」とか、「肺がん!」といった答えが返ってくることがあります。私は笑いながら「ブー」と返します。

 1年間に診断される患者さんの数で最も多いのは、男性では中高年に多い前立腺がん、女性では乳がんになります。乳がんは、よく耳にする方が多いと思いますが、前立腺がんについては「どこにある臓器なの?」と思う方も少なくないでしょう。私も学生時代に解剖学を学んだ際、前立腺という臓器の場所や周りの臓器との位置関係を理解するのが難しかったという思い出があります。そんなマイナーな臓器が今、私たち日本人にとって、大きな問題になりつつあるのです。

 ◇死因では第7位

 2020年7月に更新された 「全国がん登録による全国がん罹患データ」という報告書では、17年1年間に前立腺がんと診断された患者数は9万1215人と、男性の全てのがんの中で第1位となったことが示されました。以降、前立腺がんは1位の座を譲ることなく君臨しているのです。

 一方、前立腺がんは死因の第1位ではありません。がんで亡くなる方の数で最も多いのは、男性では肺がん、女性では大腸がんです(がんの部位別統計=日本対がん協会、22年)。前立腺がんは、1年間で診断される数は1位にもかかわらず、死因では7位となっています。国立がん研究センターが、09~10年にがんと診断された約57万人を対象にした5年生存率(診断されてから5年間生存した患者さんの割合を示したもの)を報告しています。前立腺がんの5年生存率は、98.6%と他のがんと比較して最も高い割合でした。

 ◇5年生存率、Ⅰ~Ⅲ期は100%

 がんには「病期」というものがあります。Ⅰ、Ⅱ期は前立腺がんが前立腺の中にとどまっている場合、Ⅲ期はリンパ節に転移をしている場合、Ⅳ期は骨や他臓器に転移をしている場合です。この調査では、前立腺がんの病期別の5年生存率はⅠ期からⅢ期は100%、Ⅳ期は62.2%という数字も報告されました。一方、膵臓(すいぞう)がんの5年生存率は、Ⅰ期は43.3%、Ⅱ期は19.3%、Ⅲ期は5.7%、Ⅳ期は1.7%でした。

 このような数字を見ると、「前立腺がんは寿命に影響を及ぼしにくいんだなあ」「治療の必要もないのでは」と考えてしまう方もいらっしゃるかもしれません。でも、この後の話を読んでもそう思いますか?

 ◇ホルモン療法

 前立腺がんに対する治療に、ホルモン療法(内分泌療法とも言います)があります。前立腺がんは、男性ホルモンの刺激で病気を進行させる性質があります。これを逆手に取った治療がホルモン療法です。つまり、男性ホルモンの分泌や働きを妨げる薬を使用することで、前立腺がんの勢いを抑えこむ治療です。たとえ転移をした状態で診断されても、あるいは治療後に再発した場合でも、このホルモン療法を行うと1~5年程度(患者さんにより期間に差があります)は、がんの勢いを抑えることができます。最近では、新規ホルモン療法という従来よりも強力なホルモン療法や抗がん剤による治療が進歩したことで、進行した前立腺がんが見つかっても、5年間生存する患者さんは少なくないのです。

 ◇がんを治すことはできない

 しかし、これらの薬物療法は、がんの勢いを抑えることはできても、がんを治すことはできません。つまり、徐々に薬の効果は弱まり、がんは進行してしまうのです。前立腺の中を流れる血液は、背骨の中にある血管(椎骨静脈と言います)を経て心臓に戻ります。このため、前立腺がんは背骨に転移しやすいのです。もちろん生存できることは大変良いことです。しかし、徐々に薬は効かなくなり、背骨に転移すると、医療用麻薬を必要とするひどい痛み、歩行の困難、さらには下半身の感覚が低下するなどの症状に悩まされることになります。そして、抗がん剤の治療も治療効果がなくなってしまうと、生命の危険が迫ってきてしまいます。つまり、がんの種類によって、生存率の尺度を変えるべきなのです。また、生存期間だけではなく、痛みや生活の質(QOL)を保つことができる期間についても評価されるべきではないでしょうか。

 今回は、イントロダクションということで、前立腺がんの紹介をさせていただきました。日本人にとって、重要なテーマであるがん、さらに多くの男性にとって避けることができない前立腺がん! 皆さんと一緒にこれから、前立腺がんを知る時間をご一緒させていただきたいと思います。最後まで、お付き合いください。この連載を読み終えた時、皆さんが前立腺がんの知識を周囲の皆さんと共有していただくことを願っています!(了)

小路直教授

小路直教授

 小路 直(しょうじ・すなお) 東海大学医学部腎泌尿器科学領域教授 2002年東京医科大学医学部医学科卒業、11~13年南カリフォルニア大学泌尿器科へ留学、東海大学医学部外科学系泌尿器科学准教授などを経て24年から現職、第7回泌尿器画像診断・治療技術研究会最優秀演題賞。米国泌尿器科学会、日本泌尿器内視鏡学会などに所属。著書に「名医に聞く『前立腺がん」の最新治療』(PHP出版)など。

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