弁膜症の外科的治療

 弁膜症の外科治療として、人工弁を用いて弁を置き換える置換術と、自分の弁を修復する形成術があります。これらの治療方法は、僧帽弁疾患か大動脈弁疾患かによって、さらにはその疾患の成因、年齢や背景などによって適応が異なります。
 弁置換術に用いる人工弁には、機械弁と生体弁の2種類があります。機械弁は、パイロライトカーボンという炭素樹脂やチタンといった金属を素材にしており、ほぼ半永久的な耐久性が期待できますが、金属が血液と直接触れて血栓をつくることがあり、血栓予防のための抗凝固療法(ワルファリンカリウムの服用)が一生涯必要となります。ワルファリンカリウムの効果発現には個人差があり、また、同じ個人でも食事や併用薬剤などの種類に影響を受けることがあります。このため通常、定期的にワルファリンカリウムの効き具合を採血により確認することが必要です。いっぽう、生体弁はウシやブタの心膜を利用してつくられたもので、人体に非常に近い素材のため、生体弁が心臓になじむまでの手術直後3カ月を除き、ワルファリンカリウムは必要なくなります。このため、高齢者・妊娠を希望する女性・出血しやすいご病気をお持ちの方など、ワルファリンカリウムをのむことがむずかしい場合に生体弁が用いられます。ただし、生体弁は年月とともに劣化することが知られており、生体弁の劣化に伴う再手術が必要になることがあります。
 大動脈弁や僧帽弁の閉鎖不全症の場合には、形成術がおこなわれることがあります。形成術とは弁そのものを取り換えるのではなく、自己組織などを利用してもともとの弁の形状をととのえ、つくり直す手術です。高度の技術を要し、弁の異常が高度の場合には形成術が不可能になることもありますが、近年多くの施設で実施されるようになってきました。手術後は、心房細動などの合併症がなければ、ワルファリンカリウムの必要性もなくなります。修復後の弁の耐久性が問題となりますが、大動脈弁なのか僧帽弁なのかといった条件や、修復する弁の状態により成否が予測されます。
 弁膜症の手術は、基本的には弁を取り換えたり形成したりする手術になりますが、大動脈の弁膜症では大動脈の拡張が同時にみられることがあり、将来破裂する危険がある場合には、大動脈を人工血管に取り換える手術もいっしょにおこなわれることがあります。

■低侵襲心臓手術(MICS:ミックス)
 MICSという“からだに対する負担の少ない治療”もおこなわれています。従来、心臓手術は、胸の真ん中(胸骨部分)を縦に約15~20cmほどの切開を入れて、胸骨を切って開く方法が一般的でした。しかし、完全内視鏡下でおこなわれるMICSは肋骨と肋骨の間に3~4cmほどの切開で手術をするため、一般的なMICSよりもさらに小さな傷で僧帽弁や大動脈弁の治療が可能なうえ、骨を切開する必要もないため、回復が非常に速いのが特徴です。また、3D内視鏡を用いることで視認性が向上し、より安全に安心な手術が積極的におこなわれるようになりました。通常と同程度の手術時間で、精度の高い治療が可能であり、傷も小さく術後の回復も早くなることがメリットです。限られた施設では機械式のアームを遠隔操作しておこなうロボット手術もおこなわれており、今後の技術の発展が期待されています。


(執筆・監修:公益財団法人 榊原記念財団附属 榊原記念病院 心臓血管外科 主任部長 岩倉 具宏)
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