肺がんは罹患者の多いがんの1つであり、がん死の原因としても大きな割合を占める。愛知県がんセンター腫瘍免疫制御トランスレーションリサーチ分野の小室裕康氏と同分野長の松下博和氏、日本電気株式会社(NEC)らの研究グループは、岐阜大学と富山大学、北里大学メディカルセンターの協力の下、肺がん腫瘍浸潤リンパ球(TIL)のシングルセル解析とAIを用いた免疫応答の抗原予測システムにより、肺がん抗原とそれを認識するT細胞を効率的に同定する方法を開発し、J Immunother Cancer2023; 11: e007180)で報告した。

抗原特異的免疫療法とICIの併用で治療効果の改善を期待

 免疫チェックポイント阻害薬(ICI)が相次いで臨床導入されており、肺がんは最も効果が出やすく一部の患者には奏効するが、効果を示さない症例もあるため、肺がんの免疫療法をより効果的に行うための新たな手法の開発が求められている。

 TIL中の細胞傷害性T細胞(CTL)の標的となるがんの目印としては、患者ごとに異なるネオ抗原や患者に共通して発現を認める共通抗原であるがん・精巣抗原(CTA)などがあり、同定できれば抗原特異的免疫療法とICIを併用することで治療効果の改善が期待できるが、実際には難しい。

免疫応答を起こす抗原をAIで高精度に予測

 2019年4月~20年7月に、愛知県がんセンター、一宮西病院(愛知県)、三重中央医療センター(三重県)において、手術を受けた非小細胞肺がん(NSCLC)患者3例の腫瘍検体6,998検体からCTLを採取してシングルセル解析を行い、遺伝子発現プロファイルによって10の集団(クラスター)に分類した()。

図.研究の流れ

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(愛知県がんセンター、NECプレスリリースより)

 その結果、ENTPD1 (CD39)、TOXPDCD1 (PD1)、HAVCR2 (TIM3)などの遺伝子の発現とT細胞のオリゴクローナリティを特徴とする疲弊型T細胞(Tex)クラスターが同定された。TexのT細胞受容体(Tex-TCR)遺伝子を人工合成しT細胞に導入して、AIで予測されたネオ抗原や代表的なCTAに対する免疫反応を調べた結果、免疫応答を引き起こす抗原を高精度で予測できることが示され、肺がんでの発現が確認されているCTA(KK-LC-1抗原)を認識する4つのTCRと、ネオ抗原を認識する5つのTCRが含まれていることが確認された。

 また抗原特異的T細胞(ASTC)を再分類することで、同じTexクラスター内においても分化段階や機能状態が異なる細胞上に、個別のT細胞クローン型が存在することが示唆された。

 以上の結果から、TILのシングルセル解析とAIによる抗原予測システムにより、肺がん抗原の同定が可能になることが期待できる。「将来におけるNSCLC患者に対する個別化がんワクチン療法や遺伝子改変T細胞輸注療法の開発につながる可能性がある」と小室氏らは展望している。

服部美咲