高血圧診療での新たな個別化医療の確立 原発性アルドステロン症への地域・施設間差をなくす診断モデルを開発 -医療費削減に貢献!-
国立大学法人千葉大学
日本において約4,300万人いるとされている高血圧患者さんの約10%に当たる430万人以上の方が、「原発性アルドステロン症 (PA)」(注1,2)という病気が原因であると推定されています。PAによる高血圧は手術によって治癒しうる病気ですが、この判断には、超選択的副腎静脈採血 (sAVS)(注3,4)という最先端の診断技術が必要です。しかし、sAVSはまだ限られた施設でしか利用できません。そこで、千葉大学医学部附属病院の北本匠助教、IBM Researchの井手剛博士、横浜労災病院の西川哲男名誉院長、鶴谷悠也部長、東北大学大学院医学系研究科病理診断学分野の佐藤文俊客員教授、東北大学病院糖尿病代謝・内分泌内科の手塚雄太医員、市立札幌病院和田典男部長の研究チームは、機械学習を応用した独自のアルゴリズムを開発し、一般的な診療情報を用いてPA患者さんのうち、sAVSによる診断が必要な方を35%まで絞り込むことに成功しました。この成果により、sAVSを実施することなく65%にあたる患者さんの治療方針を94%の精度で決定することが可能となったため、不必要な入院・採血等の負担を減らすことができます。同時に、35%のsAVSを必要とする患者さんのみに診断を実施し「治せる高血圧」をより多く見つけることも実現できます。本研究成果は、科学誌 Scientific Report にて2023年12月11日にオンライン公開されました。
研究の背景
現在、日本人の三人に一人が高血圧を患い、健康寿命に大きな影響を与えています。重症の高血圧 (難治性高血圧)の20%以上の方の原因は、原発性アルドステロン症(PA)という副腎から出るホルモン異常による病気であることがわかっています。PAを有する半数以上の方は副腎手術により高血圧が治り、健康寿命を取り戻すことが可能です。漫然と薬による治療をするのではなく、「治せる高血圧」を正確に見つけることは病気から健康を取り戻すために極めて重要です。研究チームは、この目的で、超選択的副腎静脈採血 (sAVS)という診断技術を開発してきました。しかし、この技術は現状、日本でのみ、しかも限られた施設でしか利用できません。このため、遠方の患者さんの負担は大きく、場合によっては、検査を受けられずに手術治療の機会を逸してしまう可能性がありました。本当に必要な方にこの技術を届けるために、どのような方がsAVSにより恩恵を受けるかを見定める必要がありました。
研究の成果
研究チームは、下記1.~3.の成果をもとに、sAVSが必要な患者さんを35%にまで絞り込むことを可能にしました。
1.「sAVSが利用可能な3つの施設において、従来法に比べて、手術により治療可能な患者さんを多く発見」
sAVSの診断精度を世界で初めて複数の施設の診療情報を用いて明らかにしました。
2.「施設や地域ごとの診療情報のばらつきや、欠損値などを含むデータの不均一性を補うため、『Adaptation-classification framework」という機械学習を利用した独自のモデルを開発」
これまでも同様の試みが行われていましたが、施設により「診断の正確性がまちまち」であり「診療情報にバラつきがある」ことが問題でした。研究チームは、診断の正確性を担保するためにsAVSにより診断がつけられている複数の施設の診療情報を用いました。そして、施設間の診療情報のばらつきを機械学習によりパターン学習させ、個人ごとのデータの特徴から個々人に応じた欠損値補完を補い、施設を超えて使用可能な診断予測モデルを開発しました。
3.「一般的な臨床情報を用いて事前に手術治療、薬物治療が妥当な方を予測する診断モデルを開発し、診断にsAVSを必要とする方を35%まで絞り込むことが可能に」
2.で開発した診断予測モデルを用いることで、94%という非常に高い精度でsAVSの診断手順をスキップし、手術や薬による治療を受けることができる方を予測しました。その結果、診断にsAVSを必要とする方を35%にまで絞り込むことに成功しました。
研究者のコメント
医学研究は、診断・治療を軸とした患者診療の発展に貢献するために行われています。しかし、地域や施設が異なれば、行われている診療も異なるのが現状です。診断予測モデルの作成には、診断が正確であること、そして、現実世界の不均一な診療状況に適応できることが求められます。今回は、sAVSという正確な診断技術を持つ施設同士で協力できたこと、機械学習の専門家によりTransfer Learning(注5)という技術を用いて、施設間の不均一性に柔軟に対応する独自の分類モデルを開発できたことの2点が成功の鍵となりました。これにより、医学と工学がバランスよく組み合わさった素晴らしい研究成果を挙げることができました。この成果が「治せる高血圧患者」を1人でも多く見つけ出し、個々人に応じた最適な高血圧治療、個別化医療の実現へ貢献することを期待します。引き続き多くの患者さんの命を守る診断・治療法の開発を目指し、分野を超えて協力し、患者診療の発展と患者さんの幸せへ貢献できるように尽力致します。
用語解説
注1) 原発性アルドステロン症:副腎からアルドステロンが自律的に過剰分泌される病気です。このために塩分が体内に溜め込まれ、高血圧に至ります。通常の高血圧よりも脳血管、心臓や腎臓への影響が強いため、各臓器を守るために速やかな診断・治療が必要です。この病気は採血検査により発見することが可能です。この病気は、副腎に腫瘍ができるアルドステロン産生腺腫と副腎全体が活性化する特発性アルドステロン症に大別されます。
注2) 原発性アルドステロン症の治療:腺腫が原因の場合は手術治療により治癒可能です。特発性の場合は、アルドステロン作用を抑える治療薬を使います。
注3) 副腎静脈採血:足の付け根よりカテーテルを挿入し、副腎の中心に流れる血管から直接採血を行います。この診断技術によりアルドステロン症の原因が腺腫か特発性か診断可能となります。手術治療を検討する場合には必要不可欠な検査で、通常は3日間の入院が必要です。
注4)超選択的副腎静脈採血 (sAVS):通常の副腎静脈採血に加え、副腎中心静脈より奥にある副腎の上部、外側、内側、下側といった区域ごとに分岐する血管から採血を行う技術です。この技術により通常の副腎静脈採血よりも高い診断精度で、手術治療が可能な患者をより多く診断可能となります (詳細は下記に報告しています。Makita K, et al. J Vis Exp. 2017(127); Kitamoto T, et al. Hypertension. 2020;76(3):976-984)。
注5) Transfer Learning:機械学習の手法の一つで、「別のタスクで学習された知識を別の領域の学習に適用させる技術」です。今回は1つの施設で学習させた内容を複数施設へ応用するために用いました。
論文情報
論文タイトル:Identifying Primary Aldosteronism Patients who Require Adrenal Venous Sampling: A Multi-center Study
著者:Takumi Kitamoto, Tsuyoshi Ide, Yuta Tezuka, Norio Wada, Yui Shibayama, Yuya Tsurutani, Tomoko Takiguchi, Kosuke Inoue, Sachiko Suematsu, Kei Omata, Yoshikiyo Ono, Ryo Morimoto, Yuto Yamazaki, Jun Saito, Hironobu Sasano, Fumitoshi Satoh & Tetsuo Nishikawa
雑誌名:Scientific Report
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-023-47967-z
研究プロジェクトは下記の支援を受けて行われました。
Ministry of Health, Labor, and Welfare, Japan (20FC1020, 23FC1041), JSPS KAKENHI (JP22K16422)
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日本において約4,300万人いるとされている高血圧患者さんの約10%に当たる430万人以上の方が、「原発性アルドステロン症 (PA)」(注1,2)という病気が原因であると推定されています。PAによる高血圧は手術によって治癒しうる病気ですが、この判断には、超選択的副腎静脈採血 (sAVS)(注3,4)という最先端の診断技術が必要です。しかし、sAVSはまだ限られた施設でしか利用できません。そこで、千葉大学医学部附属病院の北本匠助教、IBM Researchの井手剛博士、横浜労災病院の西川哲男名誉院長、鶴谷悠也部長、東北大学大学院医学系研究科病理診断学分野の佐藤文俊客員教授、東北大学病院糖尿病代謝・内分泌内科の手塚雄太医員、市立札幌病院和田典男部長の研究チームは、機械学習を応用した独自のアルゴリズムを開発し、一般的な診療情報を用いてPA患者さんのうち、sAVSによる診断が必要な方を35%まで絞り込むことに成功しました。この成果により、sAVSを実施することなく65%にあたる患者さんの治療方針を94%の精度で決定することが可能となったため、不必要な入院・採血等の負担を減らすことができます。同時に、35%のsAVSを必要とする患者さんのみに診断を実施し「治せる高血圧」をより多く見つけることも実現できます。本研究成果は、科学誌 Scientific Report にて2023年12月11日にオンライン公開されました。
研究の背景
現在、日本人の三人に一人が高血圧を患い、健康寿命に大きな影響を与えています。重症の高血圧 (難治性高血圧)の20%以上の方の原因は、原発性アルドステロン症(PA)という副腎から出るホルモン異常による病気であることがわかっています。PAを有する半数以上の方は副腎手術により高血圧が治り、健康寿命を取り戻すことが可能です。漫然と薬による治療をするのではなく、「治せる高血圧」を正確に見つけることは病気から健康を取り戻すために極めて重要です。研究チームは、この目的で、超選択的副腎静脈採血 (sAVS)という診断技術を開発してきました。しかし、この技術は現状、日本でのみ、しかも限られた施設でしか利用できません。このため、遠方の患者さんの負担は大きく、場合によっては、検査を受けられずに手術治療の機会を逸してしまう可能性がありました。本当に必要な方にこの技術を届けるために、どのような方がsAVSにより恩恵を受けるかを見定める必要がありました。
研究の成果
研究チームは、下記1.~3.の成果をもとに、sAVSが必要な患者さんを35%にまで絞り込むことを可能にしました。
1.「sAVSが利用可能な3つの施設において、従来法に比べて、手術により治療可能な患者さんを多く発見」
sAVSの診断精度を世界で初めて複数の施設の診療情報を用いて明らかにしました。
2.「施設や地域ごとの診療情報のばらつきや、欠損値などを含むデータの不均一性を補うため、『Adaptation-classification framework」という機械学習を利用した独自のモデルを開発」
これまでも同様の試みが行われていましたが、施設により「診断の正確性がまちまち」であり「診療情報にバラつきがある」ことが問題でした。研究チームは、診断の正確性を担保するためにsAVSにより診断がつけられている複数の施設の診療情報を用いました。そして、施設間の診療情報のばらつきを機械学習によりパターン学習させ、個人ごとのデータの特徴から個々人に応じた欠損値補完を補い、施設を超えて使用可能な診断予測モデルを開発しました。
3.「一般的な臨床情報を用いて事前に手術治療、薬物治療が妥当な方を予測する診断モデルを開発し、診断にsAVSを必要とする方を35%まで絞り込むことが可能に」
2.で開発した診断予測モデルを用いることで、94%という非常に高い精度でsAVSの診断手順をスキップし、手術や薬による治療を受けることができる方を予測しました。その結果、診断にsAVSを必要とする方を35%にまで絞り込むことに成功しました。
研究者のコメント
医学研究は、診断・治療を軸とした患者診療の発展に貢献するために行われています。しかし、地域や施設が異なれば、行われている診療も異なるのが現状です。診断予測モデルの作成には、診断が正確であること、そして、現実世界の不均一な診療状況に適応できることが求められます。今回は、sAVSという正確な診断技術を持つ施設同士で協力できたこと、機械学習の専門家によりTransfer Learning(注5)という技術を用いて、施設間の不均一性に柔軟に対応する独自の分類モデルを開発できたことの2点が成功の鍵となりました。これにより、医学と工学がバランスよく組み合わさった素晴らしい研究成果を挙げることができました。この成果が「治せる高血圧患者」を1人でも多く見つけ出し、個々人に応じた最適な高血圧治療、個別化医療の実現へ貢献することを期待します。引き続き多くの患者さんの命を守る診断・治療法の開発を目指し、分野を超えて協力し、患者診療の発展と患者さんの幸せへ貢献できるように尽力致します。
用語解説
注1) 原発性アルドステロン症:副腎からアルドステロンが自律的に過剰分泌される病気です。このために塩分が体内に溜め込まれ、高血圧に至ります。通常の高血圧よりも脳血管、心臓や腎臓への影響が強いため、各臓器を守るために速やかな診断・治療が必要です。この病気は採血検査により発見することが可能です。この病気は、副腎に腫瘍ができるアルドステロン産生腺腫と副腎全体が活性化する特発性アルドステロン症に大別されます。
注2) 原発性アルドステロン症の治療:腺腫が原因の場合は手術治療により治癒可能です。特発性の場合は、アルドステロン作用を抑える治療薬を使います。
注3) 副腎静脈採血:足の付け根よりカテーテルを挿入し、副腎の中心に流れる血管から直接採血を行います。この診断技術によりアルドステロン症の原因が腺腫か特発性か診断可能となります。手術治療を検討する場合には必要不可欠な検査で、通常は3日間の入院が必要です。
注4)超選択的副腎静脈採血 (sAVS):通常の副腎静脈採血に加え、副腎中心静脈より奥にある副腎の上部、外側、内側、下側といった区域ごとに分岐する血管から採血を行う技術です。この技術により通常の副腎静脈採血よりも高い診断精度で、手術治療が可能な患者をより多く診断可能となります (詳細は下記に報告しています。Makita K, et al. J Vis Exp. 2017(127); Kitamoto T, et al. Hypertension. 2020;76(3):976-984)。
注5) Transfer Learning:機械学習の手法の一つで、「別のタスクで学習された知識を別の領域の学習に適用させる技術」です。今回は1つの施設で学習させた内容を複数施設へ応用するために用いました。
論文情報
論文タイトル:Identifying Primary Aldosteronism Patients who Require Adrenal Venous Sampling: A Multi-center Study
著者:Takumi Kitamoto, Tsuyoshi Ide, Yuta Tezuka, Norio Wada, Yui Shibayama, Yuya Tsurutani, Tomoko Takiguchi, Kosuke Inoue, Sachiko Suematsu, Kei Omata, Yoshikiyo Ono, Ryo Morimoto, Yuto Yamazaki, Jun Saito, Hironobu Sasano, Fumitoshi Satoh & Tetsuo Nishikawa
雑誌名:Scientific Report
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-023-47967-z
研究プロジェクトは下記の支援を受けて行われました。
Ministry of Health, Labor, and Welfare, Japan (20FC1020, 23FC1041), JSPS KAKENHI (JP22K16422)
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(2023/12/12 14:10)
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