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生体組織中の脂肪酸分布の特徴を無標識で可視化する手法を開発

東京理科大学
~脂肪酸の特徴量分布から正常組織、病変組織の特定が可能に~


【研究の要旨とポイント】
機械学習を組み入れた近赤外ハイパースペクトルイメージング(NIR-HSI)を活用し、生体組織中の脂肪酸の炭化水素鎖長・飽和度という分子の特徴量の分布を可視化することに成功しました。

この手法を用いて、肝臓がんマウスの正常部と腫瘍部に含まれる脂肪酸の鎖長や飽和度の分布様態、腫瘍部にリノール酸が多く蓄積されていることを見出しました。

本研究をさらに発展させることで、脂質代謝異常に関係する疾患の早期発見、治療、予防、代謝に関わる病態生理学研究の発展に貢献することが期待されます。





【研究の概要】
東京理科大学先進工学部機能デザイン工学科の曽我公平教授、梅澤雅和准教授、上村真生准教授、大阪公立大学大学院医学研究科分子生体医学講座病態生理学の大谷直子教授らの研究グループは、近赤外ハイパースペクトルイメージング(NIR-HSI)と機械学習を組み合わせた非侵襲・非標識の新たな手法を開発し、生体組織に蓄積された脂肪酸の炭化水素鎖長・飽和度などの分子特徴量を可視化することに成功しました。

肝臓は人体最大の臓器で、代謝、エネルギー貯蔵、解毒作用、胆汁の生成など、人間が健康的に生きるために必要な多くの機能が備わった臓器ですが、肝炎ウイルス、薬物、アルコールなどが原因で肝機能障害を引き起こすことが知られています。一方で近年の研究では、非アルコール性脂肪性肝疾患の原因の1つとして過剰な脂質の蓄積が挙げられるなど、脂質と肝疾患の関連性が指摘されています。そのため、肝臓に蓄積された脂質分布を非侵襲・非標識でより詳細に測定できる手法が模索されてきました。そこで、本研究グループは過去に報告した総脂質含有量に加え、脂肪酸の炭化水素鎖長、飽和度などの脂質の分子情報を可視化する方法の確立を目的として研究を進めてきました。

本研究では、脂肪量を調整した食餌をマウスに与えた後、肝臓の摘出、脂質の抽出、NIR-HSIによる分析を行いました。脂肪酸の炭化水素鎖長と飽和度という特徴量を軸として、サポートベクター回帰(SVR)を用いて解析することにより、総脂質濃度だけでなく、脂肪酸の炭化水素鎖長と飽和度という分子特徴量の描出に成功しました。

メタボリックシンドロームという言葉に代表されるように、近年の人々のライフスタイルの変化により、代謝に関連する疾病の治療法や予防法の確立がますます重要になってきています。本研究で示した手法をさらに発展させることで、脂質が病態進行に関係するとされている非アルコール性脂肪性肝疾患、脂肪性肝炎、肝硬変や肝細胞がんなどのリスクを推定できる可能性があります。また、それらの病態生理学的状態の解明につながることが期待されます。

本研究成果は、2023年11月23日に国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。

【研究の背景】
800~2500nmの波長をもつ近赤外線は生体組織の透過性が高いと同時に、さまざまな有機物によりわずかに吸収されるなどの特長を有しています。これらの特性により、食品中の水分量の推定、皮膚の発色団の視覚化など、さまざまな分野で応用されています。しかしながら、近赤外領域で得られる有機物の吸収スペクトルは、弱い吸収ピークが幾重にも重複して形状が複雑化しており、スペクトルから正確な情報を抽出するのは非常に困難でした。

過去に本研究グループは、機械学習を組み合わせたNIR-HSIにより、非侵襲・非標識で肝臓内の脂質濃度の分布を可視化できる手法の開発に成功しています(*1)。しかしながら、分子量、単結合数、二重結合数など、構造や性質の異なる脂質を分類するまでには至っていませんでした。そこで本研究では、総脂質含有量に加えて、脂肪酸の炭化水素鎖長と飽和度を非侵襲・非標識でイメージングする方法の確立を目的として研究を進めてきました。

*1: 東京理科大学プレスリリース
『近赤外線ハイパースペクトルイメージングでマウス肝臓中の脂質濃度可視化に成功 ~肝臓中の脂肪酸を鑑別する非侵襲・非標識方法の開発への第一歩~』
URL: https://www.tus.ac.jp/today/archive/20210324_1716.html

【研究結果の詳細】
まず、脂質含量の異なる肝臓を持つマウスを準備するために、標準的な食餌を与えた群(通常食: ND)と、高脂肪食を与えた4つの群(高脂肪食(HFD)、高コレステロール食(HCD)、2%リノール酸を含む高脂肪食(2%LA)、12%リノール酸を含む高脂肪食(12%LA))に分類しました。それぞれのマウスから摘出した肝臓から脂質を抽出して分析すると同時に、NIR-HSIで画像とスペクトルを取得しました。これらのマウスの肝臓には、主にパルミチン酸、リノール酸、α-リノレン酸という3つの脂肪酸が含まれており、脂肪酸の炭化水素鎖長は17.11~17.85で、2%LA、12%LA、HFD、ND、HCDの順に増加することがわかりました。飽和度は0.74~0.84で、HCD、ND、HFD、12%LA、2%LAの順に増加しました。これは、肝臓に蓄積された脂肪酸の二重結合の割合がこの順に減少していることを示しています。

次に、食餌別のマウスの肝臓について、1000ピクセルのスペクトル変化を検証しました。正規化手法の1つである標準正規変量(standard normal variate: SNV)処理を行った吸収スペクトルでは、1150~1210nmの波長範囲で吸収ピークの形状に違いが見られました。そのため、マウスに与える食餌によって、肝臓に蓄積した脂質が変化したことが示唆されました。また、SNV処理されたスペクトルを使用して、肝葉ごとに総脂質含量、炭化水素鎖長、飽和度の推定におけるSVR解析の精度を評価しました。その結果、いずれのパラメーターについても高い決定係数(R2>0.8)で推定することができることが明らかとなりました。特に、炭化水素鎖長と飽和度については、食餌ごとのプロットに注目すると、特徴的なクラスターを形成していることがわかりました。

さらに、炭化水素鎖長と飽和度分布を描画し、食餌ごとの炭化水素鎖長と飽和度の関係について評価しました。HFDを与えたマウスの肝臓はパルミチン酸を多く含むため、飽和度が大きくなり、HCDを与えたマウスの肝臓はリノール酸とα-リノレン酸を多く含むため、飽和度が小さくなることが明らかとなりました。また、2%LAを与えたマウスの肝臓は飽和脂肪酸であるパルミチン酸とミリスチン酸を含むため、炭化水素鎖長が小さくなる一方、飽和度が大きくなることがわかりました。12%LA食を与えたマウスの肝臓は、2価の不飽和脂肪酸であるリノール酸を多く含みますが、3価の不飽和脂肪酸であるα-リノレン酸の含有量が低いため、飽和度が若干大きくなる傾向にあることが示唆されました。

最後に、12%LAを含むHFDを与えて肝がんを発症したマウスから採取した肝臓サンプルの特徴量分布について評価しました。SNV処理後の吸収スペクトルでは、正常部と腫瘍部で1150~1210nmの波長範囲における吸収ピークの形状に違いが見られました。また、炭化水素鎖長については大きな差は無く、飽和度については正常部よりも腫瘍部で小さくなったことから、腫瘍部にリノール酸が多く含まれていることが示唆されました。以上の結果から、本手法は肝臓がんなどの病変組織における脂肪酸含量のコントラストを可視化できる可能性を秘めているといえます。

本研究を主導した梅澤准教授は「ビッグデータの取得と適切な分析を行うことにより、人々のQOL向上に資するさまざまな生体情報を可視化したいと考え、本研究に取り組みました。生体組織や生体内反応とNIR-HSIデータとの関連は複雑ですが、とても興味深いものです。本研究で示した手法は、生体組織における代謝の中でも重要な脂肪酸の分布の特徴を可視化するものであり、脂質代謝異常が関与する疾患の診断・治療・予防、ひいては病態生理学研究の発展にも寄与することが期待されます」と、研究の意義についてコメントしています。

※本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(19H04002, 20K16121, 22H03540)、文部科学省 科学研究費新学術領域研究「レゾナンスバイオ(S1511012)」の助成を受けて実施されました。

【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Visualization of hydrocarbon chain length and degree of saturation of fatty acids in mouse livers by combining near-infrared hyperspectral imaging and machine learning
著者:Akino Mori, Masakazu Umezawa, Kyohei Okubo, Tomonori Kamiya, Masao Kamimura, Naoko Ohtani & Kohei Soga
DOI:10.1038/s41598-023-47565-z
URL:https://doi.org/10.1038/s41598-023-47565-z

【発表者】
森彬乃   東京理科大学大学院 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻 2022年度 修士課程修了 <筆頭著者>
梅澤雅和  東京理科大学 先進工学部機能デザイン工学科 准教授 <責任著者>
大久保喬平 東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 助教(現:東京工業大学)
神谷知憲  大阪公立大学 大学院医学研究科 分子生体医学講座 病態生理学 助教
上村真生  東京理科大学 先進工学部 機能デザイン工学科 准教授
大谷直子  大阪公立大学 大学院医学研究科 分子生体医学講座 病態生理学 教授
曽我公平  東京理科大学 先進工学部 機能デザイン工学科 教授 <責任著者>

【研究に関する問い合わせ先】
東京理科大学 先進工学部 機能デザイン工学科 教授 
曽我 公平(そが こうへい)
E-mail:soga【@】rs.tus.ac.jp

東京理科大学 先進工学部 機能デザイン工学科 准教授 
梅澤 雅和(うめざわ まさかず)
E-mail:masa-ume【@】rs.tus.ac.jp

大阪公立大学 大学院医学研究科 分子生体医学講座 病態生理学 教授
大谷 直子(おおたに なおこ)
E-mail:naoko.ohtani【@】omu.ac.jp

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東京理科大学 経営企画部 広報課
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