こども家庭庁も動き出した【生まれてきた赤ちゃんを難病から守る!】医師と積水化学グループが取り組む拡大新生児スクリーニング検査


元気に生まれた赤ちゃんでも、潜在的に病気を抱えていることがある。知らずに放置していると発病し、重い障害を伴ったり、命を落としたりすることがある病気の早期発見・早期治療が医学の進歩により可能になってきた。その大きな役割を担うのが「新生児マススクリーニング検査」だ。生まれた赤ちゃんが生後4日~6日に公費で受ける検査で、約20種類の先天性の病気を調べられる。

「新生児スクリーニング検査」には含まれない疾患の検査拡大の取り組み


近年、「新生児マススクリーニング検査」と同時にいくつかの疾患を追加して実施する「拡大新生児スクリーニング検査」の取り組みが始まっている。新たな検査法や治療法が確立され、早期発見・早期治療を行うことが、より高い治療効果が見込まれると分かってきたからだ。

「原発性免疫不全症(PID)」「脊髄性筋萎縮症(SMA)」「ライソゾーム病(LSD)」等が検査対象となり、一部の都道府県に限られた自己負担での希望者への実施ではあるが、徐々に広がりを見せている。


その中でも、特に早期発見・早期治療が有用とされる疾患が脊髄性筋萎縮症(SMA)だ。SMAの重症型は早期に治療を行わなければ乳児期に運動発達、哺乳や食べ物の飲み込み、呼吸などの機能が低下し死亡することもある難病である。遺伝子の変化が原因とされ、発症頻度は2万人に1人か2人と言われている。近年、画期的な治療法が開発され、発症する前に治療を開始すれば、著しい治療効果が示された。


Sumner CJ. et.al. J Clin Invest.2018より

SMAは乳児期に治療することで効果が変わることが分かっている


「しかし、発症後では効果が限られるため、早期発見・早期治療が極めて重要になってきます。病気によってどれだけ急ぐかは濃淡があるのですが、SMAは特に一刻も早く発見し、治療を開始しなければなりません」


神戸大学医学部附属病院 小児科講師 坊 亮輔先生


そう話すのは、坊 亮輔先生だ。拡大新生児スクリーニング検査を広げていく活動をしている。


李 知子先生も「治療法があり発症前に見つける意義が大きい疾患は早く見つけてあげたいと思うのですが、一般の人にとってまだ認知も少なく、新しい取り組みのため十分な情報が行き渡っていないという悩ましい面もあります」と話す。


兵庫医科大学 医学部小児科学教室 臨床准教授 李 知子先生

認知拡大・普及が望まれる「拡大新生児スクリーニング検査」


現在、拡大新生児スクリーニング検査は公費ではなく、自己負担。その額は1万円前後と、決して安くはない。対象疾患の一つである脊髄性筋萎縮症について一般の方に行ったアンケート調査では、95%以上が新生児スクリーニングを受けたいと答えたという。問題はその普及率と認知度の低さだ。


拡大新生児スクリーニング検査は徐々に普及が進んでいるとはいえ、まだ全国で受けられるわけではない。一般社団法人日本マススクリーニング学会の調査「都道府県別拡大スクリーニングの実施状況一覧」を見ると、2023年11月14日時点で「原発性免疫不全症(PID)」「脊髄性筋萎縮症(SMA)」「ライソゾーム病(LSD)」の検査に対応しているのは49自治体中、32自治体(https://www.jsms.gr.jp/download/5.Exp_Screening_list_231114.pdf)。しかもこの自治体の中にあるすべての病院・クリニックで行われているわけでもない。

そして、拡大新生児スクリーニング検査の説明がすべての妊婦やその家族にされているわけではない。


「拡大新生児スクリーニング検査を病院・クリニックで実施するためには多くの準備が必要となります。ただでさえ多忙の産婦人科医の方々にとって、さらなる負担となる。また妊婦さんにしても検査の費用は自己負担が生じます。私たちとしても手放しに導入してくださいとは言いづらい状況ではあるのですが、検査を受けられる家族の方のご協力や産科医療機関の先生方のご助力で着々と普及は進んでいます」と坊先生は話す。


李先生も「出産前後の妊婦さんはそれだけでも大変な状態です。出産前後の慌ただしい時に拡大新生児スクリーニング検査の説明をしてもゆっくり考える余裕もないかもしれません。本当は事前に拡大新生児スクリーニングのことを知って検査を受けるかどうかを十分考えていただけたら」と続ける。

「知らなかったらと思うと……」拡大新生児スクリーニング検査で娘を守れた


坊先生や李先生が話すように、拡大新生児スクリーニング検査がもっと普及していくためには、実際に子どもを産む母親、そして家族の認知度を高めていく必要がある。


「拡大新生児スクリーニング検査で、娘の病気が見つかり早期治療ができたからこそ今があると思っています」

京都府にお住まいのKさんは1歳の娘さんと共に取材に答えてくれた。


Kさん


「妊婦健診を受けた時に、拡大新生児スクリーニング検査の話をお医者さんに軽くされました。自己負担でしたが、一生に一度と思えば高いとは感じませんでした。生まれてくる子どものためにできることはすべてしたかったんです」


Kさんはそう話すが、説明はさっぱりしたもので、しかも目を通さなければならない書類はとても多かったという。Kさんは医療従事者。「自分は目を通しましたが、普通のママなら読まないかもしれません。それほどさらっと説明されたのです」と苦笑する。その後、出産に向けて入院、娘さんを出産。生後数日で拡大新生児スクリーニング検査が行われたという。


「出産後、先生から筋緊張が弱いのが気になるといわれ、MRIなどを撮ってもらいました。結果、脳に問題はなかったのですが、その後、拡大新生児スクリーニング検査の結果でSMA陽性が出ているという連絡をもらいました」


すぐに通っていた病院から、坊先生もいる神戸大学に転院できる手配をしてもらい入院となった。その手続きの早さに「安心できたし、心強かった」とKさんは話す。しかし、父親も含め、家族とはどのような話をしたのだろうか。


SMAは家族会などもあり、情報が多くあるという。「インターネットやSNSでSMAのお子さんを持たれている方々の話などもその間、調べられました。すると昔と違い、早期発見、早期治療で改善できることが分かってきました。家族もそれで治療を頑張っていこうという気持ちになってくれたのです」


その後、娘さんは遺伝子検査を行い、SMAであることが確定。このころ娘さんは手もあがらない状態だったという。しかし、薬の手配が迅速に行われ、生後25日で1回目の投与、その2~3日後には手があがるようになった。今は自宅で一緒に生活をしている。


元気な様子の娘さん


「SMAという病気は知らない人が圧倒的に多い。小児科やクリニックの先生が知らないこともあります。幸いにして私は娘の病気を拡大新生児スクリーニング検査で見つけてもらい、早期治療もできた。このことを多くの人に知ってもらいたい」と話す。「拡大新生児スクリーニング検査を知らず、受けていなかったらと思うと、とても怖いです」

より早く、正確に検査結果を出せるように


「希少疾患のため、他の疾患と比べて早期発見が難しく検査や治療にはより多くの時間がかかります。従来は、症状が出始めてから検査を行い診断され、治療が開始されていました。発症前に検査が難しい理由としては、早期に検査を行う体制がなかったこと、検査により多くのコストと時間を要することが課題となっていました。最適な方法として、乳幼児から血液を採取し、そこからDNAを抽出。抽出したDNAをPCR法で疾患の遺伝子があるかを検査する方法が取られていました。しかし、このDNA抽出は技術的にハードルが高く、抽出用の資材も必要になるため時間とコストがかかっていたのです」


積水メディカル 医療事業部SMCLセンター 青木泰仁


取材に同席した積水メディカルの医療事業部SMCLセンター営業担当の青木泰仁は話す。「当社では、このDNA抽出作業を省略し、血液から直接検査できる検査法を開発し、検査時間を短縮、さらに検査コストを削減することに成功しました。『もっと早い段階で見つけられていれば……』という患者さんのご両親の生の声を聞き、検査の重要性を伝え、体制を作らなければという思いを常に持っています。まだ全国で検査を受けられるわけではないため、不平等だと否定的な意見をいただくこともありますが、それでも助けられる命があるのならぜひ検査を導入してほしいと、日々、先生方とディスカッションしています」


一刻も早く検査結果を知りたい家族や医師たちの要望に応える形で、コスト面から検査のハードルを下げ、より多くの新生児に拡大新生児スクリーニング検査を普及させることに成功したというわけだ。


SMCLセンターでは検査の受託事業を行っている


SMCLセンターは主に二つの事業に取り組んでいる。一つは検査試薬の販売事業。もう一つは拡大新生児スクリーニング検査をはじめとした保有技術を生かした臨床検査の受託事業を、茨城県の認証を受けた「登録衛生検査所」として実施している。臨床検査の受託は各自治体の検査センターと受託契約を締結し、産科施設から各自治体の検査センターへ、そして積水メディカルの検査所に検体を送ってもらい、検査を実施。結果がでると、その内容を検査センターに戻す。

検査を迅速に行うためには、この産科施設→検査センター→検査所の流れを整えていく必要がある。また検査結果の情報共有をいかに早く行えるかも重要となってくる。


「検査結果から対応までのプロセス設計も大事になってきます」坊先生はそう話す。

実際、自治体によって検査をして結果が出るまでの日数にばらつきがあるという。検査機関のお休みなどもあるし、採血したものを送るにあたって郵送なのか速達なのかでも変わってくる。全体のシステムによってその結果は大きく変わる。


「今までも製薬会社などと共に試薬を改善するなどはしてきましたが、このような検査期間の短縮や配送システムや情報共有方法など、全体システムを検討するのは初めて」と青木氏は話す。「積水メディカルさんはもちろん、行政や医療機関側の協力も必要不可欠です。10年前には治療法がなかった病気にいま治療法があるのです。それを普及させ、社会に実装させることで救える命を救っていきたい」と、李先生は話す。皆が赤ちゃんの命を救うために協力し合い改善を続けているのだ。


坊先生と李先生は頻繁に情報交換をしているという


ただ、と坊先生は続ける。「医師として悩ましいと思うこともあります。私は、医者の立場で病気が早く見つかって良かった、治療できる!と思います。しかしご家族にとっては目の前の元気な赤ちゃんに病気があると言われるのは、とても辛い話になるかもしれません。それでも数年後、10年後に良かったと思っていただくために私たちは前に進むしかありません」


拡大新生児スクリーニング検査によって、病気が見つかっても、早期治療を行うため「本当に問題があったのか?」と思ってしまう家族も多いのだという。


李先生も「だからこそ、もっと認知をさせていかなくてはいけません。先日、坊先生がマタニティフェスに参加されました。市民公開講座やマタニティフェスなど、拡大新生児スクリーニングについて知ってもらう取り組みをしています。それによって一般の方たちにも届くようになりつつあります。拡大新生児スクリーニングのことを知らなかったために検査を受けられなかった、という情報の不公平があってはいけないと思います。公平に妊婦さんたちにこの情報が伝わるためには、公的な支援も必要になってくるでしょう」。

患者家族会の要望書の動きなどもあり、二つの難病検査が公費化へ


2023年10月、日本小児神経学会とSMA家族の会が政府へ「新生児スクリーニング検査」の対象疾患にSMAを加えてほしいと要望書を出した。陽性者に対する早期治療体制の整備も求めている。そして11月、こども家庭庁はSMAと、PIDの一種である「重症複合免疫不全症(SCID)」の二つの難病について公費で実施する方針を固めた。準備の整った自治体からスタートさせ、将来的には全国一律で検査できる体制をめざす。


坊先生、李先生、そしてKさん、積水メディカルらの思いが多くの人たちの動きと共に形になりつつある。彼らの思いは、これから生まれてくる赤ちゃんのために、拡大新生児スクリーニング検査について、一人でも多くの方に事前に知っておいてほしいということ。すべての生まれてくる赤ちゃんを難病から守れる未来にしたい。


できたばかりの拡大新生児スクリーニング検査のポスターを前に


(関連リンク)

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