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パーキンソン病は性別と遺伝子によって進みが変わる 女性では22%、遺伝子LRRK2の変異によって最大26%進行が遅延

国立大学法人千葉大学
 千葉大学大学院薬学研究院の研究チームは、短期間の観察から長期間の変化を推定する独自の解析技術によって性別や遺伝子がパーキンソン病の進行に及ぼす影響を研究しました。その結果、女性であることやLRRK2と呼ばれる遺伝子に変異を持つことでパーキンソン病の進行が遅くなることがわかりました。この結果により、患者の性別を考慮することや事前に遺伝子を検査することで、一人ひとりの進行の正確な予測につながることが期待されます。  本研究成果は、薬学研究院の博士課程研究員である神亮太を筆頭著者として2024年2月19日(現地時間)に、学術誌CPT: Pharmacometrics & Systems Pharmacologyで公開されました。


研究の背景


 パーキンソン病は慢性の神経変性疾患と呼ばれており、脳内のドパミン神経が減少することで手足の震えをはじめとした諸症状が現れる疾患です。世界の患者数は600万人以上とも報告されていますが、現在、根本的な治療法は確立されておらず、脳内で減少したドパミンを補充する対症療法がメインとなっています。治療法の確立が困難な一因に、パーキンソン病の進行メカニズムが解明されていないことが挙げられます。どのような性質・属性をもつ患者が進行しやすいのか、進行するとどういった指標が変化するのかといった情報が、治療法の開発に不可欠です。さらにパーキンソン病などの慢性疾患は非常に長い時間をかけて疾患が悪化していくため、その全貌を追跡することが難しいことも課題となっています。これまでもLRRK2の遺伝子の変異はパーキンソン病の進展に関係すると言われていますが、その正確な影響の程度は良くわかっていませんでした。
 本研究では、数十年にわたる経時推移を数年の短期データを紡ぐことで推定する独自の解析技術であるStatistical Restoration of Fragmented Time course(SReFT)(注1)によって、パーキンソン病の長期的な評価指標の変化とリスク因子について検討しました。

研究の成果


 本研究ではパーキンソン病データベースであるPPMI(注2)から取得したパーキンソン病患者個別データを用いたSReFT解析を行いました。その結果、平均5.8年の時系列データから30年を超える長期的な指標の変化を推定することができました(図1)
 今回解析した指標の一つであるMDS-UPDRS totalはパーキンソン病の重症度を総合的に得点化した指標であるMDS-UPDRSのPart IからIIIの総得点で、点数が高いほど病気が進んでいることを示しています。MDS-UPDRS totalの最大得点は236点ですが、解析で推定できる範囲は最大で150点ほどです。今回の解析で特筆すべきは、この長期的な変化に対して性別と遺伝子の影響が大きいことです。性別については、女性において評価指標の悪化が22%程度抑えられていることが明らかとなりました。遺伝子については、本研究ではLRRK2(注3)というタンパク質を作るための情報をもつ遺伝子の変異を解析しました。その結果G2019Sと呼ばれる変異パターンでは26%程度、rs76904798と呼ばれる変異では10%程度進行が緩やかになることが解析から示されました。
 以上の成果から患者の背景因子によって疾患の進行速度は大きく異なる可能性が考えられます。本研究で検討した以外にもパーキンソン病の関連遺伝子は数多く報告されており、生活習慣などの環境因子も踏まえるとリスク因子の評価は今後ますます進むと予想されます。



今後の展望


 本研究により、パーキンソン病の評価指標の長期的な悪化の様子が明らかとなり、また女性やLRRK2に関する遺伝子変異を有する患者においてその悪化スピードが遅くなっていることが示されました。今後はさらなる遺伝子などの解析を実施することでリスク因子の特定を進め、将来的には一人ひとりの疾患の悪化を適切に予測する技術開発へと繋げます。これによって新たな治療法や治療方針の開発をはじめとした個別化医療の実現が期待されます。本研究では使用したコンピュータプログラムを公開しており、世界中の薬学研究者や製薬会社で用いられているNONMEMというソフトウェア上で実行可能です。したがって、今後、同様の解析のさらなる普及の可能性が考えられます。

用語解説


注1)SReFT解析:数十年にわたる経時推移を多数の短期間データから推定する新しい解析法で、メンバーの1人の樋坂章博教授が開発したもの。専門的には非線形混合効果モデル解析を大幅に拡張したもの。NONMEMは非線形混合効果モデル解析のための汎用ソフトウェア。今回はアルツハイマー病、慢性閉塞性肺疾患の解析に続く3番目の適用例。慢性疾患の進行を実証するには数十年にわたる大規模な疫学研究が必要であり、その実施には莫大な経費と時間を要するが、SReFTはこの問題を解決する新しい糸口の1つになると期待される。短期間の観察から長期間の変化を推定する技術は、現在、世界で注目され多くの方法が慢性疾患の解析のために提案されているが、樋坂教授のチームは現在日本で唯一この分野の研究を進めるグループ。

注2)PPMI:2010年から現在にかけて実施されている観察研究。パーキンソン病患者を中心にデータ収集を行い、診断や治療に役立つ指標、リスク因子の発見を目指している。本試験で収集されたデータは所定の手続きに従い利用申請することで研究目的の利用が可能。本研究の場合は、千葉大学大学院薬学研究院の倫理審査委員会の承認を受けて研究申請された。

注3)LRRK2:Leucine rich-repeat kinase 2の略。脳内でタンパク質をリン酸化させることでパーキンソン病に関与することが示唆されている。例えばG2019Sという変異パターンが有名で、これはLRRK2のリン酸化機能を亢進するとされている。近年ではパーキンソン病治療薬としてLRRK2の機能を阻害する薬剤の開発が行われている。

研究プロジェクト


科学研究費助成事業「AIを用いた慢性疾患の病態進行モデルの構築法開発とパーキンソン病への適用」(22KJ0473)

論文情報


タイトル:Data-driven Disease Progression Model of Parkinson's Disease and Effect of Sex and Genetic Variants
著者:Ryota Jin, Hideki Yoshioka, Hiromi Sato, Akihiro Hisaka
雑誌名:CPT: Pharmacometrics & Systems Pharmacology
DOI: https://doi.org/10.1002/psp4.13112

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