光遺伝学的手法によりオピオイドδ受容体を介した抗不安作用の作用機序を解明 ~新たな作用機序で既存薬抵抗性症例への効果も期待~
東京理科大学
【研究の要旨とポイント】
オピオイドδ受容体作動薬KNT-127は精神疾患の新規治療薬として注目されていますが、オピオイドδ受容体を介した抗不安作用に関する作用機序は部分的にしか解明されていませんでした。
今回、光遺伝学的手法と行動実験を組み合わせて、KNT-127は内側前頭前野前辺縁皮質から扁桃体に投射しているグルタミン酸神経回路を抑制することで、抗不安作用を示すことを明らかにしました。
本研究をさらに発展させることで、オピオイドδ受容体をターゲットとした新たな向精神薬の開発が期待されます。
【研究の概要】
東京理科大学 薬学部薬学科の斎藤 顕宜教授、同大学大学院 薬学研究科薬科学専攻の河南 絢子氏(2023年度 博士課程2年)らの研究グループは、最新の光遺伝学的手法と行動実験を組み合わせて、KNT-127は内側前頭前野の亜核から扁桃体に投射しているグルタミン酸神経回路を抑制することで、オピオイドδ受容体を介した抗不安作用を示すことを明らかにしました。
うつ病や不安障害などの精神疾患を治療するため、既存薬とは異なる作用機序を持つ向精神薬の開発が切望されています。これまで本研究グループは、オピオイドδ受容体作動薬KNT-127が向精神薬として有望であることを明らかにし、その作用機序解明を目指した研究に取り組んできました。しかしながら、未だにその全容は明らかになっていません。そこで今回、オピオイドδ受容体を介した抗不安作用に関する詳細を解明するべく、光遺伝学的手法を駆使した研究を行いました。
本研究では、雄マウスに対し、チャネルロドプシン2(ChR2, *1)という、光感受性のチャネルを発現させるウイルスベクター(*2)を局所投与し、特定の神経回路のみにこのチャネルを発現させました。そのマウスの扁桃体に光刺激を与えることで、内側前頭前野前辺縁皮質(PL)から扁桃体基底外側核(BLA)に投射しているグルタミン酸神経系を興奮させて、不安様行動を誘発させることに成功しました。また、KNT-127の投与により、光遺伝学的なPL-BLA経路の活性化に起因する先天性の不安様行動を抑制できることを明らかにしました。
本研究で着目した神経回路は、ヒトにおいても、抑うつや不安症状の発現に関与することが明らかになっています。本研究成果をさらに発展させることにより、既存薬とは異なる作用機序を有する新規向精神薬の開発が期待されます。
本研究成果は、2023年12月29日に国際学術誌「Neuropsychopharmacol Rep.」にオンライン掲載されました。
【研究の背景】
オピオイドδ受容体を介した治療薬は抗うつ作用・抗不安作用を有し、記憶障害や消化器症状などの副作用も少ないため、新たな向精神薬としての応用が期待されています。また、従来の向精神薬とは異なる作用機序を有しており、既存薬が効かない治療抵抗性、難治性症例に対して有効性を示す可能性を秘めています。しかしながら、その作用機序の全容は明らかになっておらず、臨床開発に向け、詳細の解明が急務となっています。これまで本研究グループは、オピオイドδ受容体やその作動薬KNT-127の作用機序解明を目的としたさまざまな研究に取り組み、数多くの成果を挙げてきました(※1~3)。
※1: 東京理科大学プレスリリース
『オピオイドδ受容体作動薬の作用機序を解明!新規向精神薬としての応用へ前進 ~グルタミン酸による神経伝達を抑制し、神経細胞自体の興奮も抑制する~』
URL: https://www.tus.ac.jp/today/archive/20210628_3185.html
※2: 東京理科大学プレスリリース
『オピオイドδ受容体作動薬の作用部位、シグナル伝達の詳細を解明 ~新規向精神薬の実現へまた一歩前進~』
URL: https://www.tus.ac.jp/today/archive/20220421_7240.html
※3: 東京理科大学プレスリリース
『オピオイドδ受容体作動薬KNT-127の作用機序を解明 ~抗うつ様作用に加え、抗ストレス作用を示す新たなうつ病治療薬の実現へ~』
URL: https://www.tus.ac.jp/today/archive/20230501_1401.html
不安様行動の制御にはPLからBLAへの興奮性投射が関与することが先行研究から知られていますが、本研究グループはこれまでに、PLにおけるグルタミン酸神経伝達の抑制がKNT-127の抗不安様作用に関与していることを明らかにしました(※1)。そこで今回、マウスを用いてPL-BLA経路への光遺伝学的刺激と行動実験を組み合わせて、KNT-127の抗不安様作用の根底にあるメカニズムを調査しました。
【研究結果の詳細】
生後4週の雄C57BL/6JマウスのPLに、黄色蛍光タンパク質を導入したアデノ随伴ウイルスベクター(AAV2-CaMKIIa-ChR2[H134R]-EYFP)を投与して、チャネルロドプシン2(ChR2)という光感受性チャネルの発現を誘導しました。そして、光遺伝学的手法によりPL-BLA経路を刺激するために、ワイヤレスの光刺激装置に接続された光ファイバーカニューレをBLAに埋め込みました。デジタルパルスを与えて埋め込んだLEDを作動させて光刺激を与えた後、各行動試験を実施しました。
高架式十字迷路試験(*3)とオープンフィールド試験で生得的な不安を評価し、文脈的恐怖条件付け試験(*4)で学習性の不安を評価しました。高架式十字迷路試験では、ChR2群のオープンアーム滞在時間とアームエントリー数は、対照群と比較して有意に減少しました。オープンフィールド試験では、ChR2群の中心に滞在する時間が大きく減少することがわかりました。これらは先天性不安が大きいときの挙動と一致していますが、他の活動に大きな差はありませんでした。すくみ挙動を基に評価した文脈的恐怖条件付け試験では、光刺激中のChR2群と対照群の間で有意差は見られませんでした。
また、高架式十字迷路試験において、PL-BLA経路の活性化によって誘発された不安様行動に対するオピオイドδ受容体作動薬KNT-127の効果を調べました。ChR2群にKNT-127を投与すると、オープンアームで過ごす時間が増加することがわかりました。一方、対照群ではKNT-127の投与の有無による有意差はありませんでした。以上の結果は、KNT-127が特定のPL-BLA経路の光遺伝学的な活性化に起因する生得的な不安様行動を抑制することを示唆しています。
本研究を主導した斎藤教授は「当研究室では現在、うつ病患者を対象としてオピオイドδ受容体作動薬による臨床開発を進めておりますが、その詳細な薬理作用機序の解明が急務となっています。本研究で着目した脳神経回路は、ヒトにおいても保存されており、ヒト脳画像の研究からこの領域が、抑うつや不安障害の患者において過活動になっていることが明らかにされています。この脳領域の過活動を抑制することにより、ヒトにおいても抗不安作用を発揮することが大いに期待されます」と、研究の成果についてコメントしています。
【用語】
*1 チャネルロドプシン2(ChR2)
光遺伝学の研究で用いられる光活性型の蛍光タンパク質。特定の波長の光を受けて活性化する。神経細胞に組み込むことで、特定の神経回路を光で制御することができる。
*2 ウイルスベクター
ウイルスの特定の性質を利用して、ある遺伝子を効率的かつ精確に目的の細胞に運搬するもの。
*3 高架式十字迷路
一般的に用いられるマウスの不安評価試験。十字型の迷路のうち、2つのアームは壁で囲まれており、残り2つのアームは壁がないオープンアームとなっていて、不安感が高いほど壁で囲まれたアームで過ごす時間が長くなる。
*4 文脈的恐怖条件付け試験
マウスをケースに入れ、断続的に弱い電気ショックを与えると、マウスは恐怖記憶を形成し、ケースにマウスを入れるだけで、すくみ反応を見せるようになる。これを利用して、ケージに入れた際のすくみ反応の頻度によって、学習性の不安感の高さを評価する試験。
※ 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)(研究開発課題名:オピオイドδ受容体活性化を機序とする画期的情動調節薬の開発)による支援を受けて実施されました。
【論文情報】
雑誌名:Neuropsychopharmacology Reports
論文タイトル:The delta opioid receptor agonist KNT-127 relieves innate anxiety-like behavior in mice by suppressing transmission from the prelimbic cortex to basolateral amygdala
著者:Ayako Kawaminami, Daisuke Yamada, Toshinori Yoshioka, Azumi Hatakeyama, Moeno Nishida, Keita Kajino, Tsuyoshi Saitoh, Hiroshi Nagase, Akiyoshi Saitoh
DOI:10.1002/npr2.12406
URL:https://doi.org/10.1002/npr2.12406
企業プレスリリース詳細へ
PR TIMESトップへ
【研究の要旨とポイント】
オピオイドδ受容体作動薬KNT-127は精神疾患の新規治療薬として注目されていますが、オピオイドδ受容体を介した抗不安作用に関する作用機序は部分的にしか解明されていませんでした。
今回、光遺伝学的手法と行動実験を組み合わせて、KNT-127は内側前頭前野前辺縁皮質から扁桃体に投射しているグルタミン酸神経回路を抑制することで、抗不安作用を示すことを明らかにしました。
本研究をさらに発展させることで、オピオイドδ受容体をターゲットとした新たな向精神薬の開発が期待されます。
【研究の概要】
東京理科大学 薬学部薬学科の斎藤 顕宜教授、同大学大学院 薬学研究科薬科学専攻の河南 絢子氏(2023年度 博士課程2年)らの研究グループは、最新の光遺伝学的手法と行動実験を組み合わせて、KNT-127は内側前頭前野の亜核から扁桃体に投射しているグルタミン酸神経回路を抑制することで、オピオイドδ受容体を介した抗不安作用を示すことを明らかにしました。
うつ病や不安障害などの精神疾患を治療するため、既存薬とは異なる作用機序を持つ向精神薬の開発が切望されています。これまで本研究グループは、オピオイドδ受容体作動薬KNT-127が向精神薬として有望であることを明らかにし、その作用機序解明を目指した研究に取り組んできました。しかしながら、未だにその全容は明らかになっていません。そこで今回、オピオイドδ受容体を介した抗不安作用に関する詳細を解明するべく、光遺伝学的手法を駆使した研究を行いました。
本研究では、雄マウスに対し、チャネルロドプシン2(ChR2, *1)という、光感受性のチャネルを発現させるウイルスベクター(*2)を局所投与し、特定の神経回路のみにこのチャネルを発現させました。そのマウスの扁桃体に光刺激を与えることで、内側前頭前野前辺縁皮質(PL)から扁桃体基底外側核(BLA)に投射しているグルタミン酸神経系を興奮させて、不安様行動を誘発させることに成功しました。また、KNT-127の投与により、光遺伝学的なPL-BLA経路の活性化に起因する先天性の不安様行動を抑制できることを明らかにしました。
本研究で着目した神経回路は、ヒトにおいても、抑うつや不安症状の発現に関与することが明らかになっています。本研究成果をさらに発展させることにより、既存薬とは異なる作用機序を有する新規向精神薬の開発が期待されます。
本研究成果は、2023年12月29日に国際学術誌「Neuropsychopharmacol Rep.」にオンライン掲載されました。
【研究の背景】
オピオイドδ受容体を介した治療薬は抗うつ作用・抗不安作用を有し、記憶障害や消化器症状などの副作用も少ないため、新たな向精神薬としての応用が期待されています。また、従来の向精神薬とは異なる作用機序を有しており、既存薬が効かない治療抵抗性、難治性症例に対して有効性を示す可能性を秘めています。しかしながら、その作用機序の全容は明らかになっておらず、臨床開発に向け、詳細の解明が急務となっています。これまで本研究グループは、オピオイドδ受容体やその作動薬KNT-127の作用機序解明を目的としたさまざまな研究に取り組み、数多くの成果を挙げてきました(※1~3)。
※1: 東京理科大学プレスリリース
『オピオイドδ受容体作動薬の作用機序を解明!新規向精神薬としての応用へ前進 ~グルタミン酸による神経伝達を抑制し、神経細胞自体の興奮も抑制する~』
URL: https://www.tus.ac.jp/today/archive/20210628_3185.html
※2: 東京理科大学プレスリリース
『オピオイドδ受容体作動薬の作用部位、シグナル伝達の詳細を解明 ~新規向精神薬の実現へまた一歩前進~』
URL: https://www.tus.ac.jp/today/archive/20220421_7240.html
※3: 東京理科大学プレスリリース
『オピオイドδ受容体作動薬KNT-127の作用機序を解明 ~抗うつ様作用に加え、抗ストレス作用を示す新たなうつ病治療薬の実現へ~』
URL: https://www.tus.ac.jp/today/archive/20230501_1401.html
不安様行動の制御にはPLからBLAへの興奮性投射が関与することが先行研究から知られていますが、本研究グループはこれまでに、PLにおけるグルタミン酸神経伝達の抑制がKNT-127の抗不安様作用に関与していることを明らかにしました(※1)。そこで今回、マウスを用いてPL-BLA経路への光遺伝学的刺激と行動実験を組み合わせて、KNT-127の抗不安様作用の根底にあるメカニズムを調査しました。
【研究結果の詳細】
生後4週の雄C57BL/6JマウスのPLに、黄色蛍光タンパク質を導入したアデノ随伴ウイルスベクター(AAV2-CaMKIIa-ChR2[H134R]-EYFP)を投与して、チャネルロドプシン2(ChR2)という光感受性チャネルの発現を誘導しました。そして、光遺伝学的手法によりPL-BLA経路を刺激するために、ワイヤレスの光刺激装置に接続された光ファイバーカニューレをBLAに埋め込みました。デジタルパルスを与えて埋め込んだLEDを作動させて光刺激を与えた後、各行動試験を実施しました。
高架式十字迷路試験(*3)とオープンフィールド試験で生得的な不安を評価し、文脈的恐怖条件付け試験(*4)で学習性の不安を評価しました。高架式十字迷路試験では、ChR2群のオープンアーム滞在時間とアームエントリー数は、対照群と比較して有意に減少しました。オープンフィールド試験では、ChR2群の中心に滞在する時間が大きく減少することがわかりました。これらは先天性不安が大きいときの挙動と一致していますが、他の活動に大きな差はありませんでした。すくみ挙動を基に評価した文脈的恐怖条件付け試験では、光刺激中のChR2群と対照群の間で有意差は見られませんでした。
また、高架式十字迷路試験において、PL-BLA経路の活性化によって誘発された不安様行動に対するオピオイドδ受容体作動薬KNT-127の効果を調べました。ChR2群にKNT-127を投与すると、オープンアームで過ごす時間が増加することがわかりました。一方、対照群ではKNT-127の投与の有無による有意差はありませんでした。以上の結果は、KNT-127が特定のPL-BLA経路の光遺伝学的な活性化に起因する生得的な不安様行動を抑制することを示唆しています。
本研究を主導した斎藤教授は「当研究室では現在、うつ病患者を対象としてオピオイドδ受容体作動薬による臨床開発を進めておりますが、その詳細な薬理作用機序の解明が急務となっています。本研究で着目した脳神経回路は、ヒトにおいても保存されており、ヒト脳画像の研究からこの領域が、抑うつや不安障害の患者において過活動になっていることが明らかにされています。この脳領域の過活動を抑制することにより、ヒトにおいても抗不安作用を発揮することが大いに期待されます」と、研究の成果についてコメントしています。
【用語】
*1 チャネルロドプシン2(ChR2)
光遺伝学の研究で用いられる光活性型の蛍光タンパク質。特定の波長の光を受けて活性化する。神経細胞に組み込むことで、特定の神経回路を光で制御することができる。
*2 ウイルスベクター
ウイルスの特定の性質を利用して、ある遺伝子を効率的かつ精確に目的の細胞に運搬するもの。
*3 高架式十字迷路
一般的に用いられるマウスの不安評価試験。十字型の迷路のうち、2つのアームは壁で囲まれており、残り2つのアームは壁がないオープンアームとなっていて、不安感が高いほど壁で囲まれたアームで過ごす時間が長くなる。
*4 文脈的恐怖条件付け試験
マウスをケースに入れ、断続的に弱い電気ショックを与えると、マウスは恐怖記憶を形成し、ケースにマウスを入れるだけで、すくみ反応を見せるようになる。これを利用して、ケージに入れた際のすくみ反応の頻度によって、学習性の不安感の高さを評価する試験。
※ 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)(研究開発課題名:オピオイドδ受容体活性化を機序とする画期的情動調節薬の開発)による支援を受けて実施されました。
【論文情報】
雑誌名:Neuropsychopharmacology Reports
論文タイトル:The delta opioid receptor agonist KNT-127 relieves innate anxiety-like behavior in mice by suppressing transmission from the prelimbic cortex to basolateral amygdala
著者:Ayako Kawaminami, Daisuke Yamada, Toshinori Yoshioka, Azumi Hatakeyama, Moeno Nishida, Keita Kajino, Tsuyoshi Saitoh, Hiroshi Nagase, Akiyoshi Saitoh
DOI:10.1002/npr2.12406
URL:https://doi.org/10.1002/npr2.12406
企業プレスリリース詳細へ
PR TIMESトップへ
(2024/02/22 10:00)
- データ提供
本コーナーの内容に関するお問い合わせ、または掲載についてのお問い合わせは株式会社 PR TIMES ()までご連絡ください。製品、サービスなどに関するお問い合わせは、それぞれの発表企業・団体にご連絡ください。