水素医療の展望に関する論文がネイチャー社から書籍として出版
MiZ株式会社
MiZ株式会社は、慶應義塾大学の武藤佳恭名誉教授および国立成育医療研究センターの李小康部長と共著で「ミトコンドリア機能の保護効果に基づいた水素医療の展望」と題した論文が掲載された書籍を出版しました。 水素分子(以下水素と略)は、酸化ストレス(注1)に関連した様々な疾患に有効性を示しますが、これにはミトコンドリア(注2)機能の保護効果が関与している可能性が考えられます。そこで、本論文では疾患モデル動物およびヒトの慢性炎症性疾患に対する水素の有効性のメカニズムを調査し、その解析結果から水素がミトコンドリア機能の保護を介して多彩な効果を発揮する可能性を示しました。ミトコンドリアの機能障害は、代謝性疾患や神経変性疾患のような多くの一般的な疾患で認められているため、水素のようなミトコンドリア機能を保護する物質は今後の医療に不可欠で、水素は将来の医療を変革する物質であると考えられます。 本論文は、2024年2月17日(欧州時間)に英科学誌ネイチャーを発行しているシュプリンガー・ネイチャー社の書籍の特集号「健康と疾患における水素分子」の一部として出版されました。
研究の背景と目的
我々、人類を始めとする真核生物(注3)は約20億年前にミトコンドリアの祖先となった酸素呼吸をする細菌を細胞内に共生することで効率的なエネルギー産生システムを獲得しましたが、その代償として活性酸素種や活性窒素種(注4)による酸化ストレスに晒されることになりました。水素は近年、強力な活性酸素種のヒドロキシルラジカルや活性窒素種のペルオキシナイトライトを選択的に還元する抗酸化剤として同定され、その臨床応用が進んでいます。水素は酸化ストレスに関連した様々な疾患に有効性を示しますが、これにはミトコンドリア機能の保護効果が関与している可能性が考えられます。そこで、本論文で私達は疾患モデル動物およびヒトのいくつかの慢性炎症性疾患に対する水素の有効性の文献の解析結果から水素の有効性のメカニズムと水素の将来の医療に対する展望を考察しました。
水素のミトコンドリア機能の保護効果
文献調査の結果、水素は脳梗塞、くも膜下出血、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、アルツハイマー病、心筋障害、高血圧、敗血症、糖尿病性神経障害、肝臓障害の各疾患モデル動物に有効性を示しましたが、そのメカニズムには活性酸素種の制御を介したミトコンドリアの形態や機能の改善が関与している可能性が示唆されました。水素は抗酸化作用、抗炎症作用、細胞死の制御作用、細胞内情報伝達の制御作用などの多彩な作用を示しますが、今回の文献解析から、これらの作用の根底にはミトコンドリア機能の改善効果が関与していることが分かりました。
また、私達は過去の論文で水素が各種の急性および慢性炎症疾患モデル動物に有効性を示し、さらにヒトの慢性炎症疾患である筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)(注5)やコロナ感染症2019の後遺症(Post-COVID-19)にも有効である可能性を示しました。炎症の成因と進展のメカニズムは多岐にわたりますが、私達は活性酸素種の中でも最も酸化力の強いヒドロキシルラジカルがミトコンドリアのDNAを酸化し、生成された酸化DNAがミトコンドリアから細胞質内に出て、炎症誘発に重要な役割を演じているカスパーゼ1の活性化やNLRP3と呼ばれるインフラマソーム(注6)の活性化から炎症性サイトカイン(注7)の放出に至る一連のシグナル伝達が関与していると考えています(図1)。私達はヒドロキシルラジカルが引き起こすミトコンドリアDNAの酸化を水素が抑制することが、下流の炎症性サイトカインの放出に至る一連のシグナル伝達の抑制に繋がる可能性が高いことを報告しました(図1)。
今回の水素が様々な疾患モデルに効果を示した文献調査や私達が過去に報告した水素がME/CFSやPost-COVID-19に効果を示す可能性を報告した文献を合わせて考察すると、水素はミトコンドリアの保護効果を介して各種疾患に有効性を示す可能性があることが示唆されました。
将来展望
現代医学の特徴は、人体を臓器の集合体としてとらえ、研究対象を臓器から細胞、分子、そして遺伝子へと細分化し、疾患に最も影響を与える要因を特定することにあります。しかし、多くの病気は単一の要因だけで引き起こされるのではなく、複数の要因や多種多様なメカニズムによって引き起こされます。水素は、様々な疾患の根本原因である活性酸素種と慢性炎症に作用し、ミトコンドリアの保護効果を介して多様な疾患に対して幅広い効果を発揮するため、現代医学の範疇から外れる物質です。ミトコンドリアの機能障害は、代謝性疾患や神経変性疾患のような多くの一般的な疾患で認められているため、水素のようなミトコンドリア機能を保護する物質は今後の医療に不可欠です。これらのことより、水素医療は将来の医療を変える可能性を持っています。
一方、水素医療の限界の1つは、水素が幅広い疾患の治療に使用されるため、患者が医師の指導なしに水素水や水素ガス吸入機を独自に購入して使用し、病状を悪化させる可能性があることです。多くの臨床研究が行われていますが、個々の疾患に対する用量・用法に関する研究は初期段階にありますので、個々の疾患に対する基礎的・臨床的研究はさらに必要であると思われます。さらに最近、水素の標的分子が中国の研究者によって同定されました。彼らは酸化型ポルフィリンが、水素と・OHとの反応を触媒し、酸化ストレスを軽減することを報告しました。しかし、水素の標的分子の研究はまだ初期段階にあります。また、水素の有効性のメカニズムも不明の点が多いです。今後は、水素の標的分子の研究を含むさらなる有効性のメカニズム研究が必要です。
論文
英文タイトル: Chapter 3: Prospects of Hydrogen Medicine Basted on its Protective Effects on Mitochondrial Function
タイトル和訳: 第3章 ミトコンドリア機能の保護効果に基づく水素医療の展望
著者名:平野伸一1、市川祐介1、佐藤文平1、武藤佳恭2,3、李小康4、佐藤文武1
所属: 1 MiZ株式会社・研究開発部、2慶應義塾大学、3 武蔵野大学・データサイエンス学部、4 国立成育医療研究センター・移植免疫部門
掲載書籍:Springer Nature Book:Molecular Hydrogen in Health and Disease
書籍URL:https://link.springer.com/book/10.1007/978-3-031-47375-3
チャプターURL: https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-031-47375-3_3
[用語解説]
注1(酸化ストレス):活性酸素は、細胞伝達物質や免疫機能として働く一方で、過剰な産生は細胞を傷害し、がんや生活習慣病など様々な疾患を誘発する要因となる。そのため生体内には、活性酸素種の傷害から生体を防御する抗酸化防御機構が備わっているが、活性酸素種の産生が抗酸化防御機構を上回った状態を酸化ストレスという。
注2(ミトコンドリア):真核生物の細胞小器官である。二重の生体膜からなり、独自のDNA を持ち、分裂および増殖する。ミトコンドリアDNAはATP合成(エネルギー合成)以外 の生命現象にも関与する他、酸素呼吸の場として知られている。
注3(真核生物):動物、植物、菌類(真菌)、原生生物など、身体を構成する細胞の中に細胞核と呼ばれる細胞小器官を有する生物である。一方、細胞核を持たない生物(細菌など)は原核生物と呼ばれる。真核生物のDNAは核膜の中にあるが、原核生物のDNAは細胞質内にむき出しの状態である。
注4(活性酸素種および活性窒素種):酸素または窒素が反応性の高い化合物に変化したものをそれぞれ活性酸素または活性窒素と呼ぶ。活性酸素または活性窒素の中でも酸化力が非常に強く細胞傷害を起こす分子にそれぞれヒドロキシルラジカルおよびペルオキシナイトライトがある。
注5 [ 筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)]:強度の疲労感と共に、微熱、頭痛、筋肉痛、脱力感、思考力低下などが持続する原因不明の病気で、現代医療では治療法がない。ME/CFSの国内の患者数は約8~24万人で、最近では新型コロナウイルス感染症に罹った後の後遺症(Post-COVID-19)もME/CFSの可能性が高いと言われている。
注6(NLRP3):複数のタンパク質からなる複合体で、細胞質内の異物(病原微生 物成分や尿酸結晶など)を宿主細胞に対する危険シグナルとして認識し、細胞内の シグナル伝達を介して炎症性サイトカインの遊離を行い、炎症反応の誘導や進展に 重要な役割を果たす物質をインフラマソームと呼ぶ。インフラマソームの中でも特にNLRP3は慢性炎症の誘発に重要な役割を示す。
注7(炎症性サイトカイン):サイトカインとは主に免疫細胞から分泌される蛋白質で、細胞間 の情報伝達を担っている物質である。サイトカインの中でも炎症症状を引き起こすものを炎症性サイトカインと呼ぶ。炎症疾患を起こす代表的なサイトカインにはインターロイキン(IL)-1βおよびIL-18がある。
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MiZ株式会社は、慶應義塾大学の武藤佳恭名誉教授および国立成育医療研究センターの李小康部長と共著で「ミトコンドリア機能の保護効果に基づいた水素医療の展望」と題した論文が掲載された書籍を出版しました。 水素分子(以下水素と略)は、酸化ストレス(注1)に関連した様々な疾患に有効性を示しますが、これにはミトコンドリア(注2)機能の保護効果が関与している可能性が考えられます。そこで、本論文では疾患モデル動物およびヒトの慢性炎症性疾患に対する水素の有効性のメカニズムを調査し、その解析結果から水素がミトコンドリア機能の保護を介して多彩な効果を発揮する可能性を示しました。ミトコンドリアの機能障害は、代謝性疾患や神経変性疾患のような多くの一般的な疾患で認められているため、水素のようなミトコンドリア機能を保護する物質は今後の医療に不可欠で、水素は将来の医療を変革する物質であると考えられます。 本論文は、2024年2月17日(欧州時間)に英科学誌ネイチャーを発行しているシュプリンガー・ネイチャー社の書籍の特集号「健康と疾患における水素分子」の一部として出版されました。
研究の背景と目的
我々、人類を始めとする真核生物(注3)は約20億年前にミトコンドリアの祖先となった酸素呼吸をする細菌を細胞内に共生することで効率的なエネルギー産生システムを獲得しましたが、その代償として活性酸素種や活性窒素種(注4)による酸化ストレスに晒されることになりました。水素は近年、強力な活性酸素種のヒドロキシルラジカルや活性窒素種のペルオキシナイトライトを選択的に還元する抗酸化剤として同定され、その臨床応用が進んでいます。水素は酸化ストレスに関連した様々な疾患に有効性を示しますが、これにはミトコンドリア機能の保護効果が関与している可能性が考えられます。そこで、本論文で私達は疾患モデル動物およびヒトのいくつかの慢性炎症性疾患に対する水素の有効性の文献の解析結果から水素の有効性のメカニズムと水素の将来の医療に対する展望を考察しました。
水素のミトコンドリア機能の保護効果
文献調査の結果、水素は脳梗塞、くも膜下出血、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、アルツハイマー病、心筋障害、高血圧、敗血症、糖尿病性神経障害、肝臓障害の各疾患モデル動物に有効性を示しましたが、そのメカニズムには活性酸素種の制御を介したミトコンドリアの形態や機能の改善が関与している可能性が示唆されました。水素は抗酸化作用、抗炎症作用、細胞死の制御作用、細胞内情報伝達の制御作用などの多彩な作用を示しますが、今回の文献解析から、これらの作用の根底にはミトコンドリア機能の改善効果が関与していることが分かりました。
また、私達は過去の論文で水素が各種の急性および慢性炎症疾患モデル動物に有効性を示し、さらにヒトの慢性炎症疾患である筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)(注5)やコロナ感染症2019の後遺症(Post-COVID-19)にも有効である可能性を示しました。炎症の成因と進展のメカニズムは多岐にわたりますが、私達は活性酸素種の中でも最も酸化力の強いヒドロキシルラジカルがミトコンドリアのDNAを酸化し、生成された酸化DNAがミトコンドリアから細胞質内に出て、炎症誘発に重要な役割を演じているカスパーゼ1の活性化やNLRP3と呼ばれるインフラマソーム(注6)の活性化から炎症性サイトカイン(注7)の放出に至る一連のシグナル伝達が関与していると考えています(図1)。私達はヒドロキシルラジカルが引き起こすミトコンドリアDNAの酸化を水素が抑制することが、下流の炎症性サイトカインの放出に至る一連のシグナル伝達の抑制に繋がる可能性が高いことを報告しました(図1)。
今回の水素が様々な疾患モデルに効果を示した文献調査や私達が過去に報告した水素がME/CFSやPost-COVID-19に効果を示す可能性を報告した文献を合わせて考察すると、水素はミトコンドリアの保護効果を介して各種疾患に有効性を示す可能性があることが示唆されました。
将来展望
現代医学の特徴は、人体を臓器の集合体としてとらえ、研究対象を臓器から細胞、分子、そして遺伝子へと細分化し、疾患に最も影響を与える要因を特定することにあります。しかし、多くの病気は単一の要因だけで引き起こされるのではなく、複数の要因や多種多様なメカニズムによって引き起こされます。水素は、様々な疾患の根本原因である活性酸素種と慢性炎症に作用し、ミトコンドリアの保護効果を介して多様な疾患に対して幅広い効果を発揮するため、現代医学の範疇から外れる物質です。ミトコンドリアの機能障害は、代謝性疾患や神経変性疾患のような多くの一般的な疾患で認められているため、水素のようなミトコンドリア機能を保護する物質は今後の医療に不可欠です。これらのことより、水素医療は将来の医療を変える可能性を持っています。
一方、水素医療の限界の1つは、水素が幅広い疾患の治療に使用されるため、患者が医師の指導なしに水素水や水素ガス吸入機を独自に購入して使用し、病状を悪化させる可能性があることです。多くの臨床研究が行われていますが、個々の疾患に対する用量・用法に関する研究は初期段階にありますので、個々の疾患に対する基礎的・臨床的研究はさらに必要であると思われます。さらに最近、水素の標的分子が中国の研究者によって同定されました。彼らは酸化型ポルフィリンが、水素と・OHとの反応を触媒し、酸化ストレスを軽減することを報告しました。しかし、水素の標的分子の研究はまだ初期段階にあります。また、水素の有効性のメカニズムも不明の点が多いです。今後は、水素の標的分子の研究を含むさらなる有効性のメカニズム研究が必要です。
論文
英文タイトル: Chapter 3: Prospects of Hydrogen Medicine Basted on its Protective Effects on Mitochondrial Function
タイトル和訳: 第3章 ミトコンドリア機能の保護効果に基づく水素医療の展望
著者名:平野伸一1、市川祐介1、佐藤文平1、武藤佳恭2,3、李小康4、佐藤文武1
所属: 1 MiZ株式会社・研究開発部、2慶應義塾大学、3 武蔵野大学・データサイエンス学部、4 国立成育医療研究センター・移植免疫部門
掲載書籍:Springer Nature Book:Molecular Hydrogen in Health and Disease
書籍URL:https://link.springer.com/book/10.1007/978-3-031-47375-3
チャプターURL: https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-031-47375-3_3
[用語解説]
注1(酸化ストレス):活性酸素は、細胞伝達物質や免疫機能として働く一方で、過剰な産生は細胞を傷害し、がんや生活習慣病など様々な疾患を誘発する要因となる。そのため生体内には、活性酸素種の傷害から生体を防御する抗酸化防御機構が備わっているが、活性酸素種の産生が抗酸化防御機構を上回った状態を酸化ストレスという。
注2(ミトコンドリア):真核生物の細胞小器官である。二重の生体膜からなり、独自のDNA を持ち、分裂および増殖する。ミトコンドリアDNAはATP合成(エネルギー合成)以外 の生命現象にも関与する他、酸素呼吸の場として知られている。
注3(真核生物):動物、植物、菌類(真菌)、原生生物など、身体を構成する細胞の中に細胞核と呼ばれる細胞小器官を有する生物である。一方、細胞核を持たない生物(細菌など)は原核生物と呼ばれる。真核生物のDNAは核膜の中にあるが、原核生物のDNAは細胞質内にむき出しの状態である。
注4(活性酸素種および活性窒素種):酸素または窒素が反応性の高い化合物に変化したものをそれぞれ活性酸素または活性窒素と呼ぶ。活性酸素または活性窒素の中でも酸化力が非常に強く細胞傷害を起こす分子にそれぞれヒドロキシルラジカルおよびペルオキシナイトライトがある。
注5 [ 筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)]:強度の疲労感と共に、微熱、頭痛、筋肉痛、脱力感、思考力低下などが持続する原因不明の病気で、現代医療では治療法がない。ME/CFSの国内の患者数は約8~24万人で、最近では新型コロナウイルス感染症に罹った後の後遺症(Post-COVID-19)もME/CFSの可能性が高いと言われている。
注6(NLRP3):複数のタンパク質からなる複合体で、細胞質内の異物(病原微生 物成分や尿酸結晶など)を宿主細胞に対する危険シグナルとして認識し、細胞内の シグナル伝達を介して炎症性サイトカインの遊離を行い、炎症反応の誘導や進展に 重要な役割を果たす物質をインフラマソームと呼ぶ。インフラマソームの中でも特にNLRP3は慢性炎症の誘発に重要な役割を示す。
注7(炎症性サイトカイン):サイトカインとは主に免疫細胞から分泌される蛋白質で、細胞間 の情報伝達を担っている物質である。サイトカインの中でも炎症症状を引き起こすものを炎症性サイトカインと呼ぶ。炎症疾患を起こす代表的なサイトカインにはインターロイキン(IL)-1βおよびIL-18がある。
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(2024/02/27 09:00)
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