Dr.純子のメディカルサロン

顕在化しない受刑者高齢化の問題点
~貧困、孤立、認知症で遠のく社会復帰~

 ◇窃盗で受刑する高齢者が多い理由

 窃盗で受刑する高齢者の多さは、他の先進国の状況とはかなり異なる、と野村教授は指摘します。

 ちなみに、英国における高齢受刑者の犯罪の内訳を見ると、性犯罪や暴力・薬物によるものが多く、窃盗は多くないとのこと。

高齢受刑者の数は横ばい傾向だが、全収容者数が減少傾向にあるため、高齢受刑者の割合が高くなっていることが分かる【野村俊明教授提供】

高齢受刑者の数は横ばい傾向だが、全収容者数が減少傾向にあるため、高齢受刑者の割合が高くなっていることが分かる【野村俊明教授提供】

 一方、調査した社会復帰センターの高齢受刑者には、確かに重大犯も2割ほど含まれていますが、多くは長年、配偶者や家族を介護、世話した末の犯罪といいます。

 こうした犯罪も、介護の抱え込みと行き詰まりをサポートすることで、防止できる可能性がある、と同教授は考えます。

 高齢者の貧困への介入や支援の日英の差が、状況の違いの背景にあるように思われるとのことです。

 ◇刑の種類が多様なフランス

 野村教授によれば、フランスでは、刑罰の執行の種類が多様です。60歳以上の高齢者には、教育刑や代替刑が科せられます。一律に同じように刑務所に入るという形の日本とは異なります。

 認知機能が低下した高齢者は、刑務所に入っても、再犯の抑制効果があまり期待できない。また、認知機能が低下し、貧困なままで社会に出れば、再犯の危険がある。野村教授はそう言います。

 刑務所が今後も、貧困・社会的孤立・精神障害などに苦しむ高齢者の受け皿にならざるを得ないのであれば、刑務所は自分の身の回りのことをする能力や、金銭管理・健康管理など社会生活能力の向上を目指す方向へと、処遇の目的を発想転換する必要がある、というのが同教授の考えです。

 ◇必要なのは支援体制

 野村教授の研究グループでは、地域における高齢者の反社会的行動を探る調査を行いました。都下の二つの地域で、地域包括の人たちにアンケートをして、迷惑行為について調べたのです。

ごみ屋敷(写真はイメージです)

ごみ屋敷(写真はイメージです)

 その結果、具体的に挙がったのは、ごみのため込み▽動物による迷惑行為▽共有部分の不適切使用といった生活自己管理困難▽付きまといや暴力・威嚇――だったといいます。

 さらに、こうした行為をする人は、賃貸住宅に住む一人暮らしの人が多く、人付き合いに乏しく、身体疾患や精神疾患をもともと持っている人や、認知機能が低下している人が多いことが分かりました。つまり、背景として高齢受刑者と共通点が多いということです。

 高齢受刑者の問題は特殊な人たちの問題ではない。孤立の背景には、貧困、認知機能低下、社会的孤立や支援不足などがある。従って、この問題には、地域医療や福祉を含めて取り組む必要がある。野村教授はそう考えます。

 「地域で迷惑行為を繰り返す高齢者」→「捜査・起訴」→「矯正施設」→「出口支援」→「地域生活」という一連の流れの中で、その都度、必要な支援を行える体制をつくることが絶対に必要、と同教授は強調しています。

 【取材後記】今、非正規労働をする若い世代では、年金を十分に得られないと、老後を心配する人が増えています。野村教授のお話を聞いて、高齢化する社会を心地よく、安全に暮らせるようにするには、高齢者が自己肯定感を失わずに生きられる支援が不可欠と痛感しました。そのためには、医療が行政を通じて地域と連帯しながら、高齢者のサポートをしたり、高齢者が経済的に自立するのを手助けたりする手段の確立や、情報へのアクセスを可能にするようなインターネットリテラシーの必要もあると思われます。行政がこうした問題に取り組む時期ではないかと思います。

(文 海原純子)


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