2024/11/13 05:00
「おひとりさま」の効用~ポジティブな孤独
昨年12月に取材させていただいた瀬古昴さんが4月13日、亡くなりました。前回の取材の時、執筆について話してくれましたが、悪性リンパ腫と生きる日々と家族との触れ合いをつづった著書「がんマラソンのトップランナー・ぶっとび伴走 瀬古ファミリー」が文芸春秋社から3月8日に出版されたばかりでした。
本の出版後、家族とともに撮影、海原さんに送信した【時事通信社】
本を書くことがこんなに楽しいことだったのか、こんなに楽しいことはこの数年間なかった、と言う昴さん。本が表参道交差点にある書店のウインドーに並んだ日、車いすで書店の前でご家族と一緒に写真を撮り、私に送ってくれました。本はアマゾンで一時品切れ状態になるほど反響を呼び、電子書籍化も決まったそうです。
この著書には、これまで骨髄移植、化学療法、放射線治療という多くの治療を受けながら、病と共に生きてきた日々が語られています。
私がすごいな、と感じるのは昴さんが決して自分を悲劇の主人公にせず、人をうらやましがらず、体調がいいわずかな時間を大事にして原稿を書き、ユーモアで乗り切っていることでした。中でも、ちばちゃんというニックネームのおばあさまとの笑いに満ちた会話の数々は、心温まるものです。著書には、こうした昴さんの日常のすべてが語られています。
私は医師としてではなく、友人として昴さんとお話しをしてきましたが、何度も昴さんに質問をしたものです。どうして人をうらやましがらないのか。何度も、寛解できるという希望の光が見えた後、また転移が見つかりうんざりしないのか、と。
すると、昴さんは「最初はうらやましいと思ったりしたけど、だんだん自分に与えられた人生を受け止めるようになったんです」と話してくれました。「小さなことで幸せが感じられるようになった」とも。
瀬古昴さんの著書【時事通信社】
本のタイトルはご家族全員で意見を出し合い決めました。表紙は好きなコーヒーや音楽とマラソンのイラストで明るく、病気を悲しいつらいだけのものではなく、その中をいかに幸せに生き抜くか、という昴さんの人生のテーマが象徴されています。原稿を書いて自分を客観的に見詰める、そして、つらい苦しい中にほんのわずかな光や幸せを見つけ出そうとする。そのプロセスが昴さんの人生のテーマであったように思います。
まだ30代、恋をしたり、スポーツをしたり、友達と遊びに行き、思い切り仕事をしたい年頃。自分の30代の頃を振り返ると、昴さんがいかに精神的に成熟しているかを話をするたびに思いました。業績を上げたり、会社で出世したり、何かで表彰されたり、ビジネスで成功したり、そうした目に見える形の業績ではない、宝物を昴さんから、たくさんもらっていたように思います。
3月末に腰椎への転移が分かり、放置すると尿管や腎臓を圧迫する危険があるということで、放射線治療を受けるために入院が決まりました。入院前の27日、昴さんと話をしました。次の本は何を書くかという相談でした。入院を充実した時間にします、というメールをもらったのが最後の連絡になりました。ほんのちょっと治療をして帰ってくると思っていたのですが。
4月13日、昴さんが病院から家に帰った日にお別れに伺いました。穏やかな表情の昴さんを見て本の一節を思い出しました。
もし魂だけの存在になって、天に帰っていくときに「ああ、やり切ったな。この人生はこういうことだったんだな」と、心底、本当に心底、納得できる状態でいたいな、と思います。
人生を生き切った、昴さん、たくさんの勇気をありがとう。
(2021/04/16 13:11)
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