2024/11/05 16:00
オイシックス・ラ・大地、東京慈恵医科大と共同臨床研究を開始
がん治療の化学療法時における、食事支援サービスの効果を研究
急速に高齢化が進んでいる現在、高齢化に伴う認知症の増加は世界的な課題とされています。運動の習慣、肥満や糖尿病などの生活習慣病の予防、社会的孤立の解消などが、認知症発症を遅らせる(予防の)可能性が示唆されていますが、科学的根拠となるエビデンスは不明のままです。
岐阜大学大学院医学系研究科の中川敏幸教授と再生医科学専攻博士後期課程の中川潔美大学院生らは、アルツハイマー病(注1)および肥満モデルマウスを用い、肥満の長期化に伴い海馬において小胞体ストレス(注2)が活性化すること、認知機能に重要な海馬神経新生(注3)細胞に発現するダブルコルチン(注4)mRNAが小胞体ストレス誘導性マイクロRNA(注5)により分解されることを確認しました(図)。本研究成果は、自然科学領域を対象としたオープンアクセス電子ジャーナルであるScientific Reportsに、日本時間 2022年1月19日(水)に公開されました。
今回の結果に基づいて、認知症発症の予防法と進行のメカニズムの基礎的研究開発を目指します。
図.研究成果の概要図
ヒトの海馬歯状回では1日700個のニューロンが生まれます(1年間に歯状回ニューロンの1.75%は新生ニューロンに置き換わります)[(健康の海馬)黄色:神経幹細胞;緑色:ダブルコルチン陽性未分化神経細胞;赤色:成熟神経細胞]。
加齢にて海馬神経新生が低下しますが、健康人に比べアルツハイマー病ではダブルコルチン陽性細胞数の減少がさらに進みます。また、アルツハイマー病の予備群と考えられる軽度認知障害でも海馬神経新生の減少を認めます。
本研究では、長期肥満マウスのダブルコルチン陽性細胞の神経突起が短くなり、分化の阻害が示唆されました。また、小胞体ストレスによりマイクロRNAが増加し、ダブルコルチンmRNAの分解を認めました。なお、マイクロRNAの標的遺伝子データベースから、miR-129b-3pはダブルコルチンmRNAの 3′UTRに結合することが示唆されています。
【社会的背景と研究の経緯】
現在日本では、高齢者の25%が認知症またはその予備軍とされ、認知症有病率は85歳以上で年齢とともに40%から80%に増加します。さらに、超高齢化社会を迎える日本においては、認知症との共生および発症を遅らせ進行を緩やかにする予防法の開発が喫緊の課題です。認知症に対する運動の効果として、マウス海馬歯状回の神経新生と脳由来神経栄養因子の誘導が期待されています。しかし、認知症発症の危険因子について、神経新生への作用機構を示したエビデンスはほとんどありません。
そこで、高齢者の認知症発症に、運動不足(寄与率:3%)や肥満・糖尿病(各寄与率:1%)が関与することが示唆されていることから、長期の肥満マウスを作製し、海馬神経新生への作用の検討を行い、神経新生細胞の分化に対する長期肥満の作用機構を調べました。
【研究の内容・意義】
まずアルツハイマー病モデルマウス(図A)と野生型マウスに高脂肪食の餌を長期間(各43週間、67週間)与え、長期間継続する肥満・糖尿病マウスを作製しました。また、レプチン受容体欠損マウスは6週齢で肥満を認め60週齢までのマウスを解析しました。長期肥満マウスの認知障害を物体位置認識試験(図B)にて解析したところ、移動させた物体の探索時間が有意に短くなり、行動の異常を確認しました。
さらに、長期肥満マウスの海馬において、小胞体ストレスシグナルの活性化をウエスタンブロットと免疫組織染色にて確認し、未分化神経細胞に特異的に発現するダブルコルチンの神経突起が長期肥満マウスにおいて短いことも確認しました(図C)。
また、マウス海馬から神経幹細胞を培養し、分化中の細胞に小胞体ストレス刺激を行い、ダブルコルチンの発現を調べると、ダブルコルチンのmRNAが減少することが分かりました。この減少がDicerのノックダウンにて回復することから、小胞体ストレス刺激後にRNA抽出を行い、マイクロRNAシークエンシングにてコントロールと比較しました。すると小胞体ストレス刺激をした未分化神経細胞にて、miR-148a-5p, miR-129b-3p, miR-135a-2-3pの発現増加とmiR-1247-3pの減少を認めました(図D)。
【今後の展開】
今回の結果に基づいて、「海馬神経新生-小胞体ストレスの活性化―マイクロRNAの発現-ダブルコルチンmRNAの分解」を認知症の発症を遅らせ進行を緩やかにするターゲットとし、このシグナル経路を制御する方法の開発を目指します。
本成果が、潜在的に予防可能な認知症発症危険因子の病態解明への一助になることを期待します。
【用語解説】
注1)アルツハイマー病
認知症の60-80%を占め、アルツハイマー病脳では神経原線維変化(神経細胞内)とβ–アミロイドが特徴です。β–アミロイドは発症の十数年前から沈着(神経細胞外)すること分かっています。発症初期には、エピソード記憶の障害、無気力やうつ症状も見られることがあります。
注2)小胞体ストレス
小胞体は、細胞内小器官の一つで細胞質内カルシウム濃度の調節や膜タンパク質と分泌系タンパク質の翻訳・糖鎖修飾に関与しています。合成されたタンパク質はジスルフィド結合により高次構造をとり折りたたまれますが、折りたたみに異常が起こると正常に戻すための三つのシグナルが発信されます。それぞれのシグナルには、PERK、ATF6、IRE1タンパク質が活性化し、翻訳抑制と小胞体シャペロン遺伝子等の発現がみられます。
注3)海馬神経新生
1955-1963年の核実験(大気圏)に伴う大気中14C(放射性降下物)の急激な上昇により海馬ニューロンにも14Cの取り込みを認めたことから、海馬歯状回の顆粒(かりゅう)細胞においてヒトで神経新生を認めることが知られ、ヒトでは1日700個のニューロンが新生(1年間に歯状回ニューロンの1.75%は新生ニューロンに置換)することが分かりました。また、ダブルコルチン免疫組織染色により、アルツハイマー病でダブルコルチン陽性細胞数が減少することが知られています。
注4)ダブルコルチン
微小管結合タンパク質で細胞移動に関与することが示唆されています。X連鎖滑脳症・二層皮質症候群(X-linked lissencephaly and double cortex syndrome)の原因遺伝子として同定され、ダブルコルチン変異雌マウスは海馬機能の障害を示します。
注5)マイクロRNA
ゲノム上にあり、多段階で生成されたタンパク質をコードしない20-25塩基のRNAで、メッセンジャーRNA(mRNA)に結合し、mRNAの分解、翻訳抑制、ポリA鎖分解等により、その遺伝子発現を抑制します。
【参考図】
図A
図A.アルツハイマー病モデルマウスの体重変化
25-27週齢マウスに高脂肪食(HFD)とコントロール食(standard)を与え、長期肥満マウスを作製しました。
図B
図B.物体位置認識試験
3物体の位置をマウスに覚えさせ(左)、2分後にひとつの物体の位置を移動したケージにマウスを移し、物体の探索時間を解析しました。
(コントロール餌を与えたマウス(上段);高脂肪食を与えたマウス(下段))
図C
図C.ダブルコルチン(Dcx)の免疫組織染色(海馬歯状回)
レプチン受容体欠損(db/db)マウスとコントロールマウスの5週齢(上段)と45週齢の染色像(右)。A(突起なし)からF(長い成熟した突起)神経突起を示す細胞の割合(左)を示す。
(Dcx(緑);核染色(青))
図D
図D.マイクロRNA(miRNA)シーケンシング:Volcanoプロット
マウス海馬神経幹細胞を分化5日目に 0.23 mMタプシガルギン(Tg)またはDMSOを6時間処理後、培養液を交換しさらに6時間後にRNAを抽出しました(各n=3)。miRNAシーケンシングを行い、リードの正規化(CPM: Count per Million)後にFDR (False Discovery Rate) < 0.05にて発現変動量を比較(FC: Fold change)しました。(Tg処理で発現が増加したmiRNA(●);低下したmiRNA(●))
【論文情報】
著者:Kiyomi Nakagawa, Saiful Islam, Masashi Ueda, Toshiyuki Nakagawa
タイトル:Endoplasmic reticulum stress contributes to the decline in doublecortin expression in the immature neurons of mice with long‑term obesity
雑誌名:Scientific Reports, 12,1022, 2022
DOI番号:10.1038/s41598-022-05012-5
論文公開URL:www.nature.com/articles/s41598-022-05012-5
Shortened URL : https://rdcu.be/cFhKb
【研究者情報】
(責任著者)
教授 中川 敏幸
岐阜大学大学院医学系研究科 神経生物学分野
(筆頭著者)
大学院生 中川 潔美
岐阜大学大学院医学系研究科 再生医科学専攻博士後期課程
(2022/01/26 14:37)
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