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全身の筋肉が動かなくなる難病、筋ジストロフィー患者病棟の実態調査で、病院スタッフに虐待された経験があると答えた入院患者が3割に達することが分かった。地域で暮らす難病当事者らが調査に乗り出し、病棟内の抑圧された生活環境が浮かび上がった。調査報告書は「病棟の閉鎖性や人手不足など構造的な問題がある」と指摘している。(時事通信大阪支社 山中貴裕記者)
記者会見する「筋ジス病棟の未来を考えるプロジェクト」のメンバー
◇ナースコール「ためらう」
筋ジス病棟の歴史は1964年に始まる。患者家族の訴えを受け、戦前から結核患者を収容してきた国立療養所に筋ジス患者を受け入れる病棟ができた。現在全国に26病院あり、約2000人が入院する。
調査を実施したのは難病当事者や研究者、医療従事者などでつくる「筋ジス病棟の未来を考えるプロジェクト」。2019年2月~20年9月に、18病院の入院患者計58人(男性48人、女性10人)から対面やオンラインで回答を得た。
回答者の年齢は20~78歳で、平均の入院年数は約18年。疾患別では筋ジス患者が40人で、脊髄性筋萎縮症(SMA)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの患者も含まれていた。
調査報告書によると、病院スタッフから虐待を受けたことが「ある」と答えたのは19人で、「ない」は37人だった。「虐待を受けた」「見たことがある」と答えた患者は17病院におり、ほぼすべての病院で回答があった。
具体的な内容として「蹴る殴るの暴力。口に粘着テープを貼られた」「同室の人に看護師が手を上げたのを見た」といった身体的な虐待だけでなく、「脅され、威嚇される」「言葉の暴力は常にある」など心理的虐待や放置(ネグレクト)が疑われる事例も多数あった。
またナースコールについて、手の届かない場所に置かれたことがあると25人が回答した。患者は食事や排せつだけでなく、体位変換やたんの吸引などさまざまな介助が必要で、ナースコールは「命綱」に当たるが、「押すのをためらう」「ややためらう」と7割が答えた。コール後の最長の待ち時間は30分が9人と最も多く、「来なかったことがある」も11人いた。
◇長期入院、感覚まひも
こうしたケースが起きる構造的な背景について、外部の目が届きにくい病棟の閉鎖性があると分析。「(虐待的な対応を)患者側が当たり前と捉えるなど、感覚がまひしている部分もある」「身の安全が保障されない環境で患者が声を上げるのは困難」とも指摘した。
排せつについては、時間が決まっていると6割が答え、「おむつに排尿、排便しても決められた交換時間まで待たないといけない」「職員に皮肉を言われる」といった声もあった。
院外への外出については、「(公的サービスの)重度訪問介護を利用し、ほぼ毎週買い物や友達の家に行く」と答えた患者がいる一方、3割が「外出していない」と回答した。その理由として「外出したくても介助してくれる人がいない」「呼吸器使用者への制約が多く、介助者や車などの調整が大変」といった声もあり、患者の置かれた状況に差が見られた。
◇人手不足のしわ寄せ
同プロジェクトは21年10月、京都市内で記者会見し調査結果を公表した。日本自立生活センターの大藪光俊さん(27)は病院スタッフを責める調査ではないと前置きしつつ、「夜間に看護師1人が休憩を取る際、残る1人で50人弱の患者をケアする病院もある。きめ細かなケアは困難で、しわ寄せが患者にきている」と指摘した。
今回の調査は、地域で暮らす難病当事者らが病棟を訪れて入院患者の声を引き出した点に大きな特徴がある。難病や障害のある人が施設を出て地域で暮らす際は、同じ当事者が本音を引き出して励ます「ピアカウンセリング」が重視されている経緯がある。
大藪さんはSMAを患うが、ヘルパーの24時間介助を利用して京都府内で1人暮らしをする。「障害者権利条約で明記された地域生活の理念が筋ジス病棟には届いていない。社会資源の拡充と合わせて進める必要がある」と訴えた。
調査では、女性患者の置かれた複合差別についても焦点を当てた。「入浴介助に初めて男性職員が来た時は泣いた」といった回答を得たほか、性的虐待についての証言もあった。
厚生労働省のガイドラインは、本人の意思に反した異性介助を繰り返すことは心理的虐待に当たると明記する。遠位型ミオパチーを患う岡山祐美さん(42)は会見で「女性の尊厳を傷つける異性介助が長年続いている。長期入院の女性は声を上げにくく、早急に改善すべき問題だ」と求めた。
オンラインで会見に登壇した札幌市の吉成亜実さん(28)は、中学生の頃から15年間入院した筋ジス病棟について、「人員が切迫しており、望まない異性介助は当たり前だった」と振り返った。
自炊に挑戦する島野将太さん(本人提供)
◇筋ジスの青年、地域へ
筋ジス病棟とは異なるが、長年暮らした障害児施設を出て地域生活を始めた筋ジスの青年もいる。大阪市の島野将太さん(19)は21年5月、家族や施設職員の後押しもあり、ヘルパーを利用しながらマンションで1人暮らしを始めた。
病気の進行が早いデュシェンヌ型。4歳から障害児施設で育ったが、5人部屋での生活は制限が多かった。食事や入浴、消灯の時間は決まっており、日中は施設内の特別支援学校に通った。外出できるのは年に数回だった。
施設を出て1人暮らしをする先輩に憧れて決意を固めた。施設で毎日実施していたリハビリは、ヘルパーの時間数が足りず週2回に減った。移動に電動車椅子を使うが、ベッドからの移乗時には体に痛みもある。
それでも自立して初めてスマートフォンを持てたのがうれしかった。時間を気にせずに自宅でゲームをしたり、ユーチューブで動画を見たりするのが楽しい。「夜更かしもできるし、外出許可を取らずに映画に行けるようになった。アニメが好きなので秋葉原に行ってみたい」と希望を語った。
島野さんの1人暮らしを支援する自立生活センター「ムーブメント」(大阪市)の前島慶太事務局長は「地域で自分らしく暮らすことが可能だと、施設や病院で暮らす当事者に知ってもらうのが重要だ」と話している。(時事通信社「厚生福祉」2022年02月04日号より転載)
(2022/03/28 05:00)
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