話題

一歩踏み出して違いを楽しもう
~パラリンピック閉会式のその先へ~

 多くの障害者アスリートが活躍し、社会の多様性への関心も高まった東京パラリンピック。閉会式では障害の有る人、無い人が混然一体となって華やかなステージを繰り広げた。車椅子ドラムのパフォーマンスで出演した車椅子ユーザーの小澤綾子さんと中嶋涼子さんが、その経験を今後につないでいこうと、「Enjoy Your Difference 違いを楽しもう」と題したイベントを東京都内で開催し、「違いが楽しいという社会を一緒につくろう」と呼び掛けた。

パラリンピックの閉会式から新たな交流が生まれた

パラリンピックの閉会式から新たな交流が生まれた

 ◇パラ閉会式の出演者が集結

 8月24日から13日間にわたって開催されたパラリンピックを締めくくった閉会式のテーマは「すべての違いが輝く街」。東京・渋谷のスクランブル交差点に個性豊かな若者たちが集い、パラリンピックに触発された心情を光と音楽とダンスで構成されたパフォーマンスで表現した。

 その様子をスタイリッシュにまとめたダイジェスト映像の上映から始まったイベントには、パラ閉会式に出演した管楽器ガールズユニット「MOS」、スティルトパフォーマンスチーム「BiG Roots」、脳出血の後遺症のため左腕だけでギターを弾く「片腕のギタリスト輝彦」こと湯上輝彦さんらが集結。生まれつき左腕がなく、難聴や側弯症も抱える大学生の秦優人さんを進行役に迎え、手話通訳や音声ガイドも用意して、MOSの演奏、中嶋さんの講演、小澤さんのトークと歌など盛りだくさんのプログラムで閉会式の熱気を再現した。

「パラリンピック閉会式の本番で、やっと人とは違う自分を受け入れて楽しめるようになった」と語る中嶋涼子さん

「パラリンピック閉会式の本番で、やっと人とは違う自分を受け入れて楽しめるようになった」と語る中嶋涼子さん

 「車椅子インフルエンサー」を名乗り、車椅子ユーザーの視点から障害者と健常者の相互理解に向けた啓発に取り組む中嶋さんは、9歳の時に小学校の校庭で鉄棒遊びをしていて着地した瞬間から足が動かなくなり、車椅子生活に。講演では、自分だけ車椅子でカッコ悪い、恥ずかしいと引きこもっていた小学校時代の思い、映画「タイタニック」に魅了されて留学した米国でのバリアフリー体験、車椅子の仲間と出会って始めた啓発活動などについて話し、「性別、年齢、国籍、宗教、文化、性的志向の違う人たちを認め合って共に暮らしていく『インクルーシブな社会』が、まさにパラリンピックの閉会式にあった。パラが終わったら終わってしまうのではなく、いろんな人に伝染させていってほしい」と訴えた。

 外資系IT企業に勤めながらシンガー・ソングライターとしても活動する小澤さんは、小学生の頃から思うように体が動かなくなった。体育の授業や運動会でうまく走れなくなるなど、人と同じことができなくなって、「恥ずかしい」「消えてなくなりたい」と思ったこと、20歳の時、筋肉が次第に弱っていく筋ジストロフィーと診断された時には、「悪かったのは自分ではなく、病気のせいだったと思ってホッとした」などと振り返った。

「多くの人にバリアフリーを伝えるには話すだけより歌うと伝わりやすいと気付いた」と話す小澤綾子さん

「多くの人にバリアフリーを伝えるには話すだけより歌うと伝わりやすいと気付いた」と話す小澤綾子さん

 その後、生きる意味を見いだせず苦しんでいた時、同じように障害を持つ中嶋さんらと出会い、つらさを打ち明けられるようになって救われたという。筋ジスは進行性の病気のため、3年前から車椅子に乗るようになったが、「一歩踏み出せば、ちょっと考え方を変えるだけで、いろんな人に出会い、人生が変わっていく」と実感を込めた。

 2人は2018年から3人組車椅子ユニット「BEYOND GIRLS」のメンバーとして、バリアフリーイベントやメディアに出演するなどの活動を進めてきたが、もう一人のメンバーの梅津絵里さんが体調を崩したため活動休止。この日は入院していた梅津さんも飛び入りで参加して現状を報告し、ユニットのテーマソング「Beyond Everything」などをみんなで歌った。

 ◇違いを越えて

 小澤さんと中嶋さんにとってパラリンピック閉会式の大舞台は新たな気付きの場でもあった。2人は車輪にドラムが組み込まれた車椅子に乗り、他の出演者のパフォーマンスに合わせて演奏。リハーサルでは苦労も多かったという。「指揮者にもっと手を上げて、もっとリズムを刻んでと言われたけど、足が動かしづらいからすごくつらくて。毎日鏡を見て、どうやったらカッコ良くなるか、綾子と2人で自主練した」と中嶋さん。

車椅子ドラムで参加閉会式のパフォーマンスについて話す中嶋涼子さん

車椅子ドラムで参加閉会式のパフォーマンスについて話す中嶋涼子さん

 小澤さんも「ステージングアドバイザーに『あなたにしかない表現があるだろうから見つけて』と言われてスイッチが入った。テレビを見た人から『カッコいい』と言われて、すごくうれしかった」と語る。「小さい頃から人との違いにずっと苦しんできて、人と違うことが恥ずかしかった。でも一人ひとりが違っていていいという世界、これからの未来をつくりたいと思わせてくれたのがパラのステージでした」

 約100人が参加したイベントの会場は、19年にリニューアルオープンした東京都豊島区のとしま区民センター。「できたばかりだから、エレベーターもスロープも付いてバリアフリーだしトイレも広い。でも1カ所だけバリアーがある」と観客に問い掛けた小澤さん。それは、ステージに上がるためのスロープがないこと。「会場にお客さんとして車椅子の人が来ることは思っているけど、まさかステージに上がる車椅子の人がいるとは想定していなかったのかな。これからステージを作る方はスロープを作ってくださいね。マイノリティーは、いろんな所で忘れられがち。それを私たちがどんどん前に出て変えていきたい」と力を込めた。(了)


【関連記事】


新着トピックス