2024/12/24 12:48
日本国際保健医療学会第43回西日本地方会のご案内
研究成果の概要
名古屋市立大学大学院医学研究科 脳神経科学研究所の野村洋寄附講座教授らは、北海道大学大学院薬学研究院の南雅文教授との共同研究で、脳内のヒスタミン量を増やす薬によって脳活動が調節されるしくみを明らかにしました。体内でアレルギーに関わる物質として知られるヒスタミンですが、脳においては覚醒や認知機能に重要です。本研究成果は、脳内ヒスタミンの働きの解明に有益であると共に、認知機能障害や睡眠障害の治療薬開発の一助となることが期待されます。
【背景】
アレルギー関連物質として働くヒスタミンは脳内にも存在し、神経細胞が情報をやりとりするために使われます。そして脳内のヒスタミンは覚醒状態の維持や、認知機能に関わると考えられています。例えばヒスタミンの働きを抑える抗ヒスタミン薬はアレルギーの治療に用いられますが、脳内に移行すると眠気を引き起こしたり、記憶成績を低下させたりします。本研究グループはこれまでの研究で、脳内のヒスタミンを増やす薬によって、忘れてしまった記憶が思い出せるようになることを明らかにしてきました。そのため、こうした薬はアルツハイマー病などの認知機能障害の治療薬になりうると考えられますが、実際に脳の活動をどのように調節するのかは分かっていませんでした。
【研究の成果】
本研究では、カルシウムイメージングと呼ばれる方法を用いて、マウスの嗅周皮質に含まれる数十個の神経細胞の活動を、同時に、リアルタイムに観察することに成功しました。そして脳内のヒスタミン量を増やす薬物であるヒスタミンH3受容体拮抗薬ピトリサントをマウスに投与し、神経活動の変化を解析しました。その結果、ピトリサントの投与は嗅周皮質の神経活動全体には影響を与えませんでした。しかし、一つ一つの神経細胞を区別してみると、ピトリサントは一部の神経細胞の活動を大きく上昇させる一方、別の一部の神経細胞の活動を大きく減少させることを見いだしました。そして、活動が上昇した細胞は、他の細胞たちと同期して活動しやすいことがわかりました。神経細胞の同期活動は、脳内の情報伝播や記憶に重要であることが分かっています。ピトリサントは脳内のヒスタミンを増やし、一部の神経細胞の同期活動を高めることで、記憶・学習を促進する可能性が考えられます。
図1.本研究の手法と成果
A. 数十個の神経細胞の活動を同時かつリアルタイムに測定し、ピトリサントによる神経活動の変化を解析した。
B. ピトリサントによって一部の神経細胞の活動が大きく上昇し、それら細胞同士の同期活動が増加した。一方、別の一部の神経細胞の活動は大きく低下し、全体の活動量は維持されていた。
【研究のポイント】
・本研究グループはこれまでに、脳内のヒスタミンを増やす薬によって、忘れてしまった記憶が思い出せるようになることを明らかにしてきました。
・本研究では脳内のヒスタミンを増やす薬ピトリサントが、一部の神経細胞の活動を大きく上昇させる一方、別の一部の神経細胞の活動を大きく減少させることが明らかになりました。
・また、活動が上昇した細胞は、他の細胞と同期して活動しやすいことが明らかになりました。
・こうした一部の神経細胞の同期活動の上昇が、記憶・学習の促進に寄与する可能性が考えられます。
【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】
脳内のヒスタミンの働きを弱める薬は眠気を引き起こし、記憶成績を低下させる一方、脳内のヒスタミンの働きを強める薬は記憶・学習を促進する可能性が提唱されています。そのため、本研究のように脳内のヒスタミンの働きを明らかにすることは、薬の副作用のメカニズム解明やアルツハイマー病など認知機能障害の治療薬開発に結びつきます。今後、本研究で発見した一部の神経細胞の同期活動を選択的に操作することで、同期活動と記憶・学習の促進との関連が明らかになると期待されます。
【用語解説】
*1 ヒスタミン:生体内物質の一つで、血液中に過剰に分泌されるとアレルギー症状を引き起こす。脳では神経細胞同士の情報のやりとりに使われ、覚醒状態の維持や食欲、記憶などを調節する。
*2 カルシウムイメージング:神経活動を測定する手法の一つ。特に、多数の細胞の活動を区別して、同時に測定することができる。
*3 ピトリサント:ヒスタミンH3受容体の働きを阻害して、脳内のヒスタミン量を増やす薬(ヒスタミンH3受容体拮抗薬)。アメリカ、ヨーロッパでは、過眠症の一つであるナルコレプシーの治療薬として使われている。
*4 嗅周皮質:脳の領域の一つで、物体を認識して記憶する際に働く。
*5 同期活動:複数の神経細胞が同じタイミングで活動すること。脳内で情報を効率よく伝えたり、過去の出来事を覚えたり、思い出したりすることに重要と考えられている。
【研究助成】
本研究は、文部科学省・日本学術振興会科学研究費補助金(20H03551、20K21557、20H05045、21H00296)などによる助成を受けて行われました。
【論文タイトル】
The impact of pitolisant, an H3 receptor antagonist/inverse agonist, on perirhinal cortex activity in individual neuron and neuronal population levels
【著者】
平野匡佑1,2、森下良一1、南雅文2、野村洋1,2
所属
1 名古屋市立大学大学院医学研究科 脳神経科学研究所 認知機能病態学寄附講座
2 北海道大学大学院薬学研究院 薬理学研究室
【掲載学術誌】
学術誌名:Scientific Reports
DOI番号:10.1038/s41598-022-11032-y
【研究に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 大学院医学研究科 寄附講座教授 野村 洋
住所 名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
TEL:052-853-8381
E-mail:hnomura@med.nagoya-cu.ac.jp
【報道に関するお問い合わせ】
名古屋市立大学 病院管理部経営課
名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
TEL:052-858-7114 FAX:052-858-7537
E-mail:hpkouhou@sec.nagoya-cu.ac.jp
北海道大学 社会共創部広報課広報・渉外担当
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