教えて!けいゆう先生

たとえ体がつらくても手術後に安静にしていてはいけない理由 外科医・山本 健人

 私が医師になって7年目の時、初めて自分自身が入院を体験しました。全身麻酔手術を受け、その後、3週間以上にわたる長期の入院でした。

 生まれて初めて「入院患者」を体験したことで、さまざまな驚きがありました。

手術直後のまだ不安定な状態のときは、必ず看護師らに付き添ってもらって無理のない範囲で行うようにします【時事通信社】

 中でも私が強く思い知ったのが、「手術の翌日は体がしんどい」という事実です。当たり前のことなのですが、お恥ずかしいことに、この「しんどさ」は自分で体験して初めて実感できるものでした。

 ◆特に高齢者は注意が必要

 私は外科医として日頃、手術を受けた患者さんに「離床」を強く勧めています。

 「離床」とは、その名の通り「床を離れること」。つまり、ベッドに寝ているのではなく、積極的に起き上がって座ったり、歩いたりすることです。

 かつては、手術を受けた後は、体を安静にするのが当たり前でした。しかし近年では、可能な限り早めに離床することが、体の回復には有効であると知られるようになりました。

 特に高齢者は、ベッド上での生活が長くなるほど足腰が弱くなり、時に取り返しがつかなくなります。もともと元気に歩けていた人が、手術、入院を契機につえが必要になる、車椅子が必要になる、寝たきりになる、といったことが、少なからず起こるからです。

 見た目は元気でも、高齢者の体は年相応に老いています。ギリギリのバランスで保たれていた体の機能が、ある時をきっかけに一気に崩れる様子を、医療や介護に関わる専門家たちは、何度も目の当たりにしています。

 ◆術後は積極的に離床

 こうした問題を防ぐため、術後には積極的に離床を勧めるのが、今の医療現場の習慣です。患者さんによっては、術前からリハビリを行うことで、手術による体へのダメージを軽減します。場合によっては、リハビリの専門家である理学療法士のサポートを得ることもあります。

 とにかく、術後の離床は、外科診療の現場で非常に重視されているのです(もちろん下半身の骨や関節の手術など「術後に安静が求められる手術」は除きます)。

 こうした背景もあって、医療者たちは患者さんに「ベッドで横になるのは避けて、どんどん歩いてください」と、強めに求めるのが常だと言えます。

 ◆一方的な押し付けでなく

 ところが、自分自身が手術を受けてみると、これがそう簡単ではありません。

 全身麻酔で手術を受けた体は、とてつもなく重い。離床の重要性は医学的に理解していますから、何とか体にむちを打って歩くのですが、これが非常につらいものでした。

 それ以後、自分よりもはるかに年上の高齢者が、手術翌日にしっかり歩行している姿を見ては、感嘆するようになりました。何でも、体験しないと分からないものです。

 術後の離床が大切であるという事実に変わりはありませんが、「医学的な正しさ」を一方的に押し付けるのではなく、患者さんのつらさに配慮した声掛けが大切なのだろうと思っています。

(了)

 山本 健人(やまもと・たけひと) 医師・医学博士。2010年京都大学医学部卒業。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医、ICD(感染管理医師)など。Yahoo!ニュース個人オーサー。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、開設3年で1000万PV超。各地で一般向け講演なども精力的に行っている。著書に「医者が教える正しい病院のかかり方」(幻冬舎)、「すばらしい人体 あなたの体をめぐる知的冒険」(ダイヤモンド社)など多数。

 

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