教えて!けいゆう先生

病気の実体験から学んだこと
~医師が患者になって~ 外科医・山本 健人

 私が生まれて初めて入院し、全身麻酔手術を受けたのは、今から4年ほど前のことです。

 それまで私は、自分自身が入院や手術を経験したことは一度もなく、その一方で、医師として多くの入院患者さんと関わり、手術に携わってきました。

 自分が初めて「患者」になった時、これまで気付かなかった意外なつらさがあることを思い知りました。


 ◇テープ剥がし

 例えば、皮膚に貼るテープは、相当ゆっくり剥がさないと、意外なほど痛いものです。

看護師さんはいつも忙しそう(写真はイメージです)【時事通信社】

看護師さんはいつも忙しそう(写真はイメージです)【時事通信社】

 大事な管が抜けてしまわないよう固定するなどの目的で、粘着力がそれなりに強いためです。

 一見、ささいなことのように思えますが、自分が患者になってみると、意識的にゆっくり剥がしてくれるスタッフと、そうでないスタッフがいることに気づきます。

 むろん後者であっても、皮膚に何かのダメージが加わるほどぞんざい、というわけでは、決してありません。

 しかし、患者にとっては、ほんの小さな心遣いでも、容易に感付くことができる。そのようなことが、患者の立場になって分かったのです。

 ◇ナースコール

 こうした小さな気付きは、他にもありました。

 例えば、「ナースコールは予想以上に頻繁に押したくなるものの、実際には押しにくい」という事実です。

 入院中は、たとえ小さなことでも、自力でできないことや、医療スタッフの手を借りたい場面がかなりたくさんあります。普段なら簡単にできることができず、情けなさにフラストレーションがたまるのです。

 私は右肩の手術を受け、利き腕が完全に固定された状態でしたから、ただの着替えさえも、一人ではできませんでした。

 しかし、看護師が忙しそうに動き回っているのを見ると、そう気軽にナースコールは押せないものです。

 そこで、まずは看護師が“偶然”病室に訪れるのを待ってみます。待てないときは、なるべく忙しくなさそうな時間を狙って、勇気を出して押す。そんな具合です。

 むろん、相手が医師の場合も同様です。忙しそうな様子で病室に診察に来ると、長い時間、引き止めるのは、はばかられるのです。

 ◇体験自体は医療のごく一部

 こうした経験から、自分が医師として患者さんと接するとき、単に「困ったときは、いつでもお声掛けください」と伝えるだけでは不十分かもしれない、と思うようになりました。

 もしかしたら、言葉にはできない困難があるかもしれない。何となく解決しない疑問があるかもしれない。そう感じたからです。

 とはいえ、良い医療を提供するには「患者」を経験する方がいい、とまでは思いません。
誰かの経験から得た知識は、教育を通じて伝えることができるからです。

 そもそも私が体験したものは、医療の「ごく一部」に過ぎません。多くの人の体験を集約し、それを技術として昇華し、後進に伝えることが大切なのだと思います。

 私自身もまた、自らの体験を日々、後輩への教育に生かしています。

(了)

 山本 健人(やまもと・たけひと) 医師・医学博士。2010年京都大学医学部卒業。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医、ICD(感染管理医師)など。Yahoo!ニュース個人オーサー。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、開設3年で1000万PV超。各地で一般向け講演なども精力的に行っている。著書に「医者が教える正しい病院のかかり方」(幻冬舎)、「すばらしい人体 あなたの体をめぐる知的冒険」(ダイヤモンド社)など多数。

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