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マンモス復活と生殖医療
~胚培養士に聞く~

 胚培養士(エンブリオロジスト)という職業を知っていますか? 2022年4月に保険適用された不妊治療を医師と共に支えるのがエンブリオロジストで、漫画週刊誌でもエンブリオロジストを主人公とする連載が始まった。マンモス復活という壮大なプロジェクトに魅せられ、生殖医療の道を歩んだ奥平裕一さんにインタビューした。

顕微授精中の女性スタッフ

 ◇卵子と精子を扱う

 奥平さんは近畿大学生物理工学部で発生(生殖)工学を学んだ後、岡山大学大学院環境生命科学研究科でヒトや動物の未成熟卵子を体外で成熟させる研究などに関わった。東京と大阪に拠点を持ち、不妊治療を行う医療法人オーク会に所属する。まず知りたいのがエンブリオロジストの日々の活動だ。

 「卵子と精子を扱うのが仕事です」

 医師が採取した卵胞液から 卵子を採取。シャーレ内で精子と卵子を混合培養して受精を促進する。これが体外受精だ。二酸化炭素(C02)や酸素濃度などを生体内に近い状態に保つ必要がある。また、顕微鏡の下で卵子に精子を注入する顕微授精という方法もある。

オーク会の培養室

 ◇35歳が節目に

 卵子が受精して受精卵になった後、細胞分裂を繰り返して受精卵が子宮に着床できるような状態になっていく。「胚は受精後に発育を開始し、早くて培養5日目、遅くても培養6日目で胚盤胞へと育つ。胚移植では、胚盤胞が用いられることが主流だ」と説明する。

 1回で成功しない場合は何回か繰り返す。重要な要素は年齢だ。女性の年齢が比較的若ければ、受精も胚の発育も順調にいく。しかし、高齢になるほど胚の発育は悪く、妊娠率も下がる。日本産科婦人科学会によると、1回の移植当たりでの妊娠率は20代から30代前半までは45%前後だが、36歳で40%に低下。その後、年齢とともにどんどん下がっていく。一方で、流産率は35歳を超えると大きく上がっていく。奥平さんは「35歳が大きな節目だ」と指摘する。

 ◇丁寧に慎重に

 「週刊ビッグコミックスピリッツ」で22年、エンブリオロジストをテーマにした漫画の連載が始まった。「胚培養士ミズイロ」である。これによって、生殖補助医療に関わる専門技術者の認知度が高まるかもしれない。

 エンブリオロジストにとって最も大切なことは何だろうか。

 「卵子と精子は命のもとだ。患者さんの卵子と精子を取り違えてはならない。だから、丁寧に慎重に扱う」

 奥平さんはこう力説する。

 ◇治療成績に影響するスキル

 エンブリオロジストのスキルは不妊治療の成績に影響する。エンブリオロジストの資格を認定する団体には、一般社団法人日本卵子学会と日本臨床エンブリオロジスト学会の二つがあるが、国家資格ではない。資格を持たなくても業務に従事できるため、クリニック間で知識や技術に差があるという。

 受精の確認や胚の培養、卵子および精子、胚の凍結保存と融解などエンブリオロジストの業務は多い。クリニックによって差はあるが、一人前になるまでの目安は3年とされている。オーク会では廃棄することになった精子や卵子を用いるなどトレーニングを工夫している。

胚培養士の奥平裕一さん

 ◇患者とのコミュニケーション

 エンブリオロジストが「裏方」に徹しているクリニックも多いが、オーク会では、採卵や培養の結果を伝えるなど患者とのコミュニケーションに力を入れている。奥平さんは患者に説明した際に「『分かりやすかった』『また説明をお願いしたい』という言葉をもらうとやりがいを感じる」と話す。一方で難しいのは、治療成績が良くない場合だ。「どう説明すればよいのか、患者とのコミュニケーションに悩む」と言う。

 ◇夢の延長

 子どもの頃に恐竜が大好きで、菓子の箱におまけで付いていた恐竜カード を集めることに熱中した。近畿大学によるクローン技術を使った「マンモス復活計画」に魅了された。シベリアの永久凍土の下からマンモスの細胞がきれいな状態で見つかることがある。細胞をゾウの卵子に注入する という、いわば生殖医療の延長である。

 「クローン技術と生殖医療は異なる。ただ私が今やっていることは、マンモス復活とベクトルの方向は違うが、夢の延長だ」

 奥平さんらが取り組んでいるのが、未成熟だった卵子を成熟させる治療の研究だ。オーク会で19年2月~22年1月に採卵された卵子中、18.2%が未成熟卵だった。この数字は無視できるものではなく、未成熟卵を有効活用すれば生殖補助医療の向上につながると期待されている。(鈴木豊)

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