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筋量の減少を抑制する新たなメカニズムを解明
〜適度な炎症性サイトカインは筋量維持に貢献する〜 『The Journal of Physiology』 2023年10月10日掲載

研究成果の概要

名古屋市立大学大学院理学研究科の山田麻未研究員と奥津光晴准教授は、骨格筋量の減少を抑制する新たな分子機構を解明しました。

加齢や慢性疾患は酸化ストレス※1を増大し骨格筋量の減少(筋萎縮)を誘導します。筋萎縮は、身体活動量の低下による廃用性症候群の発症や行動範囲の制限による生活の質(QOL)の低下などに関与することから、筋萎縮を発症する分子メカニズムの解明と効果的な予防方法の確立は重要な課題です。本研究では、炎症性サイトカイン※2であるインターロイキン1β(Interleukin-1β: IL-1β)※3の一過性の刺激は、骨格筋の抗酸化物質※4の発現と分泌を促進することで酸化ストレスを軽減し、酸化ストレスの増大による筋萎縮を抑制することを初めて解明しました。

これらの結果は、筋量を維持する新たな分子メカニズムの理解と予防医学や健康科学の分野への貢献が期待できます。この論文は、山田研究員を筆頭著者、奥津光晴准教授を責任著者として生理学の国際雑誌『The Journal of Physiology』のwebサイトに2023年10月10日に掲載されました。

【背景】

がん、心不全糖尿病などの慢性疾患や加齢は筋萎縮を誘導します。加齢による筋萎縮は寝たきりに代表される廃用性症候群を発症すること、また慢性疾患による筋萎縮は体力の低下が疾患治療の妨げになることが報告されています。したがって、筋萎縮を発症する分子メカニズムの解明と効果的な予防方法の確立は、健康寿命の延伸やQOLの維持および向上の観点から重要な課題です。加齢や慢性疾患による筋萎縮は、酸化ストレスの増大による筋タンパクの分解の促進と合成の抑制が原因であることが報告されています。代表的な酸化ストレス因子である活性酸素種は、スーパーオキサイドディスミュターゼ(Superoxide Dismutase:SOD)やカタラーゼ(catalase)などの抗酸化物質より分解されます。したがって、骨格筋におけるこれらの抗酸化物質の増加は、筋萎縮の抑制に貢献する可能性が期待できます。しかしながら、骨格筋の抗酸化物質を産生する分子機構の解明と筋萎縮の抑制に対する生理学的な役割は、これまで十分には明らかにされていませんでした。

【研究の成果】

図1

この度、名古屋市立大学大学院理学研究科の山田麻未研究員と奥津光晴准教授は、筋萎縮を抑制する新

たな分子機構を解明しました。

がんの化学療法剤として知られているドキソルビシンは筋萎縮を誘導します。ドキソルビシンによる筋萎縮は酸化ストレスの増大が要因であることから、抗酸化機能の向上はドキソルビシンによる筋萎縮を抑制することが期待できます。また酸化ストレスの増大による筋萎縮は、加齢や慢性疾患で見られる筋萎縮の要因であることから、本研究は、特定の薬剤による筋萎縮の抑制方法の確立にとどまらず、ヒトで見られる筋萎縮の予防や軽減に広く応用できる可能性が期待できます。本研究では、ドキソルビシンによる酸化ストレスの増大と筋タンパク分解の促進は、分泌型の抗酸化酵素であるExtracellular Superoxide Dismutase (EcSOD) ※5の発現と分泌の低下が関与することを発見しました。また、ドキソルビシンは培養筋菅細胞とマウス骨格筋のIL-1βの発現を低下させたことから、EcSODの低下にはIL-1βの減少が関与すると考え、IL-1βを培養筋菅細胞に添加およびマウス骨格筋に投与しました。その結果、EcSODの発現は培養細胞と骨格筋ともに増加しました。さらに、IL-1βにより骨格筋から分泌されたEcSODは筋線維の膜表面に結合することで、筋線維を細胞内と細胞外の両面から防御する可能性を示しました。注目すべきことに、培養筋菅細胞やマウス骨格筋にIL-1βを一過性に添加および投与すると、EcSODの発現が促進しドキソルビシンによる筋萎縮を抑制しました。これまでの研究では、IL-1βに代表される炎症性サイトカインは筋萎縮を誘導する因子として報告されています。本研究では、慢性的なIL-1β刺激は筋萎縮を誘導するが、一過性の刺激は筋萎縮を抑制することを初めて立証しました。本研究成果は、IL-1βもしくはその細胞内情報伝達経路の調節が加齢や慢性疾患などの酸化ストレスの増大による筋萎縮の抑制に対する潜在的な治療や予防のアプローチである可能性を示しています。

【研究のポイント】

・加齢や慢性疾患は酸化ストレスを増大し筋萎縮を誘導するが、これを軽減する効果的な方法の確立は未だ十分ではない。

・本研究では、酸化ストレスを増大し筋萎縮を誘導するドキソルビシンを用い、骨格筋の抗酸化物質の産生を調節する分子機構の解明を目的とした。

・ドキソルビシン投与はEcSODの発現を減少したが、その減少にはIL-1βの低下が関与した。

・培養筋菅細胞やマウス骨格筋にIL-1βを一過性に添加あるいは投与するとEcSODの発現と分泌が促進し筋萎縮を抑制した。

・これらの成果は、IL-1βあるいはその細胞内情報伝達経路を標的とした治療薬の開発、栄養素の探索や運動プログラムの確立に応用することにより医学や健康科学の分野への貢献が期待できる。

【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】

 IL-1βなどの炎症性サイトカインは骨格筋の萎縮を促進する因子として広く知られています。本研究では、炎症性サイトカインの刺激が一時的あるいは適度な刺激であれば、慢性的あるいは劇的な刺激とは異なり筋萎縮の予防に貢献する可能性を示しました。筋量維持に対するIL-1βの新たな生理学的役割を立証した本研究成果は、骨格筋生物学におけるこれまでの常識を覆す新しい概念です。また、本研究成果は予防医学や健康科学への応用が期待できることから社会的意義も大きいと考えられます。

【用語解説】

※1酸化ストレス

活性酸素種が過剰に産生された細胞、臓器や生体の状態。

※2 炎症性サイトカイン

炎症により誘導される生理活性物質(サイトカイン)の総称。インターロイキン1βの他、インターロイ6、インターフェロンγや腫瘍壊死因子α(Tumor Necrosis Factor-α)などがある。

※3 インターロイキン1β(Interuleukin-1β: IL-1β)

代表的な炎症性サイトカイン。マクロファージや単球などの免疫細胞の他、筋細胞も産生する。

※4 抗酸化物質

活性酸素種を分解する働きを持つ生体内で合成される物質。

※5 Extracellular Superoxide Dismutase (EcSOD)

分泌型の抗酸化酵素。活性酸素種を過酸化水素に分解する働きがある。

【研究助成】

本研究は、科学研究費補助金 基盤B(15H03080, 18H03153, 21H03326)、挑戦的萌芽(20K21766)、若手研究(22K17733)、日本学術振興会特別研究員(20J15551)、鈴木謙三記念医科学応用研究財団、豊秋奨学会、中富健康科学振興財団、上原記念生命科学財団の助成により遂行されました。

【論文タイトル】

Interleukin-1β triggers muscle-derived extracellular superoxide dismutase expression and protects muscles from doxorubicin-induced atrophy

【著者】

山田 麻未1、奥津 光晴1*

所属

1 名古屋市立大学大学院理学研究科(*:Corresponding Author)

【掲載学術誌】

学術誌名 The Journal of Physiology

DOI番号:10.1113/JP285174

【研究に関する問い合わせ】

名古屋市立大学 大学院理学研究科 准教授 奥津 光晴

名古屋市瑞穂区瑞穂町山の畑1

E-mail:okutsu@nsc.nagoya-cu.ac.jp

【報道に関する問い合わせ】

名古屋市立大学 総務部広報室広報係

名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1

TEL:052-853-8328  FAX:052-853-0551

E-mail:ncu_public@sec.nagoya-cu.ac.jp

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