心不全〔しんふぜん〕
心不全とは、心臓が悪いために息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です。具体的には、心臓のポンプとしてのはたらきが低下して、全身の臓器が必要とする血液(動脈血)を十分に送り届けることができない状態、あるいは、臓器から戻ってくる血液(静脈血)を受け入れることができない状態を指します。
心不全は、1つの疾患ではなくさまざまな心臓疾患(虚血性心疾患、心肥大、心筋症、弁膜症、不整脈など)が進行して重症化した結果の総称です。心不全の進行は生活の質(QOL:quality of life)を低下させ、ときに心臓突然死を起こします。臨床経過により、早い経過で呼吸困難などの症状が出現・悪化する「急性心不全」と、慢性的に息切れ・むくみを認める「慢性心不全」に分けられます。また、ふだんは状態が安定している慢性心不全の人でも、あることをきっかけに状態が急激に悪化することがあり、急性増悪(ぞうあく)と呼ばれます。急性心不全や慢性心不全急性増悪では、入院加療を要することが少なくありません。
心不全は、進行した、ないしは高齢者に多い心疾患が原因となることが多いため、罹患(りかん)する年齢層としては高齢者が多く、70~80歳代がもっとも多いとされています。わが国でも高齢化や食生活の欧米化により、虚血性心疾患、心臓弁膜症、高血圧症など心不全の原因となる疾患に罹患する患者数がふえており、心不全の患者数は年々増加しています。そのなかでも、心臓がしだいにかたくなり、流入する血液を受け止めきれずに心不全を起こす、いわゆる左室拡張障害による心不全が近年増加傾向にあります。左室拡張障害は、さまざまな心疾患が原因となるいっぽう、加齢の影響もあると考えられています。最近のわが国での報告では心不全入院患者は毎年約1万人ずつ増加しており、「心不全パンデミック」といわれ、社会問題となりつつあります。2030年ごろまでは増加傾向が続くと予測されています。
[症状]
心不全の徴候は、運動したときの息切れや動悸(どうき)、疲労、足のむくみなどから始まります。せき、たん(薄いピンク色のたんが出ることもあります)、食欲不振、便秘などを認めることもあります。短期間での急激な体重増加(1週間で2kg以上)は、肥満ではなく身体の水分貯留の結果として起きている可能性があり、注意が必要です。過労や塩分過剰摂取、暴飲暴食、かぜ、また心不全治療薬を内服している人については、怠薬(薬の中断)などをきっかけにして急激に悪化することがあります。ついには夜中に息苦しくなって目がさめる、いわゆる心臓ぜんそくの発作(発作性夜間呼吸困難〈息切れ、呼吸困難〉)や、横になると苦しくなる起坐(きざ)呼吸といわれる症状を起こします。これらは特に重症の心不全に特徴的な症状とされており、早急に病院を受診する必要があります。
[検査]
心不全の原因となる基礎心疾患に対する評価がおこなわれます。必要に応じて、心電図、胸部X線検査、血液検査、心エコー、心臓CT、心臓MRI、核医学検査(シンチグラフィ)、心臓カテーテル検査などをおこないます。特に心臓カテーテル検査では、肺動脈カテーテルを静脈を通して心臓内へ挿入して、心臓内の圧力、血液の拍出量などを計測することで心不全の状態を把握することができ、重要な検査です。また、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)、NT-pro BNP(N末端プロB型ナトリウム利尿ペプチド)など、血液検査で簡便に心不全の状態を見ることができるマーカーがあります。しかし、これらの値はさまざまな要因によって変動(例:不整脈、腎機能障害、加齢や貧血で増加、肥満で低下)するため、その解釈には注意が必要で、自己判断せず主治医に確認するのが望ましいです。
[治療]
まず、心不全の原因となっている基礎心疾患に対する治療をおこないます。
心不全に対する薬物治療として水分の貯留を予防するため利尿薬を服用します。心保護作用のある薬剤として「アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬」「アンジオテンシン受容体拮抗薬」、「β(ベータ)遮断薬」「ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(従来のアルドステロン拮抗薬)」といわれる薬剤が用いられることがあります。近年さらに新しい心保護薬として「アンジオテンシン受容体拮抗薬・ネプリライシン阻害薬」「SGLT2阻害薬」「HCNチャネル阻害薬(イバブラジン)」「可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬」といわれる薬剤が使用できるようになり、一部の患者さんでは用いられます。心機能が低下している症例では強心薬が用いられることがあります。これらの薬剤は中止すると心不全が再発することがありますので、“調子がいいから”“症状が安定しているから”といった理由で、自己判断で中止しないことが重要です。なお、怠薬は心不全増悪の原因としてもっとも多いものの一つとされています。処方された薬については、医師や薬剤師にその効能やよくある副作用について確認しておきましょう。
非薬物療法として以下のものがあります。心不全には睡眠時無呼吸症候群を合併することが多く、無呼吸による低酸素状態が心不全をさらに悪化させます。その場合、CPAP(持続陽圧呼吸療法)やASV(adaptive servo ventilation)といった在宅補助換気治療が適応される場合があります。これらの治療は呼吸を補助するだけでなく、心臓の負荷を軽減する効果も期待され、睡眠時無呼吸症候群を合併しない場合でも適応されることがあります。また、心臓の機能が高度に低下している症例では心臓の中の部位により収縮のタイミングが大きくずれてしまい、そのためにさらにポンプ機能が低下する場合があり、その場合は心臓再同期療法(Cardiac Resynchronization Therapy, CRT)という機器の植え込みをおこなうことがあります。これらの治療でも改善しないような重症心不全の場合、植え込み型補助人工心臓、心臓移植などの治療を検討します。心臓移植はある程度若年(65歳未満)で、他の臓器に重度の障害がないことなどが条件となります。わが国ではドナー不足が問題としてあげられます。植え込み型補助人工心臓は従来心臓移植適応患者が移植までの待機期間の橋渡しとしての適応でしたが、2021年5月より心臓移植の代替治療(destination therapy, DT)としての施行が可能となりました。
心不全に対する生活上の留意点として、身体の水分量が過剰になって心臓の負担になることを避けるため、塩分摂取の制限は重要です。一般的には塩分量を1日6g程度に制限します。ただし、適する塩分量には個人差がありますので、主治医に確認することが望ましいです。塩分や水分のとりすぎは心不全を生じさせますが、発汗の多い夏には適宜こまめに水分をとり、脱水にならないための注意も必要です。このため、体重を毎日測定して、一定以上増加することのないように注意します。そのほか、心臓の負担の具合を確認する方法の一つとして、家庭血圧や脈拍数の定期的な計測も非常に重要です。血圧手帳や心不全手帳といったツールを利用し、日々の計測値を記録することは非常に有用です。患者さん自身の気づきにつながる一方、定期外来を受診する際に主治医と情報を共有できると心不全増悪を未然に予防できたり、きめ細かい薬剤調整が可能となったりするなど、よりよい管理につながります。また、感染症にも注意が必要です。感染症は心不全増悪の原因としてもっとも多いものの一つとされているため、手洗いやマスクなどの感染症予防に加えて、インフルエンザや肺炎球菌に対するワクチンを接種することが推奨されています。
しっかりバランスのとれた食事をとり栄養状態を保つことも大切です。BMI(body mass index:体重(kg)/身長(m)2)を計算し、肥満度の指標としますが、18.5未満はやせすぎ、30を超えると肥満とされ、いずれも心不全の悪化につながります。特に食が細い人は、やせすぎないように注意が必要です。
また、適量の運動は再発の防止に役立ちますので、一定の限度を決めて定期的におこなうようにします。限度は主治医に決めてもらうのがよく、心臓リハビリテーションが実施可能な施設では心肺運動負荷試験(CPX)をおこないその結果にもとづいて適切な運動量を決定(運動処方)しますが、一般的に望ましい運動は、からだ全体をゆっくり動かす体操や、会話しながらできる範囲のウオーキングなどです。望ましくない運動としては、競走やいきみを伴うものなどで、自分の限度を超えておこなうことは禁物です。また酷暑、厳寒の季節には外での運動は避けるようにします。旅行などは無理のない予定を立て、十分に休みをとりながら行動することが大切です。
入浴はぬるめ(40~41℃)の湯で長時間にならない(10分以内)ように注意し、浴室や更衣室は温度差のないように十分にあたたかい状態にして、湯ざめをしないようにすることが原則です。ある程度以上重症の人では半身浴がすすめられますので、主治医と相談することが望ましいです。
(執筆・監修:防衛医科大学校循環器内科 准教授/公益財団法人 榊原記念財団附属 榊原記念病院 循環器内科 長友 祐司)
心不全は、1つの疾患ではなくさまざまな心臓疾患(虚血性心疾患、心肥大、心筋症、弁膜症、不整脈など)が進行して重症化した結果の総称です。心不全の進行は生活の質(QOL:quality of life)を低下させ、ときに心臓突然死を起こします。臨床経過により、早い経過で呼吸困難などの症状が出現・悪化する「急性心不全」と、慢性的に息切れ・むくみを認める「慢性心不全」に分けられます。また、ふだんは状態が安定している慢性心不全の人でも、あることをきっかけに状態が急激に悪化することがあり、急性増悪(ぞうあく)と呼ばれます。急性心不全や慢性心不全急性増悪では、入院加療を要することが少なくありません。
心不全は、進行した、ないしは高齢者に多い心疾患が原因となることが多いため、罹患(りかん)する年齢層としては高齢者が多く、70~80歳代がもっとも多いとされています。わが国でも高齢化や食生活の欧米化により、虚血性心疾患、心臓弁膜症、高血圧症など心不全の原因となる疾患に罹患する患者数がふえており、心不全の患者数は年々増加しています。そのなかでも、心臓がしだいにかたくなり、流入する血液を受け止めきれずに心不全を起こす、いわゆる左室拡張障害による心不全が近年増加傾向にあります。左室拡張障害は、さまざまな心疾患が原因となるいっぽう、加齢の影響もあると考えられています。最近のわが国での報告では心不全入院患者は毎年約1万人ずつ増加しており、「心不全パンデミック」といわれ、社会問題となりつつあります。2030年ごろまでは増加傾向が続くと予測されています。
[症状]
心不全の徴候は、運動したときの息切れや動悸(どうき)、疲労、足のむくみなどから始まります。せき、たん(薄いピンク色のたんが出ることもあります)、食欲不振、便秘などを認めることもあります。短期間での急激な体重増加(1週間で2kg以上)は、肥満ではなく身体の水分貯留の結果として起きている可能性があり、注意が必要です。過労や塩分過剰摂取、暴飲暴食、かぜ、また心不全治療薬を内服している人については、怠薬(薬の中断)などをきっかけにして急激に悪化することがあります。ついには夜中に息苦しくなって目がさめる、いわゆる心臓ぜんそくの発作(発作性夜間呼吸困難〈息切れ、呼吸困難〉)や、横になると苦しくなる起坐(きざ)呼吸といわれる症状を起こします。これらは特に重症の心不全に特徴的な症状とされており、早急に病院を受診する必要があります。
[検査]
心不全の原因となる基礎心疾患に対する評価がおこなわれます。必要に応じて、心電図、胸部X線検査、血液検査、心エコー、心臓CT、心臓MRI、核医学検査(シンチグラフィ)、心臓カテーテル検査などをおこないます。特に心臓カテーテル検査では、肺動脈カテーテルを静脈を通して心臓内へ挿入して、心臓内の圧力、血液の拍出量などを計測することで心不全の状態を把握することができ、重要な検査です。また、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)、NT-pro BNP(N末端プロB型ナトリウム利尿ペプチド)など、血液検査で簡便に心不全の状態を見ることができるマーカーがあります。しかし、これらの値はさまざまな要因によって変動(例:不整脈、腎機能障害、加齢や貧血で増加、肥満で低下)するため、その解釈には注意が必要で、自己判断せず主治医に確認するのが望ましいです。
[治療]
まず、心不全の原因となっている基礎心疾患に対する治療をおこないます。
心不全に対する薬物治療として水分の貯留を予防するため利尿薬を服用します。心保護作用のある薬剤として「アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬」「アンジオテンシン受容体拮抗薬」、「β(ベータ)遮断薬」「ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(従来のアルドステロン拮抗薬)」といわれる薬剤が用いられることがあります。近年さらに新しい心保護薬として「アンジオテンシン受容体拮抗薬・ネプリライシン阻害薬」「SGLT2阻害薬」「HCNチャネル阻害薬(イバブラジン)」「可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬」といわれる薬剤が使用できるようになり、一部の患者さんでは用いられます。心機能が低下している症例では強心薬が用いられることがあります。これらの薬剤は中止すると心不全が再発することがありますので、“調子がいいから”“症状が安定しているから”といった理由で、自己判断で中止しないことが重要です。なお、怠薬は心不全増悪の原因としてもっとも多いものの一つとされています。処方された薬については、医師や薬剤師にその効能やよくある副作用について確認しておきましょう。
非薬物療法として以下のものがあります。心不全には睡眠時無呼吸症候群を合併することが多く、無呼吸による低酸素状態が心不全をさらに悪化させます。その場合、CPAP(持続陽圧呼吸療法)やASV(adaptive servo ventilation)といった在宅補助換気治療が適応される場合があります。これらの治療は呼吸を補助するだけでなく、心臓の負荷を軽減する効果も期待され、睡眠時無呼吸症候群を合併しない場合でも適応されることがあります。また、心臓の機能が高度に低下している症例では心臓の中の部位により収縮のタイミングが大きくずれてしまい、そのためにさらにポンプ機能が低下する場合があり、その場合は心臓再同期療法(Cardiac Resynchronization Therapy, CRT)という機器の植え込みをおこなうことがあります。これらの治療でも改善しないような重症心不全の場合、植え込み型補助人工心臓、心臓移植などの治療を検討します。心臓移植はある程度若年(65歳未満)で、他の臓器に重度の障害がないことなどが条件となります。わが国ではドナー不足が問題としてあげられます。植え込み型補助人工心臓は従来心臓移植適応患者が移植までの待機期間の橋渡しとしての適応でしたが、2021年5月より心臓移植の代替治療(destination therapy, DT)としての施行が可能となりました。
心不全に対する生活上の留意点として、身体の水分量が過剰になって心臓の負担になることを避けるため、塩分摂取の制限は重要です。一般的には塩分量を1日6g程度に制限します。ただし、適する塩分量には個人差がありますので、主治医に確認することが望ましいです。塩分や水分のとりすぎは心不全を生じさせますが、発汗の多い夏には適宜こまめに水分をとり、脱水にならないための注意も必要です。このため、体重を毎日測定して、一定以上増加することのないように注意します。そのほか、心臓の負担の具合を確認する方法の一つとして、家庭血圧や脈拍数の定期的な計測も非常に重要です。血圧手帳や心不全手帳といったツールを利用し、日々の計測値を記録することは非常に有用です。患者さん自身の気づきにつながる一方、定期外来を受診する際に主治医と情報を共有できると心不全増悪を未然に予防できたり、きめ細かい薬剤調整が可能となったりするなど、よりよい管理につながります。また、感染症にも注意が必要です。感染症は心不全増悪の原因としてもっとも多いものの一つとされているため、手洗いやマスクなどの感染症予防に加えて、インフルエンザや肺炎球菌に対するワクチンを接種することが推奨されています。
しっかりバランスのとれた食事をとり栄養状態を保つことも大切です。BMI(body mass index:体重(kg)/身長(m)2)を計算し、肥満度の指標としますが、18.5未満はやせすぎ、30を超えると肥満とされ、いずれも心不全の悪化につながります。特に食が細い人は、やせすぎないように注意が必要です。
また、適量の運動は再発の防止に役立ちますので、一定の限度を決めて定期的におこなうようにします。限度は主治医に決めてもらうのがよく、心臓リハビリテーションが実施可能な施設では心肺運動負荷試験(CPX)をおこないその結果にもとづいて適切な運動量を決定(運動処方)しますが、一般的に望ましい運動は、からだ全体をゆっくり動かす体操や、会話しながらできる範囲のウオーキングなどです。望ましくない運動としては、競走やいきみを伴うものなどで、自分の限度を超えておこなうことは禁物です。また酷暑、厳寒の季節には外での運動は避けるようにします。旅行などは無理のない予定を立て、十分に休みをとりながら行動することが大切です。
入浴はぬるめ(40~41℃)の湯で長時間にならない(10分以内)ように注意し、浴室や更衣室は温度差のないように十分にあたたかい状態にして、湯ざめをしないようにすることが原則です。ある程度以上重症の人では半身浴がすすめられますので、主治医と相談することが望ましいです。
(執筆・監修:防衛医科大学校循環器内科 准教授/公益財団法人 榊原記念財団附属 榊原記念病院 循環器内科 長友 祐司)