2024/12/06 17:18
キャラクター活用による病院内での心地よい空間づくりの取り組み
東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター次世代創薬研究部の藤田雄准教授、内科学講座呼吸器内科の門田宰助教、荒屋潤講座担当教授、外科学講座呼吸器外科の大塚崇講座担当教授、東京医科大学医学総合研究所の落谷孝広特任教授らの研究グループは、細菌性肺炎やウイルス性肺炎、敗血症など様々な傷害によって引き起こされる致死的な急性肺傷害(Acute lung injury: ALI)に対し、肺由来の細胞が分泌するエクソソームを含む細胞外小胞(Extracellular vesicles: EVs)が、輸送する炎症や免疫応答に関与するリン脂質結合タンパク質であるアネキシンA1(ANXA1)やマイクロRNA(注1)を介したシグナル制御などによって、治療薬となることを発見しました。本研究グループは先行研究にて、ヒト気道上皮細胞(Human bronchial epithelial cell: HBEC)が分泌するEVsが、特発性肺線維症の病態の改善効果があることを発見(注2)しており、今回の研究では、同様のHBEC由来EVsが、細胞から分泌される天然成分として高い抗炎症作用を有してALIへの治療効果があることを明らかにしました。
この研究成果は、Nature Portfolioが提供するオープンアクセスジャーナルの「Communications Biology」に掲載されました(日本時間 2024年5月6日公開).
【研究の概要】
● HBEC-EVs は、急性肺傷害を模倣した細胞モデルにおいて有意な免疫調節効果を示しました。
● HBEC-EVsに濃縮された上位10種のマイクロRNAのうち9種が免疫関連経路を制御していることが分かりました。また、これらのマイクロRNAはToll-like receptor(TLR)シグナル伝達経路(注3)と強く関連していました。
● HBEC-EVsでは、重要な炎症の制御因子であるWNTおよびNF-κBシグナル伝達経路を制御するタンパク質の存在が明らかになりました。
● HBEC-EV内のタンパク質の一つであるANXA1は、FPR2受容体と相互作用し、抗炎症作用をもたらすことが分かりました。
● HBEC-EVsの気管内投与により、肺損傷、炎症細胞浸潤、サイトカインレベルが減少しました。
● これらを総合すると、マイクロRNAとANXA1の移送を介したHBEC-EVsによる免疫調節のメカニズムには、TLR-NF-κBシグナル伝達経路が関与し、ステロイドなどに代わるALIに対する新しい治療薬の可能性が示唆されました。
研究の詳細
1. 背景
ALIは、肺上皮および内皮の障壁の破壊に起因する呼吸不全を特徴とする、広く見られる肺疾患です。その要因として、細菌性肺炎やウイルス性肺炎、誤嚥などの肺に直接起因するもの、敗血症や外傷などの肺外因子などがあり、ALIがさらに悪化することで急性呼吸窮迫症候群(Acute respiratory distress syndrome: ARDS)に進展します。例えば、SARS-CoV-2感染症の場合、肺上皮細胞への病原性刺激が自然免疫反応を引き起こしてALIを誘導し、進展に伴って全身のサイトカインストームやARDSを発症し重症化します。ALI病態生理の理解が進んでいるにもかかわらず、全身ステロイド投与、肺保護換気、腹臥位などの治療法の有効性はしばしば限定的であり、肺の炎症を効果的に緩和し、肺傷害を減少させる新規の治療戦略を開発することが求められています。エクソソームを含む細胞外小胞(Extracellular vesicles: EVs)は、あらゆるタイプの細胞から放出される脂質二重膜に包まれたナノ粒子です。これらの小胞は、親細胞からのタンパク質、メッセンジャーRNA、マイクロRNA、脂質のキャリアとして機能し、それによって受容細胞におけるシグナル伝達を誘導することが知られています。さらに、肺内のみならず肺外の細胞から分泌されるEVsが、肺微小環境における気道や肺胞細胞のクロストーク現象を促進することにより、肺組織内の生理的・病理学的活動の両方を制御する上で重要な役割を果たしていることが判明しています。我々は、肺の炎症病態におけるEVsの治療的役割を解明する目的で、EVsの供給源として気道上皮細胞に焦点を置きました。我々の先行研究では、健康なヒト気道上皮細胞由来EVs(HBEC-EVs)が、トランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)による筋線維芽細胞分化と肺上皮細胞の老化を効率的に抑制することが明らかになっており注2、肺線維症を緩和するHBEC-EVsの効果は、競合開発品の間葉系幹細胞(Mesenchymal stem cell: MSC)由来EVsよりも強力であることが分かっています。しかし致死的な呼吸器疾患であるALI/ARDSの治療におけるHBEC-EVsの効果については、十分に検討されていませんでした。
2. 方法と結果
本研究では、HBEC-EVsが肺の免疫調節に寄与する可能性を評価しました。HBEC-EVsは、THP-1細胞マクロファージおよびHBECsの両方で炎症サイトカインの分泌を減少させることにより、ALIの細胞モデルで免疫抑制効果を示しました。また、HBEC-EVsが様々な免疫関連の表面マーカーを内在的に発現しており、その作用はToll-like receptor(TLR)-NF-κBシグナル伝達経路を制御する9種のマイクロRNAに一部起因することも明らかにしました。さらに、HBEC-EVsのプロテオミクス解析により、炎症の調節に重要なWNTおよびNF-κBシグナル伝達経路に関与するタンパク質の存在が明らかになりました。また、HBEC-EVsに含まれるANXA1が、FPR2受容体と相互作用し、NF-κBシグナル伝達を抑制することで、炎症を抑制することが示唆されました。マウスモデルでの実験では、HBEC-EVsの気道内投与が肺損傷、炎症細胞浸潤、およびサイトカインレベルの低下によってALIを軽減することが示されました。
3. 今後の展開
ALI/ARDSに対する治療法として従来から用いられてきた全身ステロイド投与の有効性はしばしば限定的であり、副腎皮質ステロイドの副作用は、患者の予後にも影響を与える可能性があり、異なる免疫制御機構を持つ治療薬が必要とされています。本研究ではHBEC-EVsがALIの治療薬として有望であると示唆されました。HBEC-EVsは、細胞から分泌される天然成分であり、in vitroにおいては一般的に用いられる用量のデキサメサゾン(副腎皮質ステロイド)と同程度の炎症抑制作用を認め、in vivoにおいてはALIマウスモデルで、優れた治療効果を認める安全性の高い治療薬候補と考えられました。今後、細菌感染や新型コロナウイルス感染など様々な要因に伴うALI/ARDSを標的として本シーズの社会実装を目指し、さらなる開発を推し進めていきます。
4. 脚注、用語説明
注1.マイクロRNA: 遺伝子ゲノム上にコードされ、20から25塩基長で構成される微小RNA。機能性核酸であり、他の遺伝子の発現調節を行うことで、生体内のさまざまな現象に重要な役割を担っています。
注2.参考文献:Kadota T, Fujita Y, Araya J, Watanabe N, Fujimoto S, Kawamoto H, Minagawa S, Hara H, Ohtsuka T, Yamamoto Y, Kuwano K, Ochiya T. Human Bronchial Epithelial Cell-derived Extracellular Vesicle Therapy for Pulmonary Fibrosis via Inhibition of TGF-β-WNT crosstalk. J Extracell Vesicles 2021 Aug; 10(10):e12124.
注3. Toll-like receptor(TLR)シグナル: 病原体の侵入を感知し、それに対する適切な免疫反応を調節する重要な役割を持ちます。TLRの活性化により、免疫システムは病原体と戦うための適切な免疫反応を促進し、身体を守るのに役立ちます。
5. 論文タイトル,著者
掲載誌名: Communications Biology
論文タイトル: Mitigation of Acute Lung Injury by Human Bronchial Epithelial Cell-derived Extracellular Vesicles via ANXA1-mediated FPR Signaling
URL:https://www.nature.com/articles/s42003-024-06197-3
著者:Yu Fujita1,2,3+*, Tsukasa Kadota1+, Reika Kaneko2, Yuta Hirano1, Shota Fujimoto1, Naoaki Watanabe1, Ryusuke Kizawa1,2, Takashi Ohtsuka4, Kazuyoshi Kuwano1, Takahiro Ochiya5, Jun Araya1
著者(日本語表記):藤田雄1,2,3+*, 門田宰1, 金子麗華2, 平野悠太1,藤本祥太1, 渡邉直昭1, 木澤隆介1,2, 大塚崇4, 桑野和善1, 落谷孝広5, 荒屋潤1
+共同第一著者, *責任著者
1. 東京慈恵会医科大学 内科学講座呼吸器内科
2. 東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 次世代創薬研究部
3. 東京慈恵会医科大学 エクソソーム医学研究センター
4. 東京慈恵会医科大学外科学講座呼吸器外科
5. 東京医科大学医学総合研究所分子細胞治療研究部門
6. 主な研究資金
AMED 令和2年度 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「COVID-19重症肺炎・ARDSに対する吸入エクソソーム医薬品製造および実用化 (研究代表者:藤田雄)」
以上
(2024/05/07 15:50)
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