2024/10/29 12:34
世界初、切除不能膵癌に対する
Wilms腫瘍(WT1)樹状細胞ワクチンを併用した化学療法を考案・実施
東京慈恵会医科大学救急医学講座・附属柏病院集中治療部 吉田拓生准教授は、横浜市立大学データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻 水原敬洋教授、清水沙友里講師らと、コロナ禍前における重症呼吸不全患者の診療実態が経年的に変化していたことを明らかにしました。
重症呼吸不全患者は複数の治療を必要とし、かつ死亡率も高い症候群です。また、それら診療実態は多様な影響を受け経年的に変化していることが予想されます。しかし、それらの実態は不明でした。本研究は重症呼吸不全の診療実態がダイナミックに変化していることを記述した研究であり、コロナ禍前の4年間で診療に用いられる各種薬剤の使用状況が大きく変化していること、また前一部の診療において、エビデンスと現場診療とのギャップ(Evidence-Practice Gap:以下「EPG」)が存在することも明らかにしました。
本研究の結果は2024年3月に開催された日本集中治療学会総会で発表され、2024年7月9日、Respiratory Investigation誌に掲載されました。
【概要】
本研究は、日本の診療報酬算定データ(Diagnosis Procedure Combination data: DPCデータ)を使用し、コロナ禍前の4年間(2016年度-2019年度)の重症呼吸不全患者の診療実態・予後の経年変化を調査しています。
4年間で66,905人の重症呼吸不全患者が同定され、重症呼吸不全診療に用いられる各種薬剤の使用状況が4年間で変化し続けていることがわかりました。4年間の相対的変化が大きかった診療実態は、人工呼吸器管理に必要とされることの多い麻薬フェンタニルの使用増(30%から38%)、筋弛緩薬ロクロニウムの使用増(4.4%から6.7%)、昇圧剤バソプレッシンの使用増(3.8%から6.0%)、早期リハビリテーションの実施増(27%から38%)、体外式膜型人工肺(エクモ:ECMO)の使用増(0.7%から1.2%)、強心薬ドパミンの使用減(15%から10%)、好中球エラスターゼ阻害薬シベレスタットの使用減(8.6%から3.5%)でした。また、一部、EPGと捉えうる診療実態が存在することも判明しました。一方で予後に関しては、院内死亡率35%前後を推移し、4年間でわずかに改善があった程度でした。
本研究は、日本国内の集中治療の実態の変化をとらえた研究です。今後、本研究で得られた知見を基に、日本での集中治療をどう適正化させていくかを考える必要があります。
【論文情報】
掲載誌名: Respiratory Investigation
論文タイトル: Changing clinical practice and prognosis for severe respiratory failure over time: A nationwide inpatient database study
URL:https://authors.elsevier.com/a/1jO%7ED7t4dMMpiN
著者:Yoshida T, Shimizu S, Fushimi K, Mihara T. Changing clinical practice and prognosis for severe respiratory failure over time: A nationwide inpatient database study. Respir Investig. 2024 Jul 9;62(5):778-784. doi: 10.1016/j.resinv.2024.07.003. Epub ahead of print.
【研究グループ】
・東京慈恵会医科大学 救急医学講座 附属柏病院集中治療部 准教授 吉田拓生
・横浜市立大学データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻 教授 水原敬洋
・横浜市立大学データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻 講師 清水沙友里
・東京医科歯科大学大学院 医療政策情報学分野 教授 伏見清秀
研究の詳細
1.背景
両側の肺に新しく病変が出現する重症呼吸不全は、心疾患が主たる要因でない場合、急性呼吸窮迫症候群(Acute Respiratory Distress Syndrome: ARDS)と診断されます。原因は自己の免疫反応の暴走が推定されていますが、死亡率が30-50%と報告され注1)、重篤な症候群です。診療に関して、本邦を含め各国から診療ガイドラインが発表されています。臨床現場では、これらを参考にしながら人工呼吸器管理や各種薬物投与が実施されています。一方で、本邦におけるその診療実態は不明です。また、最新の知見や診療報酬改定等の社会情勢変化により、その診療実態は経年的に変化していることも想定されます。本研究は、日本における重度の呼吸不全の実際の診療実態と予後、その経年的変化を記述した研究になります。
2.手法
本研究は、日本の急性期病院の約9割をカバーするとされる診療報酬算定データ(Diagnosis Procedure Combination data: DPCデータ)を使用しています。対象患者は2016年4月1日から2020年3月31日の4年間に退院した患者とし、18歳以上、入院後7日以内に4日間連続して人工呼吸器を使用し、肺の両側に病変が発生し得る急性呼吸器疾患と診断された患者を含んでいます。
本研究で収集した主な情報は、年齢、性別、緊急入院の有無や急性呼吸器疾患の診断名などの基礎背景の情報、各種薬物療法を中心とした診療実態の情報に加え、集中治療室の利用状況、加えて予後の情報として院内死亡率、気管切開率、人工呼吸器期間、集中治療室滞在期間、入院期間、退院時の人工呼吸器依存状態割合を調査しました。これらをありのままに記述し、かつ、4年間における経年変化を評価するために退院年別に分類し情報提示しました。
3.成果
本研究には66,905人の重症呼吸不全患者が含まれました。診療実態として、抗生物質(90%)、高用量コルチコステロイド(14%)、低用量コルチコステロイド(18%)の割合で投与が実施されており、49%が集中治療室外で治療を受けていました。予後に関しては病院死亡率35%、気管切開率23%、人工呼吸器依存率23%(図1)となっており、人工呼吸器期間(中央値)は10日間、集中治療室、病院の滞在期間(中央値)は、それぞれ10日間、25日間でした。4年間の相対的変化が大きかった診療実態は、人工呼吸器管理に必要とされることの多い麻薬フェンタニルの使用増(30%から38%)、筋弛緩薬ロクロニウムの使用増(4.4%から6.7%)、昇圧剤バソプレッシンの使用増(3.8%から6.0%)、早期リハビリテーションの実施増(27%から38%)、体外式膜型人工肺(エクモ:ECMO)の使用増(0.7%から1.2%)、強心薬ドパミンの使用減(15%から10%)、好中球エラスターゼ阻害薬シベレスタットの使用減(8.6%から3.5%)でした。一方、同4年間における予後の変化に関しては、病院死亡率のわずかな減少(36%から34%)が見られた他は、人工呼吸器期間、気管切開率、集中治療室滞在期間、病院滞在期間、退院時の人工呼吸器依存状態の割合に顕著な変化は見られませんでした(図2)。
4.今後の応用、展開
今回の研究は本邦における重症呼吸不全診療の実態を明らかにしましたが、細部を見ると、科学的根拠に乏しいとされる治療が一定の割合で実施されている現状も確認できました。例えば、重症病態であるにも関わらず約半数の患者が集中治療室外で治療されている状況や、効果として科学的根拠に乏しい好中球エラスターゼ阻害薬シベレスタットや高用量ステロイドの投与状況もあり、これらは改善が望まれる実態です。
一方で、4年間の研究期間中にシベレスタットの使用状況の変化も含め、多種多様な変化が見られたことも事実です。これらの変化には診療ガイドラインの更新や診療報酬改定などが影響していると思われます。例えば、2016年に日本で発表された国内ガイドラインではシベレスタットの使用が推奨されない旨の記載があり注2)、その使用率は明らかに減少しています。身体機能向上やせん妄予防に効果があるとされる早期リハビリテーションの増加は、2018年から診療報酬として算定開始された注3)ことが影響している可能性があります。最重症呼吸不全患者に用いられるECMOの使用は相対的に大幅に増加しており、これは国内のECMO関連団体の普及教育活動によるものと考えられます。
以上のように診療実態がダイナミックに変化しているのも関わらず、患者予後に関しては院内死亡率のわずかな改善が見られた程度でした。すなわち、重症呼吸不全が予後改善に難しい重症疾患であることを示唆しています。だからこそ、本邦全体として、科学的根拠に基づく診療を臨床現場でいかに遂行するか、どう臨床現場の実態を改善・変化させることができるかを考えていくことが必要です。
今後、本研究の拡張版としてコロナ禍以降に研究期間を拡張し、診療実態変化をより精緻にとらえていく研究を予定しています。
5.脚注、用語説明
注1)
Bellani G, Laffey JG, Pham T, Fan E, Brochard L, Esteban A, et al. Epidemiology, Patterns of Care, and Mortality for Patients With Acute Respiratory Distress Syndrome in Intensive Care Units in 50 Countries. JAMA 2016;315:788–800. https://doi.org/10.1001/jama.2016.0291.
注2)
ARDS診療ガイドライン2016
https://www.jsicm.org/ARDSGL/ARDSGL_part2ALL.pdf
注3)
厚生労働省 平成30年度診療報酬改定 個別改定項目について
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000193708.pdf
以上
(2024/07/17 16:42)
2024/10/29 12:34
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