「医」の最前線 行動する法医学者の記録簿

薬物検出、捜査方針を転換させた司法解剖
~「事故死」の男性客に事件性浮上―諫早スナック昏睡強盗~ 【第2回】

 ◇採取した血液から微量の睡眠薬

 解剖中に男性の遺体からは大腿(だいたい)血が採取され、詳しい検査に回された。そして翌10日、法医学教室にあるガスクロマトグラフィー(GC)とリキッドクロマトグラフィー(LC)の二つの質量分析装置のうち、より精度の高い後者の分析で薬物が検出されたのだ。技術職員が「先生、出ました」と報告。飲酒後の事故とみられていた男性の死が、一気に事件の様相を呈した瞬間だった。

微量な薬物を検出したリキッドクロマトグラフィー(LC)質量分析装置=長崎大学医学部法医学教室【時事通信社】

微量な薬物を検出したリキッドクロマトグラフィー(LC)質量分析装置=長崎大学医学部法医学教室【時事通信社】

 睡眠薬とアルコールは神経伝達物質のGABAレセプターを刺激して、脳の活動を抑制する。頭の中の同じ所が攻撃されるので、酔いの回り方がひどくなるという。泥酔とは程遠い、ほろ酔い程度だった男性が、薬物の混入により意識を失い、吐しゃした物を喉に詰まらせ、窒息死させられたという構図が浮かび上がった。

 「LCはとても高価な装置だが、精度が全然違う。ごく微量な物でも検出する。導入直後の分析で結果がドーンと出る形となったが、これがなければ多分、事件を見抜けていなかった」と池松教授は話す。

 事件を巡っては、17年4月8日未明、スナックで男性客に睡眠薬を入れた酒を飲ませて昏睡状態にし、現金約4万円を奪った上、嘔吐した物を喉に詰まらせて窒息死させたとして、同年12月に、強盗致死の疑いで実質的な経営者ら男女5人が逮捕された。

 警察には別の客から、身に覚えのない代金を請求されたという相談も寄せられていたという。

 「司法解剖は確かに死因を決めるというところがありますが、犯罪捜査の端緒になる点がすごく大事だと思っています。犯罪死の見逃し防止ですね。解剖によって、捜査方針がひっくり返る。警察も疑っていなかった事案が、実は犯罪だったというのは、僕らにしかできない(仕事)かなと思います」

 「でも、この変死体を解剖に持ち込んだ検視官はすごい。女装が何か変だと。(その引っ掛かりが)なければ、(事件にならずに)流れていたでしょう」

 世間を大いに騒がせた昏睡強盗事件を池松教授はそう総括する。

法医学教室の入り口。オートロック式のガラスドアの向こうに分析室など各種の部屋がある=長崎大学医学部【時事通信社】

法医学教室の入り口。オートロック式のガラスドアの向こうに分析室など各種の部屋がある=長崎大学医学部【時事通信社】

 ◇レイプドラッグへの悪用憂慮

 一方、睡眠薬「フルニトラゼパム」は、酒などの飲料に混入し、意識を奪って性的暴行を加えるための「レイプドラッグ」として用いられる例が後を絶たず、憂慮しているという。「実はこういうことをやっている人はいっぱいいる。意識や記憶がなくなって、朝起きて初めて被害に気付くケースもあり、どうにかしなきゃいけない」。注意喚起を続ける必要性を力説する。

 睡眠薬は短時間で体外に排出されるため、泣き寝入りを防ぐためにも事件後早期の尿や血液の採取が必要だという。それが難しい場合は、毛髪鑑定という手段もあると話している。(時事通信解説委員・宮坂一平)

 池松 和哉(いけまつ・かずや) 1971年生まれ。96年長崎大学医学部卒。2000年長崎大学大学院医学研究科博士課程(社会医学系)修了。04年長崎大学大学院医歯薬学総合研究科助教授、13年から同教授。22年10月から現職。

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