「医」の最前線 行動する法医学者の記録簿

薬物検出、捜査方針を転換させた司法解剖
~「事故死」の男性客に事件性浮上―諫早スナック昏睡強盗~ 【第2回】

 警察の検視で当初、犯罪性なしとみられていた変死体に、司法解剖の結果、一転して犯罪死の疑いが浮上し、「事故」が「事件」に発展するケースがある。2017年に起きた長崎県諫早市のスナック昏睡(こんすい)強盗事件は、その典型だ。警察は捜査方針を百八十度転換した。長崎大学医学部長の池松和哉教授(法医学)にとっては、犯罪死見逃し防止の視点からも、今なお強く印象に残る事件だという。

長崎大学の池松和哉医学部長【時事通信社】

 この事件は17年4月8日、諫早署管内で発生。諫早市天満町のスナックで、男性客=当時(37)=が酒を飲み、その後、店内のソファの上であおむけになって死亡しているのが発見された。

 署員らが現場に急行し、遺体の検視が行われたが、司法解剖に回すのは消極的だったという。男性の体に目立った外傷はなく、血中にはアルコールが認められた一方、尿中の薬毒物の有無を調べる「トライエージ」検査は陰性だった。このため警察は、発見時の状況などから、男性は酒に酔って上を向いてソファに横になり、嘔吐(おうと)物を喉に詰まらせて窒息した、つまり事故死とみていたからだ。

 ◇この酒量で嘔吐・窒息するのか?

 県警鑑識課からは、解剖日時を調整するため法医学教室に電話がかかってきたが、「(遺体に)薬物はありません」との内容だったという。担当の検視官も事件とは思っていなかったが、「死亡した男性が女装していたので、どうも座りが悪い。何かやっておかないと後から問題が起こるかもしれないという気持ちがあったと話していました」。池松教授は当時を振り返り、解剖依頼の経緯をそう説明する。

 長崎大での司法解剖は9日に実施された。男性の遺体を観察して法医らが気になったのは、口の周りに付着した青緑色の物質だ。

長崎大学医学部キャンパス=長崎市坂本【時事通信社】

 睡眠薬「フルニトラゼパム」は、酒などに混ぜて飲ませる手口で犯罪に利用される例が起きたため、国の要請で2015年から着色剤が添加された。水に溶かしたりすると青色になるよう悪用防止措置が取られている。池松教授らは、死亡した男性はそれを飲まされた疑いがあるのではないかと指摘したが、警察はトライエージ検査の判定結果を基に、「それはない」の一点張りだったという。

 「検視官たちも青いのは睡眠薬だと知ってはいるんです。しかし、犯人たちも(酒に混ぜれば)青くなるって知っているわけです。それで、『(死亡した男性は)スクリュードライバーを飲んでいました』って向こうから言って、警察官をだましにいっている。(青い着色料の入った)スクリュードライバーを飲んでいましたと。まるっきりだまされているわけです」(池松教授)

 司法解剖の結果、男性の死因は吐物誤嚥(ごえん)による窒息。気管支内に胃内と同様物が認められたためだ。ただし、測定された血中アルコール濃度は低く、それが原因で吐物誤嚥が生じるのか「疑問」と剖検所見に書いた。何か他に理由があるのではないかと思った。

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