こちら診察室 介護の「今」

農家の嫁 第16回

 介護保険では、「サービス担当者会議」という集まりがある。ケアマネジャーをはじめ、介護や医療サービスを提供する担当者たちが利用者の自宅に集合し、現在の状況や将来のことを話し合い、ケアプランの修正やサービスの調整を行う会議だ。

農家の嫁の仕事は重労働だった

 ◇主人公は利用者

 サービス担当者会議を招集するのはケアマネジャーだが、会議の主人公は利用者本人である。その席で、利用者である83歳の女性はいささか戸惑っている。司会を務めるケアマネジャーから、「ご意見はありませんか?」と尋ねられたからだ。女性は「自分の意見など、長い間どこかに置き忘れてきたような気がする」と思ってもみるのだった。

 ◇嫁いだ頃

 彼女が嫁いだのは農家だった。もともとは大きな地主だったらしいが、戦後に吹き荒れた農地改革の嵐を受けて、自前の農地を大きく減らされ、夫は役場に就職していた。

 農家の嫁は忙しい。子どもも生まれ、家事、子育て、農作業と、日中に体を休ませる時間は皆無だった。もちろん、体の調子が悪いからと寝込むことなどできるはずもない。

 家人の誰よりも早く起き、誰よりも遅く寝る生活が続いた。当時の農作業は機械化にはほど遠く、家事についても洗濯機や掃除機などの電化製品はない。冬は、あかぎれで痛む手をかばいながら、農作業や家事を黙々と続けた。

 ◇しゅうとの君臨

 嫁ぎ先にはしゅうとが君臨していた。家事の管理・運営に関する権限である主婦権の全てはしゅうとの手中にあり、自分の意見を言うこと、いや自分の意見を持つことさえ、はるかかなたのおとぎ話の世界の出来事のように嫁には思えた。

 ◇軟弱な夫

 夫は格別に強権的というほどではなかった。でも、家事にはまったく無関心であり、妻の置かれている窮状に目を向けることなどなかった。

 強いて取りえを挙げるならば、優しさだろうか。しかし、その優しさが自分の母親にも向けられるわけで、余計にややこしい男であった。

 ◇長男の妻

 そんなこんなで数十年が過ぎた。子は育ち、結婚した。しゅうとは他界し、主婦権がようやく渡ってきた。ところがそれもつかの間、嫁に来た長男の妻が、実質的な主婦権をあっという間に奪い取ってしまったのだ。いや、主婦権などという時代ではなくなっていたのが実情だ。嫁の家事や孫の教育に口出しでもしようものなら「別居します」という伝家の宝刀を抜くのは目に見えていた。ここでも女性は、自分の意見を持つことを封印した。

 ◇相変わらずの忙しさ

 長男夫婦は外に仕事を持ち、農作業を手伝うことなど一切なかった。

 やがて夫は定年を迎えたが、女性の受け持つ農作業はそれほど楽にはならなかった。

 確かに、農機具などの機械化は進んだ。米作りに限って言えば、田起こし、代かき、田植え、稲刈り、脱穀、もみすりなどは機械化され、ずいぶんと楽になったものである。

 ただ、野菜、葉タバコ、牛の世話など、やることは山ほどあった。おまけに機械作業は夫、細かい作業は妻と役割分担ができていて、女性が受け持つ作業は一つひとつに手間がかかるのだ。それに加えて、長男夫妻が働きに出ているので、家事に加え、孫の世話まで焼かなくてはならなくなった。

 ◇田畑を手放す

 女性は老いた。3歳年上の夫も老いた。しゅうとになった女性は我慢を重ね、嫁に遠慮する暮らしが続いた。

 老いた夫婦は農作業に明け暮れた。手間のかかる葉タバコ作りや野菜の出荷はやめたものの、牛の世話などまだまだ忙しい。

 ある日、85歳を過ぎた夫は何を思ったのか、「どちらか一方の体が動かなくなったら田畑を手放すことにしよう」と言った。腰の痛みを抱える女性に比べ、夫は元気に見えた。「先に体が動かなくなるのは自分だろうな」と思っていた矢先に、夫は脳卒中であっけなく逝ってしまった。

 夫の言葉通り女性は田畑を人手に渡し、牛の繁殖農家の看板も下ろしたのだった。

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