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熱中症の予防策(後編)
~脱水症を予防する水分補給策~ 第4回

 熱中症の予防策は暑熱環境の回避と、脱水症を予防する水分補給です。今回は水分補給に関して解説します。熱中症予防の水分補給で大切な考え方は、予防と治療をきちんと分けて考えることです。ここでは、あくまでも予防のための水分補給と考えて下さい。予防のための水分補給は意外に思われるかもしれませんが、食事からが第一で、飲料からが第二と考えてください。治療のための水分補給については、連載の最後に解説いたします。

基礎水分量の求め方

 ◇「基礎水分量」を計算

 私たちの身体には毎日、水分補給が必要です。その量は身体の大きさや行動レベル、環境などに左右されます。基礎代謝という言葉を聞いたことがありますか? 基礎代謝とは、生きていく上で最低限必要なエネルギー量のことです。寝ていても消費するエネルギー量のことです。これと同じように、何もしなくても人が生きていく上で必要な水分量である「基礎水分量(著者が作った造語)」があります。その量を求める式が「4-2-1ルール」という考え方で、私たち医師が点滴の量を考える時に使う式です。とても簡単な計算式ですので、一緒に求めてみましょう。例えば体重が60キログラム(kg)の人では、体重を10kg、10kg、40kgの三つに分けます。それぞれに4、2、1を掛け合わせます。すると、10×4、10×2、40×1、これら三つを足し合わせると40+20+40=100となります。この求めた100という数字が、1時間に必要な基礎水分量に相当します。つまり、1日ではその24倍の2400ミリリットル(mL)の水分が必要なのです。

身体に入る水分、身体から出る水分

 ◇飲料より食事

 1日に必要な水分量(基礎水分量)が算出できたら、次はどのように水分補給をしていくかです。私たちは、基礎水分量のうちの半分を食事から、半分を水分として飲料から取っています。計算で求めた体重60kgの人では基礎水分量が2400mLでした。汗はかいていないと思っても、1日に100mLくらいはかきます。上図では合計2500mLの水分が出入りしている様子を示しました。そのうちの1300mLは毎日の食事を取ることによって得ています。従って、残りの1200mLを飲料から1日に摂取すれば良いのです。もちろん、大汗をかいたり、下痢嘔吐(おうと)をしたりした場合には、その分、多めに水分を摂取する必要があります。実は1食当たりから食事でおよそ300~500mLの水分量が取れるので、食事からの水分摂取はとても重要なのです。熱中症予防のための水分補給は「第一に食事、第二に飲料から」という考えを持つようにしましょう。

水分補給のタイミング

 ◇水分補給は1日8回で

 水分補給のタイミングは、成人であれば「喉が渇きそうになったら」、「喉が渇いたらすぐに」で間に合います。しかし、高齢者ではそうはいきません。その理由は、加齢と共に口渇感を感じにくくなるからです。喉が渇く感じになるのを待っていては、水分摂取のタイミングが遅れてしまいます。高齢者では、薬を飲むタイミングと同じように、つまり時間を決めて水分を摂取するようにしましょう。1日の水分補給のタイミングとしては、計算で求められた基礎水分量を8回に分けて飲水すると良いでしょう。ここで、一度に摂取する水分量はコップ1杯程度(180~200mL)にして下さい。一度に多量の飲料を摂取すると身体は水分が増えたと勘違いし、せっかく取った水分を尿として排出してしまいます。身体が勘違いしないように、少しずつ水分補給していくことが効果的です。子供たちへの水分補給のタイミングは成人や高齢者とは異なります。子供たちの身体は新陳代謝が旺盛で、常に水分を必要としています。大人の基準で考えず、子供たちには好きなときに好きな量を取らせるようにしてあげてください。ただし、飲料の種類は甘過ぎたり、塩辛過ぎたりしないように大人が調整してください。

 ◇塩分取り過ぎに注意

 飲料は、きちんと食事をしていれば水やお茶が良いでしょう。大汗をかいて下着を取り替えたくなるくらいになったら、塩分入りの飲料を取るようにしてください。塩分について触れておきます。日本人の塩分摂取量はどの世代でも多過ぎます。そのため夏だからといって、塩分を追加摂取する必要は全くありません。食欲が低下していたり、大汗や下痢嘔吐などが見られたりしたら塩分の追加を考えてください。

 ちなみに、塩あめや梅干しを熱中症対策として取る必要もありません。塩分だけを取っても吸収には時間がかかりますし、身体を余計に脱水状態にしてしまい、危険です。あえて塩分を塩あめや梅干しなどで取りたいのであれば、同時に多めの水分を取るようにしてください。その理由は、水と塩分が吸収される場所は小腸であることと、水と塩分は一緒に小腸から吸収されるためです。

 ◇カフェイン入り飲料は予防に

 カフェイン入り飲料に関しては、予防的に取る水分に当たります。利尿作用があるカフェイン入り飲料を取らないようにするのは、カフェインでトイレが近くなる人だけです。普段から緑茶やコーヒー、紅茶を飲み慣れている人は、それを予防的な水分補給と考えて大丈夫です。緑茶を日常的に飲まれている高齢者に「緑茶は駄目です」と指導してはいけません。

 一方、脱水症や熱中症になってしまったら、カフェイン入り飲料は避けるようにしてください。熱中症の予防にならない唯一の飲料がアルコールです。アルコールは利尿作用に加え、アセトアルデヒドへの分解の際に水分を消費します。おまけに体温も上昇させます。アルコールだけを摂取していると、必ず脱水症になります。しかし、私たちが脱水症にならないのは酒の肴をきちんと摂取、つまり食事を一緒にしているからです。スポーツドリンクに関しては、スポーツをしてエネルギーとタンパク質の補給が必要な場合には摂取しても良いでしょう。しかし、日常的に予防に摂取することはお勧めしません。理由は、糖分が多いので、血糖値が上昇して空腹感が出なくなります。その結果、食事摂取量が落ちて、食事からの水分摂取量が減ってしまうためです。

 ◇飲料に期待ほどの冷却効果なし

 最後に、飲料の温度に関することです。まず、水分補給の目的を再確認しておきましょう。脱水症になって、体温コントロールができなくなることを防ぐために水分補給をするのです。決して、飲料の冷却効果で下げることが目的ではありません。私たちが熱中症で高体温になった患者の体温を下げる時の一つの治療法として胃洗浄があります。冷たい生理食塩水で胃を洗うのです。その量は何リットルにもなります。つまり、500mL程度の冷たい飲料を飲んだところで、一時的に体温の一部が下がることがあっても、全身の体温を下げるほどの効果はありません。大切なのは、水分の摂取の量を増やすことです。そのためには、自分の飲みやすい温度の飲料を選択して下さい。人の身体には素晴らしい機能があって、少量で小まめに水分を補給すると口腔内や食道、胃で体温に近い温度に調整されます。唯一、冷たい飲料が好ましいのは熱中症にかかってしまった時くらいです。せっかくの冷たい飲料で体温を下げたいのなら、その飲料を飲まないで左右の首にあてるほうがより効果的でしょう。

 暑熱回避と正しい水分補給法で熱中症に対する万全の対策を取ってください。(了)

谷口英喜医師

 谷口英喜(たにぐち・ひでき)

 麻酔科医師 医学博士

 済生会横浜市東部病院 患者支援センター長兼栄養部部長。1991年、福島県立医科大学医学部を卒業。専門は麻酔・集中治療、経口補水療法、体液管理、臨床栄養、周術期体液・栄養管理など。麻酔科認定指導医、日本集中治療医学会専門医、日本救急医学会専門医、東京医療保健大学大学院客員教授、「かくれ脱水」委員会副委員長を併任。脱水症・熱中症・周術期管理の専門家として、テレビ、ラジオに多数出演。年に1冊のペースで、水電解質、経口補療法に関する著書を出版。2021年6月に「はじめてとりくむ水・電解質の管理 上下2巻」を発売。

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