高齢期の食物摂取にかかわる問題 家庭の医学

■咀嚼(そしゃく)・嚥下(えんげ)機能の低下
 入れ歯(義歯)は、かむ力が弱くなります。切りかたや煮かたなどの調理方法を工夫して、かむ力にあった調理をします。たとえば、たけのこやごぼうは、繊維を切るようにすると、口の中でほぐれやすくなります。肉や魚は、すりつぶして団子状にしたり、すり流しにします。肉団子やつみれは、肉・魚だけだとかたくなりますが、水分を補ったり、豆腐、でんぷん、はんぺんなどをすり込むとやわらかい仕上がりになります。ピーナツやごまは、入れ歯(義歯)の間に入って痛みの原因となります。
 また、目がわるくなり魚の骨がわかりにくく、魚の骨を口に入れやすくなりますが、口の中でも認識しにくいことがありますので、太い骨のある魚などは、ご家族が事前に骨を取り除くなど、注意をはらうようにします。魚や肉は、ふつうよりやや低めの温度ですこし時間をかけて、十分に火を通すとよいでしょう。
 嚥下障害まではいかない場合でも、高齢者はむせやすいので、「ゆっくり食べる」「食べることに専念する」などの習慣をつけます。酢の物や、咽頭に刺激を与える香辛料、きなこなど、まとまりにくい食品は、むせやすいので避けるようにします。肉や魚などのおかずは、口の中でご飯や粥とよく混ぜあわせると、飲み込みやすくなります。
 高齢者が好む餅など、のどにつかえやすいものを、食べるときには小さく切ることが大切ですが、高齢者が食事をするときは、ご家族がいっしょにいるように心掛けます。食事の後に口腔内の食物の残留をなくすためにも、食後口腔ケアも大切です。高齢期は、窒息による死亡のリスクが高くなります。窒息を起こしやすい食べ物や食べかたを避けるようにしますが、高齢者のQOL(生活の質)と、窒息や誤嚥(ごえん)性肺炎の予防との兼ね合いは、医療関係者と本人やご家族とで、納得しあうことが大切です。

■味覚・食欲の低下
 味覚の低下のために、しだいに味が濃くなります。高齢者には、高血圧の人が多く、食塩のとりすぎは、好ましいことではありません。しかし減塩食は、味覚に合わず食物の摂取量を減らす要因ともなります。食事をおいしく食べる楽しみと健康や治療のための減塩食との兼ね合いが、ポイントです。
 全部を薄味にするのでなく、1品だけ味を濃くしたり、好きなものは本人の好みの味にしたりして、ほかのものは薄めにするなどが解決策です。食欲がなく、食べる量が減っているときは減塩食にする必要はありません。好みの味にし、しっかり食べるようにし、食べられるようになったら、薄味にしていきます。
 食欲の低下の原因はさまざまです。運動量の減少、消化機能の低下、入れ歯(義歯)のために、食べ物のおいしさが半減してしまう、などが考えられますが、うつ病やほかの病気が潜んでいる場合もあります。急激にやせる、いつもと違うなどの症状があった場合には、医師に相談しましょう。
 食欲の低下に特別な妙薬はありませんが、食卓を少量多品目にして味の変化をつける、見た目や、選ぶ楽しみを演出する、いっしょに食卓を囲んで話を聞く、また外出にさそったりしてからだを動かす、それと同時に気分転換をはかるようにすることが重要です。口腔(こうくう)内の衛生や便秘の解消でも、食欲をうながすことに役立つ場合があります。

■多くの慢性疾患をあわせもつ
 高齢期の病気の特徴は、多くの病気をあわせもっていることです。現在の暮らしかた、食べかたは、栄養面からみた場合の「よし悪し」は別にして、長い生活のなかでつくりあげてきたものです。
 さまざまな病態に対して「現在の生活を維持するための治療として重要」なことと、治療すれば「よりよくなる」ことがあります。食事療法でも同じことがいえます。
 気をつけるべき重要性の順位を本人、介護者、主治医らが相談しながら、決めていくことが基本です。このとき、本人は医療スタッフの意見に耳を傾けることも大切です。専門家は多くの事例を体験しているので、多面的な助言をしてくれる可能性があるからです。また、介護者は、本人の話をよく聞くことが重要です。本人が話している内容と本当の気持ちが違うことがあります。この違いは、本人も意識していない場合がありますので、注意しましょう。
 次は高齢期の食事の一般的な工夫点です。

 1.少量多品目を基本にします。この場合の多品目は、できるだけ食品群の違うもの、調理方法、味の違うものをそろえます。たいへんであれば、市販の惣菜や家庭でつくったものを、冷凍保存して再利用する方法もあります。友だちと料理の交換をするのもよいでしょう。料理は、冷やっこ、おひたし、野菜の煮物など、簡単なもので十分です。
 2.食べやすい工夫します。食べにくいものには、手が出にくいものです。また、せっかくつくってもらったものを「食べにくい」とはなかなか言えないものです。
 3.甘味、塩味は薄めにし、不足は、食べるときに食卓で調整します。
 4.既成概念にとらわれず、若者が好きなものも、時にはすすめてみます。新しい味への挑戦は楽しみでもあります。自分は食べなくても「孫に分けてあげる」楽しみもあります。
 5.栄養には関係ありませんが、以前よくつくっていた「おばあちゃんの味」がわが家の味として食卓にのぼるのは、うれしいことです。

■一人暮らしの高齢者の食事
 一人暮らしの人は、食事をつくって、家族に食べてもらうよろこびや、食卓を囲む楽しさもなく、つい食べなくなってしまいます。さらに、買い物や調理は、けっこう足・腰や手先を使い、また目も使います。調理には火を使うので、火災の心配もあります。その結果、食べなくなり、体力がなくなると、動かなくなるという悪循環におちいります。その場合、次のような工夫が考えられます。

 1.コンビニ、デパ地下の利用…最近のコンビニエンスストア(コンビニ)は高齢者を大切な消費者と考えるようになりました。運動も兼ね、近くのコンビニやスーパーマーケットを訪れましょう。個食化時代ですから1人前も売られています。デパ地下はデパートの食品売り場の省略語です。値段はすこし高くても、実に華やかです。展覧会や物産展など無料で楽しめる催し物もあります。

 2.なじみのお店をつくる…高級店である必要はありません。居酒屋でも、そば屋でもいいです。栄養的には満点とはいえませんが、こころの栄養にはなると思います。なじみの仲間もできるかもしれません。外に出て、おしゃべりすることも大切です。

 3.宅配食…外出が不自由な人には、宅配食が便利です。ヘルシー弁当も扱っていますので、自分に必要なものを、選ぶとよいでしょう。材料で宅配してくれるもの、できあがった弁当を宅配してくれるもの、など、形態もさまざまです。
 宅配のもので気をつけることは、調理されたものは食べ残さないようにすることです。どうしても残ってしまった場合には、冷蔵庫に保存して、食べる前に、十分に火を通してから食べるようにします。あくまで長期の保存は禁物で、消費期限内に食べるようにします。

 4.社会的な支援…市町村によっては弁当の宅配や、ボランティアによる食事のサービスがあります。最寄りの福祉事務所などで相談するとよいでしょう。

(執筆・監修:聖徳大学 人間栄養学部人間栄養学科 兼任講師 宮本 佳代子)

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