痛み以外の緩和医療

 緩和医療(緩和ケア)は「重い病を抱える患者やその家族一人一人の身体や心などの様々なつらさをやわらげ、より豊かな人生を送ることができるように支えていくケア」(日本緩和医療学会)とされ、病気を抱えているなかでも患者さんやご家族の生活の質(QOL)が少しでも向上することを目指すものです。緩和医療は、患者さんにかかわるすべての医療従事者から提供されるものであり、必要に応じて専門的な緩和ケアを提供する医療従事者がサポートします。患者さんは、痛みやその他のからだのつらさ、気持ちのつらさ、社会的なつらさ、実存的なつらさといったさまざまなつらさに直面することがあるため、がん治療と並行して緩和ケアを受けることがとても大切です。
 からだのつらさには、痛み以外にも、息苦しさ、腹部のはり、吐き気、食欲低下、だるさ、むくみ、しびれなどの症状によるつらさがあります。がんにより生じる症状だけではなく、がん治療により生じる症状もあります。からだのつらさを軽減するために、症状の原因に応じた治療や薬などによる対症療法やケアをおこないます。症状の原因や全身の状態によっては、放射線治療や手術をおこなう場合もあります。また、腹水や胸水に対する針や管を留置しての排液、リンパ浮腫(ふしゅ)に対するリンパドレナージなどの複合的理学療法、だるさに対する運動療法、食欲低下に対する栄養療法、など症状によってさまざまな対処法が検討されます。漢方薬、鍼灸(しんきゅう)、マッサージ、罨法(あんぽう:温める/冷やす)などが有効な症状もあります。
 気持ちのつらさには、気持ちの落ち込み、不安、不眠、焦燥などがあります。また、からだに何らかの負担がかかったときに脳の機能障害が生じ、せん妄という意識の曇った状態が混乱、不安、気持ちの落ち込みなどを引き起こし、つらさとなることもあります。気持ちのつらさには、それぞれの専門職が協働してサポートしつつ、精神科医や公認心理師などによる精神心理の専門家が心理療法等をおこなうことにより、気持ちのつらさが軽減するようにつとめます。また、つらさを軽減するために薬による治療を併用することもあります。
 社会的なつらさは、仕事や職場での問題、お住まいのコミュニティーにおける問題、家族内の問題、経済面での問題などが原因となります。がんの治療と並行して、日々の生活をどう送るかという悩みは時に強いつらさとなりえます。全国のがん診療連携拠点病院等には、がん相談支援センターが設置されており、医療ソーシャルワーカーや看護師などの相談員がさまざまな内容の相談に対応しています。
 実存的なつらさは、スピリチュアルペインともいわれ、自分の人生や存在意義を問うことにより生じるつらさです。自分の存在と意味の消滅を意識して感じる根源的なつらさであり、実存的なつらさを軽減する方法は確立していませんが、周囲の人や医療従事者と話をするなかで、つらさがやわらぐことも期待できます。
 こうしたさまざまなつらさや問題はそれぞれが相互に影響しあうため、緩和医療ではそれらを包括的にとらえて、全人的苦痛(トータルペイン)として対応します。緩和医療においては、症状や治療のことだけではなく、「現在置かれている状況をどのように考えるとよいのか」「どのようなことを大切にして過ごしたいのか」「大切な時間をどこで誰とどのように過ごしたいか」といったようなことについても、患者さんやご家族とともに考えていきます。さまざまなつらさや心配ごとがある場合には、独りで抱え込んでがまんしたり悩んだりせずに、医療従事者や周囲の人に伝えて一緒に取り組むことがとても重要です。

(執筆・監修:公益財団法人 がん研究会 有明病院 緩和ケアセンター長 松本 禎久)

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