運動のしかた
生活習慣病は別名「運動不足病」といわれるくらい、日常の生活習慣と密接に関連しています。生活習慣病は加齢とともに増加します。そこで、生活習慣病予防のため、あるいは健康づくり・体力づくりのための運動が必要となりますが、そのためにはまず、現在の自分の健康状態を把握し、体力水準を測定することによって、健康状態や体力に見合った運動のプログラムが必要となります。
■運動のためのメディカルチェック
運動を安全におこなうためには、まず一般的な健康状態のチェック(いわゆるメディカルチェック)が必要です。これは運動中の突然死を予防し、あるいはすでに疾患をもった人ではその疾患の増悪(ぞうあく)を予防するためです。特に中高年では、運動中の突然死の大部分を冠動脈疾患が占めていることから、メディカルチェックの目的はたとえ見かけ上、健康であっても、潜在性の冠動脈疾患がないかどうかを調べることにあるといえます。
メディカルチェックでは、通常問診、身体検査および臨床検査がおこなわれます。問診では過去の病歴と現在の症状が聞かれます。特に心臓病や心電図異常の有無は重要です。また、現在の症状や生活・運動習慣、冠動脈疾患の危険因子(高血圧、脂質異常症、喫煙、糖尿病、遺伝など)の有無なども重要な調査項目です。
ついで診察をおこない、循環器系・呼吸器系の異常、脈拍、血圧や整形外科的疾患、急性疾患の有無などが調べられます。
臨床検査のなかではまず身長、体重、皮脂厚などの測定に続いて、心電図・胸部X線検査、尿検査、血液検査などが必要に応じておこなわれます。
中高年の運動中の不慮の事故の大部分が冠動脈硬化症によることから考えて、メディカルチェックのなかに運動負荷試験もできれば含めたいところです。しかし、運動負荷試験は人手や経費がかかる関係で、すべての人におこなうことはできません。冠動脈疾患の危険因子がなく、現在無症状の健康な人では、運動負荷試験を割愛してもかまいません。
■運動をおこなううえでの留意点
体調は日々変化しています。したがって運動の前、運動中、運動後には次の点をチェックし、安全にかつ効果的に運動をおこなうことが必要です。
運動の前に発熱や頭痛、睡眠不足や激しい疲労感、かぜの前兆や極度の精神的緊張、二日酔いの徴候などを自覚した場合には、勇気をもって運動を中止し、その日は軽い体操程度にとどめることが必要です。
夏は暑い日中の運動は避けます。ことに子どもや高齢者は体温の調節能力が低いので注意が必要です。また冬は、防寒に十分留意し、薄い衣類を重ね着し、運動して体温が高まったら1枚ずつぬげるようにしておくことが重要です。高齢の人、高血圧の人では特に寒さには注意します。
運動中に体調の異常やいろいろな症状が出現することがあります。次のような症状が出現したら、ただちに運動を中止するか、走行中であれば歩行に切り換えます。
自分で気がつく症状として、めまい、吐き気、頭痛、いつもより強い疲労感や足・膝関節の痛み、足のもつれなどがあります。また、胸に圧迫感が出たり、激しい息切れを感じた場合、あるいはいつもとくらべて脈拍の増加がいちじるしい場合には、狭心症や心不全など心臓病の可能性がありますので、一度専門医を受診されたほうがよいでしょう。
運動が強すぎる一つの徴候として、運動中の脈拍数の過度の増加があります。30歳代ならば145回/分、40歳代ならば140回/分、50歳代ならば135回/分、60歳代ならば125回/分を超えたら、運動がきついと考えてよいでしょう。
運動後にめまいや立ちくらみがしたり、冷や汗をかいたり、あるいはむかむかして意識がもうろうとなることがあります。これは、激しい運動を急激に中止したために、心臓に戻る血液が急に減少し、血圧が下がって脳貧血状態を起こすためです。これを予防するためには、激しい運動を突然中止せずに、運動後呼吸が徐々におさまるように、ゆっくりとした運動を継続することです。このことをクーリングダウンといいます。
その他の運動後の注意として、運動後すぐにはシャワーや入浴をしないようにします。これはシャワーや入浴で血管が拡張し、血圧が下がるからです。また、食事もすぐにはとらないようにします。運動直後は消化管への血流が少ないからです。
■運動の処方せん
運動は安全に楽しくおこない、しかもそれによって効果が得られることが必要です。そのためには運動の種目、強さ、運動量、頻度などが適切でなければなりません。健康状態や体力に見合った運動のプログラムのことを、薬の処方に準じて「運動処方」と呼びます。
運動処方においてもっとも重要なものが、運動の強さの設定です。厳密には、最大酸素摂取量を測定して、その50~80%の強度を処方しますが、いちいち最大酸素摂取量を測定することはたいへんわずらわしく、どこでもおこなえるというものではありません。
それに代わって、脈拍数を用いて運動強度を処方する方法が一般的に用いられます。この場合、まずその人の最大脈拍数を決めますが、これは220からその人の年齢を差し引いたもので代用できます。たとえば50歳の人なら220-50で170が最大脈拍数となります。次に安静時の脈拍数を数回数えてその平均値を求めます。そして次の式(カルボーネン式と呼びます)にあてはめます。
トレーニング脈拍数=安静時脈拍数+k×(最大脈拍数-安静時脈拍数)
ここでk(運動強度)の値としては、その人の体力や運動習慣などによって0.5から0.8くらいまでを用います。たとえば安静時脈拍数を70とし、kを0.5とした場合、トレーニング脈拍数は70+0.5×(170-70)=120となります。
このkの値をどこに設定するかはむずかしい問題ですが、トレーニング脈拍数が低すぎればトレーニング効果は上がらず、また逆に高すぎれば運動による危険度が高くなります。健康のために運動をして、運動強度を高めすぎて健康を損ねてはなにもなりません。運動の最初は0.5くらいから始め、慣れてきたら0.6から0.7へとふやすのがよいでしょう。また肥満や糖尿病、脂質異常症などの代謝疾患における運動療法では、運動強度を低めに設定し、時間を長くするのがコツのようです。
運動中に脈拍数を測定するには、図に示すように橈骨(とうこつ)動脈または頸(けい)動脈に人さし指と中指を2本そろえて当てて、10秒間の脈拍数を数えて6倍する方法が用いられます。脈拍数は運動をやめると急速に低下するので、すばやくはかるのがコツです。
また最近では、トレーニング用の携帯用脈拍数計やスマートウォッチが市販されているので、それを使って測定してもかまいません。
運動の時間は、運動の強度によっても異なりますが、最低15~30分の運動時間が必要です。ですから、その程度の持続が可能な運動強度を選ぶことが必要です。また、運動は毎日おこなうに越したことはありませんが、それができない場合、最低でも週3日は運動しましょう。
最後に運動の種類ですが、ほんとうに体力づくりをめざすならば、歩行・走行、自転車走行など、速度や回転数によって運動強度の調節が容易にできる種目がよいのですが、それほど真剣ではなく、健康づくりをめざす程度であれば、歩行・走行以外に持続的なゲーム(たとえばテニス、卓球、バドミントンなど)や水泳などを含めてもよいでしょう。
(執筆・監修:自治医科大学附属さいたま医療センター 総合医学第1講座 主任教授/循環器内科 教授 藤田 英雄)
■運動のためのメディカルチェック
運動を安全におこなうためには、まず一般的な健康状態のチェック(いわゆるメディカルチェック)が必要です。これは運動中の突然死を予防し、あるいはすでに疾患をもった人ではその疾患の増悪(ぞうあく)を予防するためです。特に中高年では、運動中の突然死の大部分を冠動脈疾患が占めていることから、メディカルチェックの目的はたとえ見かけ上、健康であっても、潜在性の冠動脈疾患がないかどうかを調べることにあるといえます。
メディカルチェックでは、通常問診、身体検査および臨床検査がおこなわれます。問診では過去の病歴と現在の症状が聞かれます。特に心臓病や心電図異常の有無は重要です。また、現在の症状や生活・運動習慣、冠動脈疾患の危険因子(高血圧、脂質異常症、喫煙、糖尿病、遺伝など)の有無なども重要な調査項目です。
ついで診察をおこない、循環器系・呼吸器系の異常、脈拍、血圧や整形外科的疾患、急性疾患の有無などが調べられます。
臨床検査のなかではまず身長、体重、皮脂厚などの測定に続いて、心電図・胸部X線検査、尿検査、血液検査などが必要に応じておこなわれます。
中高年の運動中の不慮の事故の大部分が冠動脈硬化症によることから考えて、メディカルチェックのなかに運動負荷試験もできれば含めたいところです。しかし、運動負荷試験は人手や経費がかかる関係で、すべての人におこなうことはできません。冠動脈疾患の危険因子がなく、現在無症状の健康な人では、運動負荷試験を割愛してもかまいません。
■運動をおこなううえでの留意点
体調は日々変化しています。したがって運動の前、運動中、運動後には次の点をチェックし、安全にかつ効果的に運動をおこなうことが必要です。
運動の前に発熱や頭痛、睡眠不足や激しい疲労感、かぜの前兆や極度の精神的緊張、二日酔いの徴候などを自覚した場合には、勇気をもって運動を中止し、その日は軽い体操程度にとどめることが必要です。
夏は暑い日中の運動は避けます。ことに子どもや高齢者は体温の調節能力が低いので注意が必要です。また冬は、防寒に十分留意し、薄い衣類を重ね着し、運動して体温が高まったら1枚ずつぬげるようにしておくことが重要です。高齢の人、高血圧の人では特に寒さには注意します。
運動中に体調の異常やいろいろな症状が出現することがあります。次のような症状が出現したら、ただちに運動を中止するか、走行中であれば歩行に切り換えます。
自分で気がつく症状として、めまい、吐き気、頭痛、いつもより強い疲労感や足・膝関節の痛み、足のもつれなどがあります。また、胸に圧迫感が出たり、激しい息切れを感じた場合、あるいはいつもとくらべて脈拍の増加がいちじるしい場合には、狭心症や心不全など心臓病の可能性がありますので、一度専門医を受診されたほうがよいでしょう。
運動が強すぎる一つの徴候として、運動中の脈拍数の過度の増加があります。30歳代ならば145回/分、40歳代ならば140回/分、50歳代ならば135回/分、60歳代ならば125回/分を超えたら、運動がきついと考えてよいでしょう。
運動後にめまいや立ちくらみがしたり、冷や汗をかいたり、あるいはむかむかして意識がもうろうとなることがあります。これは、激しい運動を急激に中止したために、心臓に戻る血液が急に減少し、血圧が下がって脳貧血状態を起こすためです。これを予防するためには、激しい運動を突然中止せずに、運動後呼吸が徐々におさまるように、ゆっくりとした運動を継続することです。このことをクーリングダウンといいます。
その他の運動後の注意として、運動後すぐにはシャワーや入浴をしないようにします。これはシャワーや入浴で血管が拡張し、血圧が下がるからです。また、食事もすぐにはとらないようにします。運動直後は消化管への血流が少ないからです。
■運動の処方せん
運動は安全に楽しくおこない、しかもそれによって効果が得られることが必要です。そのためには運動の種目、強さ、運動量、頻度などが適切でなければなりません。健康状態や体力に見合った運動のプログラムのことを、薬の処方に準じて「運動処方」と呼びます。
運動処方においてもっとも重要なものが、運動の強さの設定です。厳密には、最大酸素摂取量を測定して、その50~80%の強度を処方しますが、いちいち最大酸素摂取量を測定することはたいへんわずらわしく、どこでもおこなえるというものではありません。
それに代わって、脈拍数を用いて運動強度を処方する方法が一般的に用いられます。この場合、まずその人の最大脈拍数を決めますが、これは220からその人の年齢を差し引いたもので代用できます。たとえば50歳の人なら220-50で170が最大脈拍数となります。次に安静時の脈拍数を数回数えてその平均値を求めます。そして次の式(カルボーネン式と呼びます)にあてはめます。
トレーニング脈拍数=安静時脈拍数+k×(最大脈拍数-安静時脈拍数)
ここでk(運動強度)の値としては、その人の体力や運動習慣などによって0.5から0.8くらいまでを用います。たとえば安静時脈拍数を70とし、kを0.5とした場合、トレーニング脈拍数は70+0.5×(170-70)=120となります。
このkの値をどこに設定するかはむずかしい問題ですが、トレーニング脈拍数が低すぎればトレーニング効果は上がらず、また逆に高すぎれば運動による危険度が高くなります。健康のために運動をして、運動強度を高めすぎて健康を損ねてはなにもなりません。運動の最初は0.5くらいから始め、慣れてきたら0.6から0.7へとふやすのがよいでしょう。また肥満や糖尿病、脂質異常症などの代謝疾患における運動療法では、運動強度を低めに設定し、時間を長くするのがコツのようです。
運動中に脈拍数を測定するには、図に示すように橈骨(とうこつ)動脈または頸(けい)動脈に人さし指と中指を2本そろえて当てて、10秒間の脈拍数を数えて6倍する方法が用いられます。脈拍数は運動をやめると急速に低下するので、すばやくはかるのがコツです。
また最近では、トレーニング用の携帯用脈拍数計やスマートウォッチが市販されているので、それを使って測定してもかまいません。
運動の時間は、運動の強度によっても異なりますが、最低15~30分の運動時間が必要です。ですから、その程度の持続が可能な運動強度を選ぶことが必要です。また、運動は毎日おこなうに越したことはありませんが、それができない場合、最低でも週3日は運動しましょう。
最後に運動の種類ですが、ほんとうに体力づくりをめざすならば、歩行・走行、自転車走行など、速度や回転数によって運動強度の調節が容易にできる種目がよいのですが、それほど真剣ではなく、健康づくりをめざす程度であれば、歩行・走行以外に持続的なゲーム(たとえばテニス、卓球、バドミントンなど)や水泳などを含めてもよいでしょう。
(執筆・監修:自治医科大学附属さいたま医療センター 総合医学第1講座 主任教授/循環器内科 教授 藤田 英雄)