京都大学大学院生命科学研究科の李愷氏らは、ショウジョウバエの幼虫の逃避行動をモデルにゲノムワイド関連解析(GWAS)を実施し、疼痛による逃避行動を抑制するbelly roll(bero)遺伝子を発見。腹部ロイコキニン産生ニューロン(ABLKニューロン)において疼痛信号を抑制していることなどをElife2023; 12: e83856)に報告した。bero遺伝子と相同性を持つ遺伝子はヒトにも存在するため、今回見いだされた疼痛の調節機構をさらに検証することで、新たな疼痛治療法の開発につながることが期待される。

bero遺伝子の発現抑制により痛覚入力への応答が増大

 生物は生息環境に潜む危険を察知し、逃避行動を取ることで生存を図る。ショウジョウバエの幼虫は天敵の寄生バチによる産卵管刺入を痛覚刺激として感知すると逃避行動(ローリング行動)を示す。

 李氏らは逃避行動のパターンと強い相関を示す一塩基多型(SNP)をゲノムワイドに探索し、責任遺伝子としてCG9336遺伝子を同定。走り高跳びの跳躍スタイル「ベリーロール」になぞらえてbelly roll(bero)遺伝子と命名した。

 bero遺伝子は膜蛋白質をコードし、ショウジョウバエ幼虫の中枢神経系に存在する複数の神経ペプチド産生ニューロンに発現している。遺伝子発現抑制実験の結果、bero陽性ニューロンのうちABLKニューロンにおけるbero遺伝子の発現抑制により、痛覚入力への応答が増大するとともに、逃避行動が増強されることが示された。

 ABLKニューロンの神経活動(痛覚応答)について、bero遺伝子発現を抑制していない対照ニューロンと比較検討した結果、bero遺伝子の発現を抑制したABLKニューロンでは痛覚応答が大きかった()。なお、正常個体のABLKニューロンは痛覚刺激がない状況でも持続的な神経活動を示していたが(図-左)、bero遺伝子発現抑制下では持続的な神経活動が有意に減弱していた(図-右)。この点について、同氏らは「持続的な神経活動の生理的な意義は不明だが、痛覚応答になんらかの影響を及ぼしている可能性が考えられる。環境ストレスの負荷によるbero蛋白質の機能調節を介し、痛覚応答が制御されていることが示唆された」と推察している。

図. bero蛋白質によるABLKニューロンの神経活動の調節

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(京都大学プレスリリースより)

 哺乳類の痛覚伝導回路にはさまざまな経路が存在し、飢餓状態などの体内環境要因により調節されることが知られている。しかし、個々の痛覚伝導ニューロンがどのようなメカニズムにより情報統合を行っているかは明らかでない。今回の結果を受け、同氏らは「哺乳類にもbero遺伝子と相同性を持つ遺伝子が複数存在しており、そのいずれかが痛覚伝導ニューロンの興奮性を調節している可能性がある。これらの分子機能の検証により哺乳類の痛覚伝導の分子メカニズムを明らかにできれば、ヒトの疼痛疾患の新たな治療戦略の開発につながる可能性がある」と展望している。

(編集部)