国立がん研究センター研究所基礎腫瘍学ユニット特任研究員の陳妤氏、独立ユニット長の大木理恵子氏らは、神経内分泌腫瘍(NET)に対し摂取する糖質を制限した低炭水化物食の効果をマウスモデルで検討。その結果、食事はヒトの非機能性(無症候性)膵NETにおいて過剰に活性化される膵島細胞内PI3K-Akt-mTOR経路のシグナル伝達を低下させ、非機能性膵NETおよび下垂体NETの発生、進行を有意に抑制することが示されたとCell Death Dis2023; 14: 597)に発表した。

血糖値および血中インスリン値が有意に低下

 インスリンシグナル伝達は腫瘍の発生、進行、治療反応に関与することが知られている。また、インスリンによる調節を受ける細胞内シグナル伝達経路であるPI3K-Akt-mTOR経路は、膵島細胞の増殖に重要な役割を果たし、ヒトの非機能性膵NETにおいて過剰に活性化されることが示されている。

 そこで陳氏らは、腫瘍抑制遺伝子である多発性内分泌腫瘍症1型の原因遺伝子であるMEN1を欠損させたマウスを用い、低炭水化物食の摂取が非機能性膵NETおよび下垂体NETの発生と進行に及ぼす影響を検討した。

 その結果、通常食を与えたMEN1欠損マウス群と比べ、10週齢時から低炭水化物食を与えたMEN1欠損マウス群では、20週齢時において有意な血糖低下(P<0.001)および血中インスリン濃度低下(P=0.0084)が示され、膵島細胞内のPI3K-Akt-mTOR経路における有意なシグナル低下がP-S6(P=0.0018)およびP-mTOR(P=0.023)で認められた。

45週齢時の膵・下垂体NETを有意に抑制

 45週齢時の膵切除標本で膵島サイズを評価した結果、通常食群と比べて7~13週齢から低炭水化物食を開始した群では、膵島過形成および膵NETの発生が有意に抑制されていた(P<0.0001)。

 また、通常食群の45週齢時と比べて30週齢から低炭水化物食を開始した群では、膵島サイズが有意に小さく(P=0.003)、30週齢時とは有意差がないことから(P=0.748)、低炭水化物食は15週間にわたり膵NETの進行を抑制したことが示唆された。

 低炭水化物食の効果は下垂体NETでも認められた。通常食群と比べて10~13週齢から低炭水化物食を開始した群では、45週齢時の下垂体NET発生が有意に抑制され(P=0.0017)、抑制効果は55週齢時でも持続していた(P<0.0001)。

非機能性膵NET患者54例では血糖低値群で予後良好

 さらに、非機能性膵NET(グレード1~3)と診断され化学療法を受けた患者54例の後ろ向きコホート研究を行い、全生存(OS)率と血糖値との関連を検討した。その結果、血糖高値群(中央値117mg/dL、範囲101~245mg/dL)と比べて血糖低値群(同92mg/dL、76~100mg/dL)で予後良好である傾向が認められた(P=0.080)。

 以上の結果から、陳氏らは「マウスモデルにおいて、低炭水化物食は非機能性膵NETおよび下垂体NETの発生および進行を有意に抑制することが示された」と結論。「低炭水化物食は副作用がないことが示されており、非機能性膵NETおよび下垂体NETのアンメットニーズを満たす新たな治療法になる可能性がある」と付言している。

国立がん研究センター研究所基礎腫瘍学ユニット独立ユニット長 大木理恵子氏のコメント

 NETは希少がんの1つであり、散発性と遺伝性の両方の種類が存在する。NETに関する研究および治療法の開発は他のがん種に比べて進展が遅れており、有効な診断、治療、予防法の確立には依然として多くの課題が残っている。
 これまでのわれわれの研究により、NETにおいてはインスリンシグナルががん化と密接に関連していることが明らかになっている。そして、今回のマウスモデルを使った最新の研究で、低炭水化物食摂取による血糖値と血中インスリン濃度の低下が、膵臓および下垂体のNETの予防と進行の制御に寄与することが初めて証明された。
 遺伝疾患として発症する膵臓と下垂体のNETに対して、現在のところ効果的な予防策はない。われわれの研究結果は、食事制限を通じた遺伝性がん予防の可能性を示唆しており、今後の研究によって、散発性のNETに限らず、遺伝性のNETに対する新たな予防法や治療法の開発に寄与できるかもしれない。
 またこの研究成果は、インスリンシグナルに依存する他のがん種にも適用できる可能性がある。ただし、臨床応用にはさらなる検証が必要であり、現時点では患者に対し糖質制限を推奨する段階には至っていない。

(太田敦子)