思春期には、脳が急速に発達して大きな変化が生じると共に、精神疾患のリスクが高まることから両者の関連が指摘されている。また、精神疾患高リスク(CHR)例であっても発症率は3割程度とされ、臨床現場では発症リスクの判定が難しいため、バイオマーカーの開発が期待されている。東京大学大学院総合文化研究科進化認知科学研究センターのYinghan Zhu氏らは、CHR例に関する国際共同研究コンソーシアムENIGMA CHRから2,194例の脳MRI画像データを抽出。機種間差を補正した機械学習手法により、「脳MRI画像からCHR例における精神疾患発症リスクを判定する機械学習分類器を作成した」とMol Psychiatry2024 年2月9日オンライン版)に報告した。(関連記事「注目される精神症の発症予防、早期介入は有効か」)

国内外21施設のデータを統合して学習

 思春期から若年成人期にかけては脳が急速に発達し、神経細胞の髄鞘化、シナプスの刈り込みによる灰白質容積の減少など大きな変化が生じる。また、心の不調や精神疾患のリスクが高まる時期でもあり、脳の発達との関連が指摘されている。

 近年、精神疾患の高リスク集団に対し発症前から軽微な不調を捉え、早期に介入することで予防につなげる概念として、CHRや精神疾患発症危険状態(ARMS)が提唱されている。半構造化面接において短期間間欠型精神病症状(BLIPS)、遺伝的リスクおよび機能低下(GRDS)などの基準を満たす場合にCHRと評価される。CHRの3年以内の精神疾患発症率は約3割とされるが報告ごとにばらつきが大きく、発症せずに長期経過する例も一定数存在するため、臨床現場では発症リスクの判定は難しい。また脳構造の変化は複雑であり、施設間で脳MRIの機種や撮像条件が異なるため、大規模な機械学習・深層学習によるバイオマーカーや判定法の開発は困難だった。

 そこでZhu氏らは今回、ENIGMA CHRに参加する国内外の21施設から2,194例の脳MRI画像データを抽出。健常対照群(1,029例)とCHR群(1,165例)に分類した上で、CHR群を追跡期間中に精神疾患を発症した114例(発症例)、発症しなかった793例(非発症例)、追跡不能だった228例(追跡不能例)に層別化し、発症前に撮影した脳MRI画像データから健常対照群とCHR発症例を判別する機械学習分類器の開発を目的に研究を行った。

右上前頭回、右上側頭皮質、両側島皮質の表面積が寄与

 Zhu氏らはまず、neuroComBat法を用いて各施設データの機種間差を補正(図1-a)。次に健常対照群データのみに一般化加法モデル(GAM)を適用することで、男女別の健常思春期における脳発達を明らかにし、この健常思春期曲線をCHR群発症例にも適用して標準からの逸脱度を抽出(図1-b)。さらに、勾配ブースティング回帰木(XGBoost)を用いた機械学習により、健常対照群とCHR群発症例を判別する分類器を構築した(図1-c)。

図1. 機械学習分類器構築の概要

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 機械学習分類器の精度を検証したところ、健常対照群とCHR群発症例との判別はテストデータセットで85%、独立確認データセットで70%超と精度が高く、健常対照群とCHR群非発症例は73%、CHR群追跡不能例は80%と高精度に判定できた。XGBoostにおける特徴量の重み付けを見ると、右上前頭回、右上側頭皮質、両側島皮質の表面積が分類に強く寄与していた(図2)。

図2. 機械学習分類器が学習した精神疾患発症予測に関わる脳構造の特徴

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(図1、2とも東京大学プレスリリースより)

 以上の結果を踏まえ、同氏らは「脳MRI画像データを用いた機械学習により、高精度にCHR例における精神疾患発症リスクを判定する分類器を作成した」と結論。「臨床現場における有用性についても今後の研究で検証していきたい」と展望している。

(小田周平)